第三十五話、強盗

文字数 1,897文字

(これは、ちょっと)

 困ったことになったと、デニー・ウィルソンは思った。

 話しは少しさかのぼる。夜の八時頃、バーのカウンターでデニーは酒を飲んでいた。店の中には八人の客がいて、店主が、酒とつまみを作っていた。

 店のドアが開き、三人の男が入って来た。

 店主は、いらっしゃいませ、と声を上げたところで目を大きく見開いた。

 三人の男達は銃を持っていた。

 それに気づいた客が一人二人と騒ぎ出す。

「静かにしろ!」

 一人の男が、手に持っていた散弾銃を壁に一発、天井に一発、ぶちこんだ。

 静かに固まる。

「動くんじゃねぇぞ」


 別の男が銃を構えながらにらみをきかせた。

 三人は顔を目出し帽で隠し、鞄を持っていた。鞄のチャックには挟まった紙幣がのぞいていた。逃走中の銀行強盗なのだろうかと、デニーは思った。

 ただ、銃を持った三人組の銀行強盗が入ってきたところで、デニーは困らない。壁に放った散弾銃の弾が二つほど、跳弾になってデニーの脇腹に突き刺さっていたが、これも別に困らない。

 デニーは吸血鬼だ。

 たまにバーに出て、人間だった頃のことを思い出し、酒の雰囲気を味わう。吸血鬼になったデニーにとって、酒はうまいとも感じないし、酔うこともないが、酒の雰囲気が何となく好きだった。

 銃を持った強盗ぐらいで、夜の吸血鬼であるデニーが困ることはない。逆に、珍しいものが見れたと少しうれしいぐらいだった。

 ところがだ。

「鞄を開けろ」


「いや、これは」

 デニーから少し離れたところで酒を飲んでいた革のジャンパーを着た癖毛の男に強盗が、持っていた鞄を開けるように命じた。何か気になったのだろうか。

「わかった。開けるから撃つなよ。絶対に撃つなよ」

 癖毛の男は、撃つなと何度も念を押しながら、鞄のチャックをゆっくりと開いた。

 中には、ワインボトルとショットガンが入っていた。

「あ、ああ!?」


「てめぇ!」


 強盗の一人が、癖毛の男に銃口を向けた。


「撃つなって!」


 癖毛の男は鞄の中のショットガンを取りだし、床に転がった。強盗が一斉に引き金を引いた。癖毛の男がいた場所に向かって弾が飛んだ。

 客の悲鳴が上がる。


「言っただろうが!」


 癖毛の男は転がった姿勢のままショットガンを撃つ。強盗の腹に当たる。腹に一つ穴が空いている。散弾ではなく、スラッグ弾を使っているようだ。強盗は膝をついて、そのまま動かなくなった。

 癖毛の男はテーブルを倒し、そのうしろに隠れた。撃ち合いになる。

 強盗は浮き足立っているのか、狙いが上にそれている。癖毛の男は床を這いずりながら撃ち返す。強盗の一人の顔面に当たる。顔がへこんだように穴が空き、後頭部から血が噴き出す。脳みそもだ。

 一人残った強盗は、柱の陰に隠れた。

 デニーは椅子に座った姿勢のまま、その様子を観察していた。

 癖毛の男は何者なのだろうか、鞄の中にショットガンを入れているとは、犯罪に関わる人間だろうか。ひょっとしたら、この男も、強盗なのだろうか、それとも、非番中の警官だろうか。スラッグ弾を使っているなら、猟師という線もあり得る。久々に山から下りて、バーに入った猟師が、たまたま強盗とかちあい銃撃戦になる。いいじゃないか、野生のハンターと都会のならず者とのぶつかりあい、いいじゃないか。銃弾が飛び交う中、そんなことを考えた。

 癖毛の男は弾切れしたショットガンに弾を込めている。

 それに気づいた強盗は柱の陰から身を乗り出し、癖毛の男にライフルで狙いを付けた。それに気づいた癖毛の男の目が恐怖に揺れる。

 デニーは、テーブルの上のグラスを強盗に向かって軽く投げた。少しそれたが、魔力を使い、強盗の顔面に当たるように調整した。グラスは強盗の頬に当たる。軽く投げたとはいえ吸血鬼の力だ。グラスは割れ、強盗の男の頬骨にひびが入る。強盗の男は、ライフルの引き金を引いたが、弾は癖毛の男からそれた。

 弾込めが終わった癖毛の男がショットガンの引き金を引く、銃弾は強盗の足をかすめた。強盗は柱の陰に隠れる。

 癖毛の男は立ち上がりすばやく近づく。強盗がライフルを向けようとしたので、癖毛の男は引き金を引いた。強盗の胸に当たる。強盗は首を一度持ち上げ、すぐに動かなくなった。

 ほっとした空気と、まだ終わってないという空気が混ざっていた。銃を持った癖毛の男がいるのだ。客と店主の目が癖毛の男に集中する。

「落ち着いてくれ、俺は警官だ」


 癖毛の男は、ズボンの尻ポケットに入れていた身分証明書を出した。

 吸血鬼対策課第九分室、エドワード・ノールズ、とかかれていた。



(これは、ちょっと)
 困ったことになったと、デニー・ウィルソンは思った。
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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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