第二話、港町
文字数 3,963文字
深く沈んだ。エドワードは必死に海面へ上がろうと手足を動かした。わずかな月の光が見え、そこへ向かって泳いだ。
海面に浮き上がり、息を何度も吸い込んだ。咳き込む、塩の味がきつい。辺りを見渡す。宿屋が見える。遠く離れているわけではない。出来るだけ早くここから逃げなければいけない。
イーサンを探す。もう、どこかへ行ってしまったのだろうか。
人の背中らしきものが海面に浮いていた。エドワードはイーサンらしきものに向かって泳いだ。ひっくり返すとやはりイーサンだった。息はしているようだが意識が無いようだ。海に落ちた衝撃で気を失ったらしい。
エドワードは侮蔑の言葉を吐き、手のかかる猟犬を引っ張りながら、海から上がれる場所を探した。
イーサンは盛んにつばを吐きながら体をなでさすっていた。
エドワードは、しばらく、イーサンのえりを引き海を泳いだ。ようやく上がれそうな桟橋を見つけ、重くなった体と気を失ったイーサンを引き上げ陸に上がった。それから、イーサンをひきずり、漁師小屋を見つけその中に潜んだ。
イーサンは小屋にあった網を体に巻き付け震えている。
イーサンは体を縮めた。
エドワードはにらみつけた。
「うむ。大した高さではなかったんだ。あの程度の高さ、吸血鬼の頃の感覚では、椅子の上から降りるぐらいの高さだ。ところがな、海に落ちる途中、私は自分がすでに吸血鬼でないことを思い出した。時すでに遅し、顔面を打ち付けるように海面に激突したんだ」
イーサンはアゴをさすった。何とも間抜けな話だ。吸血鬼時代のイーサンは空を飛ぶことすら可能だったそうだ。人になってから、いや、戻ってから三十年はたつ。気軽に窓から飛び降りたのは、吸血鬼時代の感覚で飛び降りたのだろう。
宿に残された宿泊客はおそらく全員殺されたとみるべきだ。全く無関係な人達を巻き込んでしまったことに、エドワードは怒りを感じた。
そのままうとうととしながら朝をむかえた。
日が昇り、宿に戻った。所々窓が破壊され、外からでも血の臭いがわかった。町から離れている所為か、この惨劇に、まだ誰も気づいていないようだった。
イーサンは平然とした表情で中に入った。いきなり頭の無い死体が宿屋の受付けのテーブルにあった。
体型と服装に見覚えがあった。
宿の中は恐ろしく静かだった。時折水滴が落ちるような音がする。
廊下に点々と赤い靴跡が残っていた。
警察には、吸血鬼の捜査できていると報告してある。
「あり得ないことではないが、警察官なんてものは昼間いなきゃおかしいだろう。半年間、夜にしかいない警察官なんて目出って仕方ない。それより、もっとも、疑わしいのは聞き込みをした靴を売っていた商店だろうね」
まさか靴屋が吸血鬼だったなんて事は無いだろう。
「聞き込みをしている際、ここの宿屋のことを話したからね。もし何か思い出したことがあれば教えてくれとね。考えてみれば、あれは軽率だったのかもしれん。わざわざ宿屋まで自分が思い出した情報を言いに来てくれるともおもえないしね。我々が奴を探していると、靴屋が吸血鬼に情報を与えたのかもしれない」
「おそらくね。我々も吸血鬼を探しているとは言っていない。気づいていて黙っている可能性も否定出来ないが、おまえ警察に追われているぞと、忠告をした、そんなところだろうね。我々は一応刑事という身分で捜査をしているからね。それで始末しに来たんだろう。どちらにしろ、靴屋に近い人物が吸血鬼である可能性が高いと言うことになる」
イーサンは不快そうな顔で手の臭いをかいだ。
警察の協力により、昼までに吸血鬼のめどはついた。ジャック・ディーゼル、年は十七歳、港で日雇い労働者として働いていたが最近は見なくなったそうだ。靴屋の叔父がいる。彼が、エドワードとイーサンのことをジャック・ディーゼルに話したそうだ。ジャック・ディーゼルが吸血鬼であることを知らなかったようで、警察がおまえを調べているとジャック・ディーゼルに教えたそうだ。彼が住んでいる部屋を聞き、エドワードとイーサンはそこに向かうことにした。
赤煉瓦の小汚いアパート、それが彼の住んでいると思われる場所だ。
どこかで下水でも詰まっているのか、じめっとした嫌な匂いがする。
管理人に鍵を借りジャック・ディーゼルの部屋に入った。カーテンは無く窓は木の板でふさがれていた。どうやらカーテンの閉め忘れによる焼死はなさそうだ。
床に散らかった衣類、光の全く入らない暗い部屋で、ジャック・ディーゼルはベットの上で眠っていた。
懐中電灯をつけベットの上で眠っている男の顔を見た。癖毛のブロンド、顔にはそばかすがあり、普通の十七歳の少年の寝顔に見えた。
イーサンは彼の腕を手に取りながら言った。
イーサンは懐から注射器を取り出し、それをジャック・ディーゼルの腕に突き立てた。
黒い、粘度の高い血が注射器の中にたまっていく。
イーサンは表情を変えず言った。
エドワードは杭撃ち銃を手に取った。ジャック・ディーゼルの左の胸に杭打ち銃の銃口を密着させた。銃口から伝わる感触はやわらかく強く押すと沈み込みそうだった。
人の腕ほどの太さがある鋼鉄の銃身をジャック・ディーゼルの左胸に押しつけながら、杭打ち銃の引き金を引いた。
ハンマーが雷管を叩き、火薬が爆発し、先端に金属の矢尻がついた杭がジャック・ディーゼルの胸に撃ち出された。杭は煙を出している。エドワードは後ろに下がった。
ベッドの上のジャック・ディーゼルの目が開いた。
こちらを見つめた。
誰? 少年は困惑しているような顔をした。
小さな爆発が起きた。ジャック・ディーゼルの胸が膨らむ、木片と小さな鉄の玉がジャック・ディーゼルの胸の中を飛び散った。炸裂式杭打ち銃、二年ほど前に開発された対吸血鬼用の銃だ。これが開発される前は杭が心臓を外し、もう一度撃ちなおすと言うこともあったが、これなら体内で爆発するため、多少心臓をはずしていても、爆発した金属製の玉が吸血鬼の心臓を切り裂くことができる。
ジャック・ディーゼルは金切り声を上げ、そのままの姿勢で、一度、天井近くまで跳ね上がり、胸に穴を開けたまま動かなくなった。
エドワードは言った。
その後、窓の板を引っぺがし、ジャック・ディーゼルの体を太陽の光に当てた。ジャック・ディーゼルの体は紙束のようにほどけ、灰になった。残った灰は集めて本部に証拠品として送ることになる。
イーサンは首に巻かれた銀色の首輪を触りながら言った。一定期間、吸血鬼を狩ったという報告がなければ、イーサンの死刑は実行されることになる。
イーサンは九百年、人の命を奪い。今は吸血鬼の命を奪っている。どれだけの命を奪ってきたのだろうかと。エドワードは考えた。
イーサンは真顔で応じた。
(ログインが必要です)