第三十九話、バー

文字数 1,764文字

 イーサンとエドワードは、フィルクス通り二番地、少し奥にあるバー、ロイドに来ていた。曇りガラスの窓を見ると、中で店の掃除をしている店主の姿が見えた。扉のノブには準備中とかかれた板がぶら下がっている。

 失礼、とイーサンはつぶやきドアを開けた。

 たばことアルコールの匂いがした。

「どちらさんで」


 少し怯えたような雰囲気で店主が答えた。何枚か窓ガラスが新しくなっており、入り口付近の壁と床には血痕の汚れがかすかに残っていた。


「警察のものです」


 イーサンとエドワードはバッチを見せた。


「そうですか。あれ、あなたは」


 店主はエドワードを見た。


「先日は、お騒がせしました」


「いえ、おかげで、助かりました。強盗の捜査ですか」


「それ関係で、ちょっといいですか」


「ええ、別にかまいませんよ」


「一人、行方がわからない客がいたでしょ。彼について聞きたいんです」


「ああ、居ましたよね。いつの間にか居なくなっていた人が、しかし、どんな人だったのか全く」


 覚えていないんですよ。店主は首をかしげた。


「顔も年齢も、思い出せない。そんなところですか」


「ええ、私も客商売ですから、それなりに記憶力には自信がある方なんですが、どうも、思い出せない。なぜかそのお客様の顔の印象が残っていないんです」


「出入り口は、ここと、店の裏口ですか」


 イーサンは、店の入り口を指さした。


「ええ、そうです」


「その男は、どこに座っていたんです」


「ここです」


 カウンターの一つを指さした。

 店の裏口から出ようと思えば、カウンターを乗り越えなければならない。


「エドワードは入り口付近にいたんだね」


「ああ、この辺だ」


 エドワードは入り口付近の柱の近くに立った。


「普通に考えれば、誰にも見られず外に出ることは不可能だね」


「そうだな」


「店主殿、その男は、何を頼んでいたのかね」


「注文ですか。えーと、ちょっと待ってください」


 店主は伝票をあさった。


「確かこれかな。ウィスキーですね」


「注文を受けたときの様子など覚えていますかな」


「ええと」


 店主は、ぼんやりとした顔をした。


「指、テーブルを叩く音がしました。目の前に居たのに座っていることに気づかなかったんです。それで、指で二回ほどテーブルを叩く音がして、気がついて注文を受けたんです」 


「その時、顔は見えなかったのですか」


「顔、ですか。顔は、ひげが、口ひげが生えていました。四十代ぐらいの男性でした。あれ、覚えている? なんか変な感じですね」


 店主は恐怖に怯えたような引きつった顔をした。

 それからしばらく話したが、それ以上の話は引き出せなかった。

 イーサンとエドワードは店を出た。



「店主は何で、顔を覚えていたんだ」


 目の色や髪の色などは覚えていなかったが、およその年齢と口ひげが生えていたことは覚えていた。


「注文する際、術を解いたんだろう。認識阻害をかけたままだと、存在自体が気薄になるから、そのままだと、注文できない。だから、一時的に術を解いた。そのおかげで店主の記憶に残ったのだろう」


「なるほどね。客として認識されていないと注文できないってことか。そういや、吸血鬼って、酒を飲めるのか」


「飲めるが、味はほとんど感じない。酔うこともない。香りが楽しめる程度かな」


「じゃあ、なんでバーに来たんだ。味もわからない酔うこともない。何しに来たんだ」
「わからない。犠牲者を探していたのか。ただたんにバーが好きだったのかもしれないね」

「消えた客は、やっぱ吸血鬼なのか」


「人でないことは確かだろうね。人の目につかないほどの認識阻害となると、人ではまず無理だね」


「だけどよ。吸血鬼だとしたら、わかるんじゃないか。ほら、気配でよ。吸血鬼を仕留めるときとか、居るのわかるだろ。おんなじ部屋にいたらさすがにわかるんじゃないか。それも認識阻害で防いでるのか」

「いや、夜に限っていえば、吸血鬼独特の気配はしない。夜の生き物が、易々と気取られたら、狩りができないだろ」


「へぇ、そういうもんなのか」


「日のあるうちだからわかるのだよ。日の光の中に濃い闇があれば目立つだろう」


「ふーん、そういうもんか」


 

 それから何件か、近くのバーで、四十代ぐらいの口ひげを生やした顔が覚えられない客の話を聞いて回ったが、覚えていないのか、きていないのか、そんな奇妙な客の目撃証言はなかった。

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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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