第三十六話、八人目の客

文字数 2,059文字

 次の日、午後を過ぎた時間に、エドワード・ノールズは第九分署に出勤した。

「大活躍だったそうじゃないの」


 シャロン・ザヤットがエドワード・ノールズの肩を叩きながらいった。


「いやー、やばかったよ。まさか、強盗と鉢合わせするとは思っていなかったぜ。あいつら、撃つなって、いってるのに撃ってくるんだからよ」


 エドワードは得意げな顔をしながら答えた。


「そりゃだめよ。強盗でしょ。撃つなっていわれたら、撃ちたくなるものよ」


「そんなもんか。強盗の気持ちなんてよくわからねぇからよ」


 笑った。


「撃つなといわれると、引き金を意識してしまうからね」


 第九分室の課長であるブライアン・フロストがいった。


「そういうもんなんですか。ま、実際撃たれちまいましたからね」


 頭をかいた。


「でも、よく無事だったわね。三人居たんでしょ」


「危なかったよ。転がりながら引き金引いてよ。二人は何とかなったんだが、三人目がな。弾切れで弾を込めている最中に、ライフルで狙われた」

「どうやって切り抜けたの」


「バーの客に助けられた。カウンターに座っていた客が、持っていたグラスを強盗に投げつけた。そいつが見事に顔面にヒット、弾がそれた。後はズドンよ」

 エドワードは銃を構える仕草をした。


「すごいわね。グラス投げてくれた人って、何者なの。スポーツ選手かしら」


「それが不思議なことに、いつの間にか消えちまったんだ。助けてくれたお礼を言おうとしたら、どこにも居ないんだ」


「それは、変な話ね」


「だろ、客は俺を含めて八人居たはずなんだ。強盗に気づいたときに客の数は数えていたから間違いない。ところがいつの間にか、七人に減っていた」
「普通に出て行ったんじゃないか。やましいことがあったか、めんどくさかったか、自分は関係ないからって、現場から抜け出す人間は居るからね」
「ただ、どうやって出て行ったのかわからないんですよ。出口は二カ所、バーの出入り口と、店の従業員用の裏口です。バーの出入り口近くには強盗の死体が転がってましたし、俺もその近くに居たんです。さすがに出て行こうとする客が居たら止めますよ。従業員用の裏口に行くためには、カウンターを乗り越えないとだめです、店長も居ましたし、そこも気づかれずに出て行くことは難しいです。他の客や店長に聞いても、店から出て行った客を誰も見ていないんです。どうやって出て行ったのかわからないんですよ」

「それは、変だな」


「ええ、変なんです。店長に警察を呼ぶようにお願いしてから、グラスを投げてくれた客のことを思い出し、お礼を言おうとしたら、もう居ないんです。不思議な話でしょ」

「どんな人なの、年齢とか、特徴とかどうなの」


「それが、全く覚えていないんだ」


 エドワードは頭をかいた。


「あら、命の恩人の顔も覚えていないの、薄情ね」


「いや、そう言われると面目ない。銃撃戦の中、椅子に座って見ていた姿は覚えているんだが、顔の部分になると、印象に残らないというか、店長も覚えていなかったようだし、他の客もそうだったんだ」

「年齢ぐらいわかるでしょ」


「それもちょっとわからないんだ。若いのか年をとっているのか、中肉中背の体型だったことぐらいしか覚えていない」

「その消えた客は、銃撃戦の中、何もせず見ていたのかね」


 イーサン・クロムウェルがいった。
「ああ、他の客はしゃがみ込んで隠れていたからな、こいつなんで座って見てんだと思ったよ」

「ずいぶん、肝が据わっているのね」


「強盗は、なぜ、そのバーに来たのかね」


「ああ、それな、駅前近くの銀行を襲った後、逃走用に用意していた馬車に乗り込んだそうだ。そいつが、フィルクス通りの交差点で縁石に乗り上げ、横転しちまった。それで、金が入った鞄を持って逃げた。その後、疲れたのか、一端隠れようとしたのか知らんが、バーに入ってきたわけよ」

「店主が、関わっているということはないのかね」


「仲間ってことか。警察の方でもその辺、疑っていたみたいだが、強盗と接点もないようだし、店に入ってくる理由も特にないしな、目についた店に入ったと、みているようだぜ」
「行方不明の八人目の客はどうなんだ。強盗の仲間である可能性もあるのではないか」
「そこだよ。そいつが強盗の仲間で、何か計画があって、そのバーに集まったってことになると話は変わってくる。それで、消えたってことになるからな。とはいえ、仲間だったら、グラスを投げて俺を助けてくれるのはおかしいし、カネ持ってバーに集まる理由もないんだよな」

「乾杯しようとしていたとか」


 シャロン・ザヤットがグラスを持ち上げるジェスチャーをした。


「強盗のお祝いか」


 笑った。


「その男は、強盗とは無関係かもしれないな」


「じゃあ、何者なのかしら」


「わからんな」
「銃撃戦の中、椅子に座って観戦し、銃を撃とうとした強盗目がけ、グラスを投げつけ、ことが収まった後、知らない間に消えていた。顔を隠していたわけでもないのに、顔も年齢さえもわからない。そういうことか」

「うん、まぁ、そういうことだな」


「怪しいな」


「まぁ、そうだな」


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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