第四十二話、博物館

文字数 2,451文字

 皇暦52年、ソルム国の兵士五千が、コルム領に攻め込んできた。同時期、トリボロ国との戦争を行っていた我が国は、援軍を送る余裕もなく、領主であったオリック・トルーマンは、五百の兵とバソンの砦に立てこもっていた。

 立ち並ぶ銃剣に、馬に引かれた大砲。五千の兵に囲まれ、砦の者たちは皆死を覚悟した。

 その日の夜である。

 叫び声が聞こえた。敵陣営である。

 夜襲かと、砦の者たちは銃を片手に持ち場についた。

 敵兵が攻めてくる様子はなかった。それどころか、敵陣営に混乱が広がり、敵兵の叫び声と散発的に銃弾が放たれる音が聞こえた。

 朝、敵陣営は死体と破壊された大砲が転がっていた。

 残ったソルムの兵はその日のうちに引き上げた。

 後に、何があったのかソルムの兵が述懐している。

「夜間に男が一人やってきたんだ。長い鉄の棒を一本持っていて、普通の農夫のかっこをしていた。そいつがいきなり、鉄の棒を振り回し、兵を殺し始めた。もちろん俺たちは、銃弾を浴びせた。当たってるんだ。弾が貫通してるんだ。男はさして気にした様子も見せず、鉄の棒を振り回し、兵を殺し、大砲を壊した。何者だ! 誰かが聞いた。男は答えた。デニー・ウィルソン、吸血鬼だ。と」


「答えるか?」


 エドワードは首をかしげた。


「まぁ、多少の脚色はあるだろうね」


 イーサンとエドワードは、コルム市、東の、コルソルム戦争戦勝記念博物館に来ていた。平日ということもあってなのか、客はイーサンとエドワードの二人だけだった。イーサンとエドワードは、館内入り口にあるコルソルム戦争のあらましを読んでいた。

「何かずるいな、夜に吸血鬼に襲われたら人間側はどうしようも無いぜ」


「そうだな、だが、吸血鬼からしたら人間同士の戦争ほど、困ることはないからね。ほっとけば、人は死に、町は焼け野原だ。だからまぁ、防衛側に限っていえば、こっそり参加することはたまにある」


「あったのか」


 エドワードはイーサンを見た。

「何度か」


 イーサンは気まずそうに目をそらした。

 相当やらかしたのだろうと、エドワードは思った。


「吸血鬼のおかげで、戦争が長期化しなかったケースはいくつかあるんだよ」


「皮肉な話だな」


「ただ、侵略する側に吸血鬼が参加することは、余り望ましくないとされている」


「確かに、攻める側に、吸血鬼が居たら目も当てられないよな。城なんか一晩で落ちるぜ」


「城どころか、国ごとすぐ落ちるね。だから、一応、古い吸血鬼達が、他国の侵略に、吸血鬼が協力することを禁じている。若い吸血鬼達はそんなことを知らないだろうがね」


「破ったらどうなるんだ」


「昔から、自分たちが決めたルールを守りたがる連中は居るからね。破った吸血鬼は、滅ぼされるだろうね。まぁ、間違いなく」


「デニー・ウィルソンの場合は、防衛側だったから、おとがめなしになったってことか」

「そうなるね」


「だが、自衛のための戦争ならいいとなると、自分がここに住んでますって言ってるのと同じことだろ。まずくないか」


「まずいね。たいてい、戦争が終わったあとに滅ぼされるか、住処を追われる。町の人たちを守ってくれたのは、ありがたいが、共に暮らしていくのは難しいのではないだろうか。なんて、悲しい顔でいわれるのさ」


 イーサンは肩をすくめた。


「デニー・ウィルソンも、故郷を追われたってわけか」


「その可能性は高い」


「そうじゃない、可能性もあるのか」


「デニー・ウィルソンの評判が妙に良い」


 市役所にも寄って、デニー・ウィルソンの話を聞いてみたが、悪い言葉は聞かなかった。デニー・ウィルソンが住んでいた牧場跡にも記念碑が一つ建っていた。


「町の人がかくまったっていうのか」


「恩を感じる人間が居てもおかしくはないだろう。町を、大勢の人間を救ったのだ。中には、友情を感じた人間も居るはずだ。それが何らかの形で受け継がれた。そういう可能性もあるんじゃないか」


「百年にわたってか」


「たかが百年だよ」


 イーサンは笑った。


 イーサンとエドワードはコルソルム戦争戦勝記念博物館を一通り見た。さして広くもなく、二十分もかからなかった。

 エドワードが一つの展示物の前で立ち止まっていた。

「何かおもしろいものでも見つけたのかね」


 イーサンが聞いた。


「いや、この銅像なんだけどよ。ちょっと、似てないか」


 一メートルぐらいの大きさの、口ひげを生やした鉄の棒を持った男の銅像が展示されていた。


「誰にだ」


「写真だよ。資料にあっただろ。デニー・ウィルソンの親戚の写真が何枚かあっただろ。それに似てないか」


 エドワードは銅像の顔を指さした。


「そう言われると、似ているような気もするが」


 イーサンは、デニー・ウィルソンの親戚の写真を思い浮かべた。


「だろ。鼻の辺りとか、眉の形とか、なんていうか。似ている気がするんだよな」


「似ているといえば、似ているが、本人が、この銅像のモデルをやるかね」


 作品のタイトルには、デニー・ウィルソン像と書かれていた。


「だよな、だけどよ。町の誰かが、デニー・ウィルソンをかくまっていたとしたら、本人そっくりの銅像を造れるんじゃないか」


「作れはするが、どうだろう」


 イーサンは腕を組んで考え込んだ。


「そうだよなぁ、そんな間抜けな話あるわけないよな。認識阻害だったか、やってる吸血鬼が、銅像のモデルなんてするわけないよな。昔に写った写真とかあって、それを参考にしたってのはないのか」


「どうだろう。コルソルム戦争は百年ほど前の話だから、写真は、あるにはあったと思うが、写るまで時間がかかるタイプのものしか無かったんじゃないか。あったとしても、自分から写真に写るようなまねを吸血鬼はしないものだと思うが」

「親戚の顔を見て、想像で作ったのかもしれないな、それなら親戚の写真と似ててもおかしくはない」


「そうだな、その可能性が一番高いと思うが」


「思うが?」


「そういう馬鹿なことをしないとは言えないな」


 イーサンは、背広の内ポケットからコインを一枚出した。イーサンに似ている若い男の横顔が刻まれていた。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色