第四十三話、牛舎の出会い
文字数 2,302文字
デニー・ウィルソンがエマに出会ったのは、十一歳の頃であった。
デニーはいつものように、朝早くから牛舎の掃除と餌やりを行っていた。
牛舎の片隅に積み上げられていたわらにフォークを刺して、手押しの一輪車に乗せていた。
「いっ」
フォークを刺したときに、わらの中から声がした。
デニーはフォークを手に後ずさった。
「あ、あのごめん、怖がらないで」
慌てたような女性の声がした。
デニーは、家に帰って、寝ている父親を呼ぼうかどうか悩んだ。
デニーはわらに向かって槍のようにフォークを向けながらいった。
「その、道に、迷っちゃって、ふらふらー、て、してたら、どこに居るのがわからなくなって、困って、ここに潜り込んだのよ」
「そ、そうよ。よっぱらっちゃったって、道がわからなくなって、おうちに帰れなくなっちゃったのよ」
夜帰ってきたところで、朝方は寝てるときの方が多かった。
「そう、なんか、いろいろ大変そうね。一人で、牛の世話をしててえらいわね」
「そう、大変ね」
デニーは首をかしげた。
「ええと、ちょっと、出られなくて」
「その、日光が、苦手なのよ」
「その、そういう病気なのよ。日光に当たると、まずいっていうか。わりと、死んじゃう的な、今もちょっと、ちりちりしてるわ」
デニーの母親も、つい最近、病で亡くなった。
「そうなのよ。だから、日のあるうちは出られなくて、夜までここに居させてもらえる」
「それと、あとちょっとだけ、お願いがあるんだけど」
「ここのわら、もうちょっと、もってくれない。さっきからあんた、わらがちょっとずつ無くなってんだけど、なんとかならない」
デニーは牛に餌をやるために、わらをすくって、一輪車に乗せ、牛の元へ運んでいた。当然積み上げていたわらは少しずつ減っていく。
「ありがとう。助かるわ」
デニーは一輪車を押しわらを取りに納屋へ向かった。
エマは笑った。
エマは吸血鬼だった。
覚えたばかりの飛行魔術をためしているうちに、方角がわからなくなり、迷っているうちに夜が明けてきた。
日差しを避ける場所を探したが民家には人の気配がしたので、仕方なく牛舎に潜むことにした。
朝になり、日差しが牛舎に入り込んできたため、日差しを避けるため、積み上げられたわらの中に飛び込んだのだ。
それから、デニー・ウィルソンとエマは時々あった。エマは、元は宿屋の店主の妻だったが、店主である夫が亡くなり、途方に暮れているところ、二十年ほど前に吸血鬼になった親戚のおじさんが尋ねてきた。あれだったら、吸血鬼にしてやろうか。と言われ、両親はすでになく、子供も、親しい友人もおらず、店に対する未練も何も無かったため、じゃあ、お願いしますと、吸血鬼になったそうだ。
それから時が立ち、デニーにも家族もでき、四十を超えた辺りで、デニーは病に倒れた。医者も手の施しようもなく、死を待つばかりだった。エマはデニーに選択肢を与えた。人として死ぬか、吸血鬼になり血を啜って生きるか。
デニー・ウィルソンは吸血鬼になることを選んだ。
話し声がした。
エドワードは慌てて銃を構えた。
エドワードは引き金を引いた。銃弾がデニー・ウィルソンの頭を吹き飛ばした。続けて引き金を引く。撃ち続ける。動かなくなる。
ああ、バーにいた吸血鬼対策課の捜査官だ。デニー・ウィルソンは、はっきりと残る意識の中でそう思った。
博物館でデニー・ウィルソンの銅像を見つけたイーサンとエドワードは、銅像を造った彫刻家を訪ねた。彫刻家は依頼主から写真を受け取り銅像を造ったと言った。依頼主はコルムス商会、コルム市で不動産業などを中心に幅広い商売を行っている。経営者はヘンドリック・トルーマン、コルム領の領主であったオリック・トルーマンの子孫である。
イーサンとエドワードは、コルムス商会所有の不動産を尋ね歩いた。郊外にある一軒家に反応があり、中に入った。警報器のたぐいもなく、一階の寝室で、鎧戸とカーテンを閉めた真っ暗な部屋で、デニー・ウィルソンは銅像そっくりの顔で無防備に寝ていた。
エドワードは銃に弾を込めながらいった。
イーサンは窓を開け、鎧戸を開けようとしていた。
銃弾に破壊された、デニー・ウィルソンに向かっていった。
光が差し込んだ。
了
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