第三十七話、認識阻害

文字数 1,661文字

「お前さんらが出張ってくるとは、吸血鬼案件ってことなのか」


 テレーズ市強盗殺人課の刑事、カーシー・キャラバンがいった。

 イーサンとエドワードはテレーズ市警に来ていた。


「まだわからない。可能性の段階だ」


「強盗だったら、お宅の若いのが全部殺しちまっただろう」


 カーシー・キャラバンはエドワードの方を向いていった。


「そっちじゃなくて、行方不明の目撃者の方ですよ。いつの間にか消えていた奴」


「おう、客が一人消えたっていってたな。なるほどな、吸血鬼なら、コウモリに化けて姿をくらますなんてまねもできるよな」


「いくら吸血鬼でも、コウモリには、なれんよ。そもそも、人が急にコウモリなんかに化けたら目立つだろ。使われたのは、おそらく認識阻害の魔術だ」

「なんだそれは」


「目の前に居る存在が認識できなくなる魔術だ。たとえば、道ですれ違った人間の顔をすべて覚えていたりしないだろう」

「そりゃそうだ。素っ裸で歩いていりゃあ別だがよ」


 笑った。
「認識阻害の魔法は、目の前に居る人間が、通行人レベルの印象しか残らなく魔術だ。つまり、あとで、顔や年齢を思い出そうとしても、すれ違った人間の顔や年齢を覚えていないのと同じように、思い出せなくなる。思い出せなくなるというより、覚えられなくなるの方が正しいかな。そういう魔法だ」

「そんなこと、本当にできるのかよ」


 カーシーは疑い深げな目で見つめた。


「では、やってみよう」


 イーサンはカーシーの机に置いてあるペン立てから、一本ペンを取り出した。

「ここにペンがある」


 イーサンは手に持ったペンをカーシーに見せた。


「おう」


「これが今から見えなくなる」


 イーサンは口元を少し動かした。


「そんなわけが、あれ、どこいった。手で隠したのか」


 カーシーは首をかしげた。


「エドワードはどうだ。ペンは見えていないか」


「いや、見えるぜ。なにいってんだ」


 エドワードは不思議そうな顔をした。イーサンの手には確かにペンがあった。
「お前さんには見えているのか、俺には、見えねえんだよ。ペンがあるような無いような、視点があわないような、距離感がつかめねぇっていうか、見えているだが、見えない。なんだか奇妙な感じだ」

 困惑した表情を見せた。


「俺には、普通に見えているけど」


「エドワードには、術をかけていない。カーシー、君にだけかけている。ペンという物の形状を一時的に忘れてもらっている。だから目の前にあっても、わからない。見えないということになる。今、君にかかった術を解こう」

 イーサンは手に持ったペンを軽く振った。


「あっ、出てきた」


「人間の魔力でも、この程度の大きさのものなら、見えなくすることは可能だ。ある程度魔術を学んだ吸血鬼なら、複数の人間に常時、自らの顔を人間の記憶に残らないようにすることなど、簡単なことだ」

「それを、行方不明の客がやった可能性があるってことか」


「そういうことだ」
「それは、吸血鬼以外にはできないのか」
「いや、それ相応の魔力と魔術の心得があればできる。悪魔や精霊種、天使の連中も、使えるだろうが、存在自体が派手だから無理だろう。人間では、七人の人間に常時認識阻害の魔術をかけ続けるのは魔力的に無理だ」
「夜、であることから、吸血鬼が選択肢に入ってくるってわけか」

「そういうことだ」


「なるほどな、それでわかったぜ。そいつが慌てて、とんずらこいた理由がよ。仮にそいつが吸血鬼だとして、目の前で吸血鬼対策課のバッジを見せられたら、そりゃあ、すぐに逃げ出したくなるってものよ」

「そうか、それで逃げた可能性があるのか」


 その日の夜のことを思い出した。客を落ち着かせるために、警察だと、尻ポケットに入っていたバッジを見せた。その後、店長に話しかけている間に消えた。
「そいつが、吸血鬼だとして、吸血鬼に吸血鬼対策課のバッジを見せたんだろ。お前さん狙われないのかい」

 カーシーはエドワードを見た。


「それは、やばいかも」


 エドワードは顔色を変え、イーサンを見た。


「そう言われてみれば、やばいかも知れないね」


 イーサンは片眉を上げた。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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