第二十九話、ポーラ、肖像
文字数 1,088文字
ポーラは、ブレアと共に過ごした山の中腹にある家で暮らしていた。ブレアとは、百二十年ほど、この屋敷で過ごした。
壁に一枚の肖像画が飾ってあった。ブレアとポーラが並んで描かれている。ブレアが、絵を描くのを趣味としている吸血鬼に描いてもらったものだ。人の姿をしているが、人ではないなにか。それを感じさせてくれるような絵だった。
屋敷の周りには人よけの結界が張ってあるため獣すら近づかない。虫の音と風の音、聴覚が優れた吸血鬼でも、静かに感じた。
およそ八十年前、ブレアは滅んだ。
その日は、夜から激しい風が吹いていた。
ポーラは昼、不快な音に目を覚ました。
眠気とだるさにぼんやりとしながら、何の音だろうと、辺りを見渡した。寝室である。
警報音であることを思い出し、跳ね起きた。
屋敷内に異常が起こった際に鳴る音だ。一度、ブレアが説明をしてくれた。
気配を探る。
人の気配はしない。何者かが屋敷を襲撃しに来たわけではなさそうだ。少し安堵した。
あり得ないことが起こっていた。ブレアの気配が徐々に小さくなっていた。
ポーラは自分の部屋を飛び出し、ブレアの部屋へ向かった。飛ぶように走る。壁を蹴り廊下を曲がる。
すぐにたどり着く。
ブレアの部屋のドアノブを握る。
開く。
開いたドアから光と風が吹き出してきた。
部屋の中は太陽の光にあふれていた。人であった頃には見慣れたもの、夜の住人になってからは一度も見ていない滅びの光。それがあった。
眼球が焼け、上唇がめくり上がり歯茎まで焼けた。
のけぞり、四つん這いになりながら、光から逃げる。ブレアが居る部屋のドアから遠ざかる。
手探りで別の部屋のドアノブを握り、中に転がり込む。
熱さと痛みに、のたうち回る。
一瞬で目が焼かれたため、ブレアの部屋の様子はわからなかった。おそらく、窓か壁が壊れて、室内に光が入ってきたのだろう。その中に、ブレアは居る。
ポーラは何度もブレアの元へ行こうとしたが、ブレアの部屋の開いたドアから漏れ出る太陽の光に近づけなかった。
熱と痛みに意識がもうろうとし、ポーラは意識を失った。
目を覚ますと日は沈んでいた。
風は収まり、静かだった。
ブレアの部屋に行く。
部屋は倒木により、窓の鎧戸ごと壊れていた。昔ブレアが、庭に生えていた巨木を指さし「私より長生きしている木だよ」と、うれしそうに笑っていたことを、ポーラは思い出した。
ベットの上にはブレアが着ていた服と、風に飛ばされた灰が散乱していた。
六百年以上生きていた吸血鬼が倒木で滅んだのだ。
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