第二十八話、痕跡

文字数 2,064文字

 ジム・ハモンドの病室を捜査したところ、微細な魔力反応が残っていた。付近を捜査したところ、北へ五百メートルほど離れた空き家で、ポーラ・リドゲードが潜伏していた痕跡が発見された。

 空き家の床下に三メートル四方の穴を掘り、そこに布団や雑誌などを持ち込んでいた。逃走用に、近くの下水道に続く穴まで掘っていた。所有者を調べたが、ポーラ・リドゲードとは無関係だった。

 ジム・ハモンドは、すぐに別の病院へうつされた。

「七分室に毒ガスを仕掛けた後、すぐここを捨てたのだろう」


 イーサン・クロムウェルは床下につくられた居住スペースを見ながらいった。イーサンとエドモンドの二人は、ポーラ・リドゲードがしばらく潜伏していた病院近くの空き家に来ていた。


「昼間は、ここで、ジム・ハモンドの監視をしていたってわけか」


 第七分室に所属していたジム・ハモンドのかつての上司が、ジム・ハモンドの病室に見舞いに来ていた。その時に、追跡用の使い魔を、その上司に張り付かせていたのではと推測されている。その上司は、第七分室で発生した毒ガスで命を失っていたため、事実を正確に確認することは難しかった。


「二百歳前後になると、昼間でも、がんばれば目を覚ましていられるようになるからね」


「若いと起きていられないのか」


「むつかしいね。短時間なら問題ないが、眠気が強すぎて、昼間は長時間活動できない」


「おこちゃまだな」


「昼夜逆転してるがね」


「しかし、ここまでするもんかね。泥臭いっていうかなんていうか、こんなところに潜んでよ。よっぽど根に持っていたんだな」


「自宅を襲撃されたら、どの吸血鬼でもそれなりに怒るよ。君だって寝ているところを急に起こされたら、それなりに怒るだろ。それと一緒だよ。ようは、どれだけやるか、いつまでやるか、そういう問題だね」


「ポーラ・リドゲードは報復を、続ける気なのか」


「いくら報復したところで、人の数は多いし、自分が見つかるリスクが増えるだけだ。報復は、あまり意味がないということに、いずれは気づくだろう。でもまぁ、話し合う機会なんて、たぶん訪れないだろうから、考えても無駄だろうね。その辺は個性の問題だね。我々としては、いつもの仕事をするだけだよ」


「地道な捜査か。だがよ、なにも手がかりがないぞ」


 顎髭をなでた。

「北東にいる可能性が高い」


「北東?」


「ポーラ・リドゲードは、昼間はここで、ジム・ハモンドの病室の監視をし、夜になると、別の隠れ家に帰っていた。ここと、隠れ家、いったりきたりしていたようだ」


「ずっとここにいなかったのか」


「おそらくな、長時間居るには、居心地が良いとは言えない。夜はもっとリラックスできるところで過ごしたかったんだろう」


 床下を指さした。快適とは言えない。

「なんで、北東から来たとわかったんだ」


「庭に女性物の靴跡がいくつかあった。足先はすべて南西を向いている。つまり北東から来たというわけだ」


「庭? 何で庭なんだ。門とは逆方向だよな。門を通らず庭から入ったってことか」


 敷地内の構造を思い浮かべた。わざわざ堀を飛び越えて庭から入る理由が、エドワードには思いつかなかった。


「ポーラ・リドゲードは北東から空を飛んできて、庭に着地していた。門を通る理由はない」


「空を、まじか」


 驚いた表情を見せた。


「踏まれた雑草や、折れた木の枝、わざと間違った痕跡を残したのでなければ、北東から飛んできたと考えるのが妥当だろう」


 二人は庭に移動した。

 庭の草むらの足跡らしきくぼみをイーサンは指さした。塀の向こうには、別の家がある。

「そういやぁ、吸血鬼は空を飛べるとかいっていたな」


「ああ、練習すればな」


「空なんか飛ばれたら、ますます探しにくくなっちまうな」


 ため息をついた。


「そうだな。徒歩より移動範囲が広がるからね」


「しかしよ、夜とはいえ、空なんか飛んでいたら目立つんじゃねぇか」


「見えにくくする方法はいくらでもある」


「どうやってここを、潜伏先として見つけたんだ。上から見たって空き家かどうかなんてわからないだろう」


「近くの不動産屋が所有している物件だから、店舗に貼り付けてあるチラシを見れば、この空き家の情報を簡単に手に入れることができる。普通に歩いて探したんだろう。土地勘があって、たまたま知っていた可能性もあるが、そこから何かをたぐり寄せるのは、望み薄だね」


「また、ここに戻ってくるなんてことは無いよな」


「捜査員がここに来ていたことは、すぐわかるし、ジム・ハモンドもいない。昼間に再び床下に寝っ転がってくれるなんて奇跡は起きないだろうね」


「なんとかならないのか。命を狙われているんじゃないかって考えるとよ、落ち着かないぜ」


 顔をしかめた。


「北東方面を重点的に調べるしかないだろうね。隠蔽する方法があるとはいえ、魔術が未熟なら、なにかを目撃されている可能性はある。できるだけ早く見つける。解決方法はそれだけだよ」


「たまたま夜中、空を見上げていた人間を探せって言うのか」


「他に手がかりがなければ、仕方が無いね」


「めんどくせぇなぁ」


 頭をかいた。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色