第六話、橋脚

文字数 2,600文字

 翌日、イーサンとエドワードは、チャック・ケードが殺害された現場に向かった。泊まっているホテルから徒歩で三十分ほどいったところである。


「重くないかね」


 イーサンは歩きながらエドワードが肩からさげている鞄を見た。中には杭打ち銃が入っている。


「これぐらい平気だよ」


 エドワードは鞄をなでた。


「お気に入りのようだね」


「ああ、なんていうか、こういうの好きなんだよ」


「開発部の趣味で作られたような物だ。普通の銃の方が使い勝手がいいだろう」


「普通の銃じゃあ、吸血鬼には効かないんじゃないか。こいつは、接近して撃てば、威力はでかいぜ」


 エドワードはうれしそうに言った。


「それだって、夜の吸血鬼には効かないさ」


「頭に打ち込めば多少は効くだろ」


「まず近づけないとは思うが、仮に近づけても、ある程度長く生きた吸血鬼には、あまり効果はないだろうね」


「なんでだよ。頭を吹き飛ばせば、直るまで何もできないだろ。頭だぜ、頭」


 エドワードは自分の頭を指でさしながら言った。


「吸血鬼にとって肉体は、精神を入れておくための器に過ぎない。器が壊れれば中身はこぼれるが、無くなるわけではない。簡単に言うと、頭が吹き飛んでも、集中すれば体は動かせるんだよ」


「なんだよそれ、ずるいじゃねぇか」


「そうだね。ずるい存在なのだよ。吸血鬼は」


「でもまぁ、昼間の吸血鬼には効くんだろう」


「それは効くよ。だけど、下手に杭を打ち込んで目覚めさせるより、太陽に当てた方が安全だよ。日があるうちは簡単には目は覚まさないからね。部屋の中に入って窓を開けた方がいい。太陽の光に直接当たれば吸血鬼は終わりだ。昼間でも闇の中では、まだ吸血鬼なのだからね」


「そうか、これ使えないのか」


 エドワードは落ち込んだ表情を見せた。


「いや、そんなことも無いよ。全く使えないわけじゃない。侵入者を探知する魔法を使っている吸血鬼もいる。部屋の中で眠い目をこすりながら待ち構えている場合があるからね。その場合は、そいつで戦うしかない。ただね」


「なんだ」


「そういうときは、機関銃かショットガンをお勧めするよ。そちらの方が軽いし、遠くまで飛ぶだろう」


 イーサンは指で銃を撃つようなジェスチャーをした。







 イーサンとエドワードは、ミグラス市南西の、チャック・ケードが殺された橋の下にたどり着いた。下水から流れる水が、悪臭を放っていた。


 橋のたもと、橋を支える柱と川の間の二メートル程度のスペースにチャック・ケードは暮らしていた。チャック・ケードの荷物はすべて撤去されているが、どこか生活の痕跡のような物が見て取れた。


「思ったより狭いな」


 エドワードは川と橋脚の間の土台部分に立ちながら言った。


「雨の時とかどうしたんだろうね。増水したらここはまずいじゃないのかな」


 橋脚の根元、コンクリートに水の跡のようなものがあった。


「そんときはどこかへ移動したんだろう」


「橋の近くの道から丸見えだね」


 橋の横には、斜面があり、川沿いに道があった。


「この道を通ったことがあるなら、橋の下に人が住んでいることを知っていても、おかしくはないな」


「そうなるね」


「吸血鬼は、知っていたのか、それともたまたま通りかかったのか。どっちなんだろうな」


「およそ十年ほど前から、チャック・ケードは、ここに住んでいたそうだ。何かの拍子に知った可能性はある」

「だけど、犯人が人間の可能性もあるよな。力の弱い老人や女子供がやったかもしれねぇ」


「子供という可能性は除外していい」


「なんでだ。力の弱い子供なら、老人といい勝負になるんじゃないか」


「犯人の背は百七十センチ以上ある」


「なんでわかるんだ」


「橋脚を見たまえ、コンクリートに血痕の跡と、こすったような跡がある。チャック・ケード氏は百六十センチ程度だが、この肩口をこすったような跡はもっと高い位置にある。推測するに、百七十五から百八十五センチの人物だ」


「それだけ身長差があって、もみ合いになるってのは、むつかしいな。相手も年寄りだった可能性もあるけどな」


「ナイフを持った弱り切った吸血鬼である可能性もあるということだな」


「目撃証言は、なかったよな」


「夜中の二時頃だ。叫び声や争う声を聞いた近所の住人がいるが、それを見に行った者はいない」


「そりゃそうだよ」


 この付近は治安がいいところとは言えない。町の灯りから少し離れ、売春宿や賭博場などがひっそりとあった。目撃者がいたとして警察に名乗り出るとは限らない。


「夜中の移動手段は限られている。チャック・ケード氏が殺されたのが夜中の二時、日の出が、六時頃だとして、移動できる時間はおよそ四時間、もし、この事件が吸血鬼の仕業なら、その吸血鬼の寝床は四時間で移動できる場所にあるということだ」


「歩きなら、十五、六キロってところかな、馬だとどうなるんだろうな。でも、夜だとそんなに速く走らせることはできないか」


「いや、吸血鬼の五感は鋭い。弱っていたとしても、五感は影響を受けない。夜でも昼のように明るく見えている」


「そうか、馬も夜目は利くしな。遠くからきた可能性もあるってことか」


「付近の住人は馬の足音を聞いていない。夜ならかなり響く、印象に残るはずだ」


「じゃあ、歩きか。どこかに馬を止めていた可能性もあるな」


「その可能性もあるな。あるいは我々のように、ホテルに泊まったのかもしれない」
「吸血鬼がか。朝とかどうするんだ。日焼けしちまうぜ」
「ホテル側に昼間は寝ているから入るなと伝えておけばいいさ。カーテンを閉めて、クローゼットの中で怯えて眠ることになる」
「吸血鬼も大変だね」

「チャック・ケードが殺されたのは、四月の初め、ジャック・ディーゼルに力を分け与えたすぐ後だ。飢えに耐えかね近場で済まそうとしたのかもしれない」


「血は吸えたのかな」


「チャック・ケードのか。わからんが、血を吸う前に絶命した可能性がある。吸血鬼は生き血しか飲まない。死体から血を啜っても意味は無い。血筋を切っていないから、飲めたとしても少量だろう」


「だとすると、この近辺で、もう一件やっているんじゃないか。飢えてるんだろ」


「そうだな、喉が渇き、歯がうずく。体がひからびるような飢えだ。なかなか耐えられるものじゃない」


「だけどそれらしい事件はなかったよな」


「ああ、無かった。死体がまだ見つかっていないだけかもしれない」


「行方不明扱いになっているってことか」


「そういう可能性もあるな」


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色