第二十二話、ポーラ、二百年前
文字数 1,232文字
ポーラは、暗闇の中つぶやいた。
隠れ住むなら、階下に人が住んでいるようなマンションではなく、山奥の一軒家の方が、見つかりにくかっただろう。だが、近くで人が暮らしている、そういうところで、暮らしていたかった。
「安らかな生活なんてのは、死んだ後だけよ」
生前働きづめだった母親が、昔言った言葉だ。
吸血鬼になり、死から遠ざかっても、安らかな生活を営んでいるとは言えなかった。力がある。魔法も使える。年も取らない。それでも追われる。太陽の光に怯え、人に怯え、血を吸わなければならない。
人であったころも何かに怯えていた。
二百年ほど前のことである。
夜、町は燃えていた。
ポーラは空き地の木陰に隠れていた。まだ小さな子供だった。
武器を持った男達がうろついていた。見つかれば何をされるかわからなかった。
朝から戦いの音が鳴り響き、昼頃には兵隊がなだれ込んできた。町が荒らされ、家が燃やされた。一緒に逃げていた母親は矢で殺された。火と血の臭い、どこへ行って良いのかもわからず、走り疲れ空き地の木陰に逃げ込んだ。
辺りの様子をうかがった。
複数の金属音が丘の斜面から聞こえた。
兵隊がいるのだ。
ポーラは身を縮めた。
しばらくそうしていると、人が歩く音が聞こえた。
おそるおそるのぞいてみる。
スーツを着た男が一人、歩いてた。ずいぶんと、のんきに見えた。
丘の斜面に弓矢を構えた兵士が見えた。母親が殺された時の情景が浮かんだ。
ポーラはとっさに叫んでいた。
スーツを着た男は立ち止まり、不思議そうな顔で、ポーラの方を見た。
矢が数本放たれ、男の頭と肩に刺さった。
スーツの男は丘の斜面を見つめ、そちらに向かって歩き出した。
矢が次々と放たれ男に突き刺さる。男は特に気にした様子もなく、前に進む。弓を持つ兵士におびえが走った。スーツの男は浮き上がるように飛び、丘の上へ、兵士達の前に降り立った。それから、素手で兵士達を殺した。
男は手についた血をハンカチでぬぐい、体に突き刺さった矢を無造作に引き抜きながら斜面を降りてきた。
近づいてくる。
人ではない。ポーラは悟った。
恐怖よりも、その男が持つ不思議な力に興味が湧いた。
男は、ぎこちない笑みを浮かべた。
服に穴が空いていたが、血もほとんど出ていないようだった。こめかみに矢が刺さっていたはずだが、その跡もなかった。
男は辺りを見渡した。
ポーラは首を振った。
ポーラは首を振り、燃やされたと答えた。
男は困ったような顔で答えた。
ポーラとブレア・モリンズとの出会いである。
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