第九話、吸血鬼の屋敷

文字数 1,838文字

「ここだな」


 イーサンは一軒の家の前で立ち止まった。


「本当なのか」


 エドワードは言った。

 エレン・フィッシャーの家から、五キロほど離れた場所にある郊外の一軒家である。


「かすかだが魔力の反応がある。眠っているとはいえ、それなりの魔力が漏れ出る」


 イーサンは手のひらの上にコインを一枚のせていた。そのコインが、かすかに揺れていた。イーサンとエドワードはコインを手に、エレン・フィッシャーの家の周辺を朝から夕方まで、ひたすら歩いていた。三日ほど歩きここにたどり着いた。


「便利だな、そのコイン」


「昔作ったものだ。触媒としてそれなりに優れている」


 吸血鬼時代に魔力を込めて作った銀貨である。コインにはイーサンによく似た若い男の横顔がかかれていた。


「ここにいるのか」


 エドワードは背伸びした。石垣に囲まれ、外から中の様子は見えない。かろうじて赤い屋根が見える。


「厳重だな。中に入るのは骨が折れそうだ」


「金持ちの吸血鬼か。きっと嫌みな奴だぜ。すぐに乗り込むか」


「いや、調べてからだ。ただの金持ちならいいが、場合によっては応援を呼ぶことになる」


「あんまりぐずぐずしていると、新しい犠牲者が出ちまうぜ」


「その、新しい犠牲者になりたくなければ、慎重に行動した方がいい」


 イーサンは屋敷に背を向けた。







 三日ほど調べた。石垣に囲まれた赤い屋根の屋敷の持ち主は、ジェフリー・グレン、元大学の教授だったが三年ほど前にやめている。その前後に、この屋敷を購入している。土地と建物の持ち主をさかのぼってみたが、何人か代理人を挟んでいるらしく、途中でわからなくなった。付近の住人に話を聞いたが、ジェフリー・グレンをあまり見たことが無いそうだ。夜以外は。


「なんか、組織だった感じがするな」


 エドワードはジェフリー・グレンの屋敷を見ながら言った。


「そうだな、手助けをしている者がいるのは間違いない」


「あれか、親って奴か」


 血を分け与えた吸血鬼のことを、親と呼ぶ。


「かもしれん。すぐに死んでもらっては困るので、家を贈ったのかもしれん」


「わざわざ、そんなことをするのか」


「利用価値があればするだろうね」


「生物の研究者だったんだろ」


「そうだね」


「いやな予感しかしねぇな」


 顔をしかめた。




 自動小銃を持った赤い髪の男が近づいてきた。


「付近の住人の避難は完了した」


「ありがとう、ビル。地下の出入り口はあったか」


「この家の地下に人が這い出ることのできる下水溝が一本あった。穴に鉄板をたてかけ、つっかえ棒で固定し封鎖した。部下を張り付かせている」


 吸血鬼対策課戦術部隊のビル・カークランドはいった。屋敷の周りはビル・カークランドの部下が取り囲んでいる。


「本当に生け捕りなんかできるのか」


 エドワードは不安そうな顔をした。

 通りに止めてある馬車の中から、人が一人、入れるぐらいの縦長の鉄の箱が運ばれていた。

「あまりお勧めはしないが、本部からの命令だ。相手の弱り具合によるが、人間が手に負える程度なら捕まえることができるだろう。お勧めはしないがね」


「鋼鉄製の棺桶よ。吸血鬼がいくら力が強いからって、抜け出ることなんてできないわ」


 女が鉄の箱をなでながら言った。


「吸血鬼は力だけでは無いのだよ。パメラ」


「でも、若い吸血鬼なんでしょ。しかも弱っている。きっと大丈夫よ」


 パメラは笑った。


「捕まえてどうするんだ」


「あら、あなた新人さんね。私はパメラ・モートン、調達部よ」


「エドワード・ノールズだ。それで、捕まえてどうするんだ。裁判にでもかけるのか」


「あら! 裁判だなんて、おもしろい。吸血鬼に裁判なんて不要だわ。例外はありますけどね。お話を伺うのよ。この棺桶、顔の部分が開くようになっているの、それでゆっくりとお話しをするのよ」


 パメラが留め金を外すと、箱の上部に小さな窓が開いた。


「尋問をするのだろう。彼を吸血鬼にした親がいるからな」


「どこで吸血鬼を尋問なんかするんだ。あぶねぇだろう」


「さぁ、それ専用の施設があると聞いたことがあるわ。きっと、日差しの強い南の島にあるのよ」


「そんな島でバカンスなんてしたくねぇな」


 顔をしかめた。


「どちらにしろ、捕まえてからの話だ」

「そうだな、ぐずぐず言ってたってしかたねぇ、やるか」


 エドワードは杭打ち銃を構えた。


「やっぱり、それ、使うのかい」


「おう、なんかしっくりくるんだ。あんたは何を使うんだ」


 イーサンは手に何も持っていなかった。


「私は死刑囚だよ。武器を持つことは許されていない」


 両手を広げた。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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