第四十三話、牛舎の出会い

文字数 2,302文字

 デニー・ウィルソンがエマに出会ったのは、十一歳の頃であった。

 デニーはいつものように、朝早くから牛舎の掃除と餌やりを行っていた。

 牛舎の片隅に積み上げられていたわらにフォークを刺して、手押しの一輪車に乗せていた。


「いっ」


 フォークを刺したときに、わらの中から声がした。


「だ、だれかいるの」


 デニーはフォークを手に後ずさった。


「あ、あのごめん、怖がらないで」

 慌てたような女性の声がした。


「だれ、だれなの」


 デニーは、家に帰って、寝ている父親を呼ぼうかどうか悩んだ。


「まって、あ、怪しいものじゃないわ。私は、エマ、ええと、昔は宿屋をしていたわ。今は、なんかわりと自由に生活しているわ」

「なんで、そんなところにいるんだよ」


 デニーはわらに向かって槍のようにフォークを向けながらいった。 


「その、道に、迷っちゃって、ふらふらー、て、してたら、どこに居るのがわからなくなって、困って、ここに潜り込んだのよ」


「お酒、飲んでたの」


 デニーは顔をしかめた。

「そ、そうよ。よっぱらっちゃったって、道がわからなくなって、おうちに帰れなくなっちゃったのよ」


「父さんも、お酒に酔って帰ってこないときがあるよ」


 夜帰ってきたところで、朝方は寝てるときの方が多かった。


「そう、なんか、いろいろ大変そうね。一人で、牛の世話をしててえらいわね」


「じいちゃんも居るんだけど、腰を痛めちゃったんだ」


「そう、大変ね」


「なんでわらの中にいるの?」


 デニーは首をかしげた。


「ええと、ちょっと、出られなくて」


「どうして?」


「その、日光が、苦手なのよ」


「苦手ってどういうこと」


「その、そういう病気なのよ。日光に当たると、まずいっていうか。わりと、死んじゃう的な、今もちょっと、ちりちりしてるわ」


「病気なの、じゃあ、仕方ないね」


 デニーの母親も、つい最近、病で亡くなった。


「そうなのよ。だから、日のあるうちは出られなくて、夜までここに居させてもらえる」


「うん、いいよ」


「それと、あとちょっとだけ、お願いがあるんだけど」


「なに」


「ここのわら、もうちょっと、もってくれない。さっきからあんた、わらがちょっとずつ無くなってんだけど、なんとかならない」

 デニーは牛に餌をやるために、わらをすくって、一輪車に乗せ、牛の元へ運んでいた。当然積み上げていたわらは少しずつ減っていく。


「うーん、わかったよ。納屋にあるわらをここに積み上げておくよ」


「ありがとう。助かるわ」

 デニーは一輪車を押しわらを取りに納屋へ向かった。



「あっ」
「なに、どうしたの」
「ご飯とか大丈夫? なにかもってこようか」
「ありがとう。お腹いっぱいだから当分大丈夫よ」

 エマは笑った。

 エマは吸血鬼だった。

 覚えたばかりの飛行魔術をためしているうちに、方角がわからなくなり、迷っているうちに夜が明けてきた。

 日差しを避ける場所を探したが民家には人の気配がしたので、仕方なく牛舎に潜むことにした。

 朝になり、日差しが牛舎に入り込んできたため、日差しを避けるため、積み上げられたわらの中に飛び込んだのだ。

 それから、デニー・ウィルソンとエマは時々あった。エマは、元は宿屋の店主の妻だったが、店主である夫が亡くなり、途方に暮れているところ、二十年ほど前に吸血鬼になった親戚のおじさんが尋ねてきた。あれだったら、吸血鬼にしてやろうか。と言われ、両親はすでになく、子供も、親しい友人もおらず、店に対する未練も何も無かったため、じゃあ、お願いしますと、吸血鬼になったそうだ。


 それから時が立ち、デニーにも家族もでき、四十を超えた辺りで、デニーは病に倒れた。医者も手の施しようもなく、死を待つばかりだった。エマはデニーに選択肢を与えた。人として死ぬか、吸血鬼になり血を啜って生きるか。

 デニー・ウィルソンは吸血鬼になることを選んだ。


 話し声がした。


「まじで、銅像そっくりだぜ」


「ああ、驚きだね」


 意識がはっきりとしてくる。銅像という言葉に、引っかかるものがあった。たしか、十、五、六年前に記念館を建てるとかで、銅像を建てさせてほしいといわれ、写真を撮ったことを思い出した。ちょっと気恥ずかしいと思ったが、まぁ、そういうのも良いかと応じた。

「目を覚ましたぞ!」


 エドワードは慌てて銃を構えた。


「君は」


 エドワードは引き金を引いた。銃弾がデニー・ウィルソンの頭を吹き飛ばした。続けて引き金を引く。撃ち続ける。動かなくなる。

 ああ、バーにいた吸血鬼対策課の捜査官だ。デニー・ウィルソンは、はっきりと残る意識の中でそう思った。


 博物館でデニー・ウィルソンの銅像を見つけたイーサンとエドワードは、銅像を造った彫刻家を訪ねた。彫刻家は依頼主から写真を受け取り銅像を造ったと言った。依頼主はコルムス商会、コルム市で不動産業などを中心に幅広い商売を行っている。経営者はヘンドリック・トルーマン、コルム領の領主であったオリック・トルーマンの子孫である。

 イーサンとエドワードは、コルムス商会所有の不動産を尋ね歩いた。郊外にある一軒家に反応があり、中に入った。警報器のたぐいもなく、一階の寝室で、鎧戸とカーテンを閉めた真っ暗な部屋で、デニー・ウィルソンは銅像そっくりの顔で無防備に寝ていた。



「礼を言うのを忘れていたな」


 エドワードは銃に弾を込めながらいった。


「彼の精神は、まだそこにあるよ」


 イーサンは窓を開け、鎧戸を開けようとしていた。

「そうか。デニー・ウィルソンさん、グラスを投げてくれてありがとよ。助かったぜ」


 銃弾に破壊された、デニー・ウィルソンに向かっていった。


「まぁ、聞こえてはいないだろうがね」


 光が差し込んだ。


 了


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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