第四十話、照合

文字数 2,173文字

「指紋の照合が終わったぞ」


 イーサンとエドワードが九分室に帰るとブライアン・フロストが分厚い資料と共に出迎えた。

「ありがとう。どうやら当たりのようだな」


 イーサンはブライアンの手元にある資料の束を見た。


「ああ、吸血鬼だ。デニー・ウィルソン、年齢は二百五十歳前後、元は、カスタム地方の農場主だったらしい。最後に目撃されたのは、四十年ほど前、ハーウインのミルタ通りで、血を吸った後の女性を担いで歩いているところを通行人に目撃された。声を上げられ、女性を捨ててミルタ通りを北に走って逃げたそうだ」


「逃げたのかよ」


「見つかる方が問題だね」
 イーサンはあきれたように首を振った。

「バーの時もすぐに逃げたし、あまり、争いは好まない性格なのかも知れないな」


「なんかずいぶん、記録が残ってるんですね。誰か直接話でも聞いたんですか」


 エドワードは机の上の資料を見た。


「デニー・ウィルソンの息子が、手記を残している。デニー・ウィルソンは吸血鬼になってからも時々、息子に会っていたようだ」


「親父のこと、どう思っていたんでしょうね。毎月、人間の血を吸っているんでしょ。そういうの困るよなぁ」


「その辺の複雑な心境もかかれている。人の生き血を吸って、生きる父親に、罪悪感と変な安心感を覚えたそうだ。親が年を取らないってのは、子供としては、心配事が一つ減るからな」


 ブライアンは遠い目をした。


「わからなくはないですけど、いや、やっぱだめでしょ。吸血鬼だし」


「その後、彼は、父親に吸血鬼にならないかと、誘われても断ったそうだ。一ヶ月生きるために、人の命を一つ奪うことに納得していなかったようだね」


「人一人の命で一ヶ月か、代償が重すぎるよな。かといって、実の父親を裏切るわけにもいかねぇし。この時代だったら、見つかったら家族も火あぶりになってたかも知れないんですよね」


「いやどうかな。カリオ帝時代だから、そこまで厳しくなかったんじゃないかな。こっそり吸血鬼になっていた貴族もいたぐらいだしな」


「ゆるかったんだな」


「融和と根絶、吸血鬼対策は昔からそういう波があったからね。だが、まぁ吸血鬼になった貴族は、すぐに見つかって、内密に処分された。その頃にできた風習が、お茶会やパーティー、貴族間の吸血鬼化を防ぐために考え出されたものだよ」


「へぇ」


「その、息子が死んで、デニー・ウィルソンの痕跡は一度消える。次に出てきたのが、七十年後で、コルソルム戦争の最中だ。カスタム地方に攻めてきたソルムの軍隊を、人間と協力して撃退した。その後は故郷を追われて、どこかへ行っちまったそうだ」


「戦争が終われば、ってやつだな」


「そういうもんだね」


「その後は、四十年前のハーウインのミルタ通りで、目撃される。ま、そんなとこだね」


 資料を閉じた。


「顔とかはわからないんですか」


「わからない。おそらく四十年前も認識阻害の魔術をかけていたんだろう。だれも、デニー・ウィルソンの顔を覚えていなかった。ただ、当時の捜査官が、デニー・ウィルソンの親戚の顔写真を何枚か撮ってある。参考にはなるだろう」
「なぜ、その男が、デニー・ウィルソンだとわかったのかね。顔もわからなかったのだろ」
「これも指紋でわかった。コルソルム戦争の時にデニー・ウィルソンが使っていた武器に指紋が残っていた。女の服から検出された指紋とそれが一致した」

「吸血鬼で確定か。強盗を退治したら、吸血鬼がいたなんて、ついてるんだかついていないんだが」


「縁があるんだろうね。吸血鬼に」


 イーサンはうすく笑った。


「そんな縁はいらねぇよ」


 エドワードはいやそうな顔をした。


「魔力鑑定の結果も出たわ」


 シャロン・ザヤットがビニール袋に入った割れたグラスを持ち上げた。


「デニー・ウィルソンが強盗に投げつけたグラスだな」


「そうよ。術式のない純粋な魔力が残留していたわ。魔力測定器で測ったところ、残留している魔力量が七百五十mhもあったわ。二日ほど経ってこの数値だから、そうとうなもんよ。人間がこんな魔力使えば、一瞬でひからびちゃうわね」


「魔力を紐付けしてグラスをコントロールしたんだろう。燃費は悪いが技術的には難しくはない」


「吸血鬼一体いれば、町一つ分ぐらいの夜間のエネルギー問題を解決できるんじゃないかしら」


「かつてそういうことを考えた人間がいたよ。昼間のうちに吸血鬼を捕らえ、頸椎に杭をうちこみ、魔力吸収の魔方陣が描かれた鋼鉄製の箱に閉じ込め、魔力を搾り取ろうと考えた人間がいた」


「どうなったの」


「その程度では夜の吸血鬼を閉じ込めることはできない。頸椎を断ったところでたいして意味はない。吸血鬼はどちらかというと精神が本体だからね。首を引きちぎって、残った体で箱を壊し首をくっつけた」


「あら、実体験なの」


「若い頃の話だ。本当に運が良かった。昼間捕らえられたときは、もう、終わったと思った」


「なんていうか。複雑な気持ちだわ」


 シャロン・ザヤットは眉をひそめた。同僚が命からがら助かった話なのだが、問題はその同僚が、当時、吸血鬼であった点だ。


「欲をかいちゃいけないってことだな。で、どうするんだ。デニー・ウィルソンが吸血鬼であることは間違いないんだろう。どうやって見つけるんだ」


「まずは、資料を読み込むことから始めなきゃいけないだろうね」


 イーサンは資料の束を手に取った。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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