第三十二話、飛行船

文字数 1,160文字

 食事を終え、エドワードは良い気分で木陰でうとうととしていた。


「来たか」


 イーサンの声にエドワードは目を覚ました。


「おっ、そうか」


 空を見上げると、豆粒のような物体が浮かんでいた。


「あれが、飛行船って奴か」


 ゆっくりと、こちらに近づいていた。


「ええ、そうよ。軍の物を借りたかったんだけど、さすがに無理だったから、民間の飛行船会社にお願いして借りてきたのよ」


「どうやってお願いしたのか知らないが、よくやってくれた」


「そうでしょう」


 パメラ・モートンは微笑んだ。




「なんなのあれ」


 ポーラ・リドゲードも飛行船が近づいていることに気がついていた。

 使い魔を屋根の上に登らせ、視覚を共有した。

 アーモンド型の飛行船がこちらに向かって近づいてきているのが見えた。


「どうしようもないわね」


 飛行船を打ち落とすような魔法も、空を飛べるような使い魔もポーラ・リドゲードは所有していなかった。

 飛行船はゆっくりと近づいてきた。

 まるで鯨のような巨大な白い袋の下に、窓がいくつか付いた木造の建造物がぶら下がっている。

「ヒーゲル聞こえるか」


 イーサンが無線機で呼びかけた。


「聞こえますぜ」


 ヒーゲルは戦術班の人間である。


「屋敷は見えているか?」

「ええ、ばっちり見えてます」


 飛行船の窓を開け手を振った。


「屋敷の上空に来たら教えてくれ」


「了解しやした」


 無線を切った。


「飛行船とは豪勢だな」


「毒ガスが待ち構えている吸血の屋敷に直接戦術班を送り込むより安上がりだからね」


「俺たちは良いのかよ」


「まぁ、誰かが行かなくてはならないからね」


 肩をすくめた。


 飛行船は、ポーラ・リドゲードのいる屋敷の百メートルほど上空で、静止した。


「屋敷の上空です。指示をどうぞ」


 無線が入った。


「爆弾を投下してくれ」


「了解」


 ヒーゲルは飛行船の窓から時限式の爆弾を投下した。風に煽られながらも、屋根に落ち、しばらくして爆発した。屋根瓦が吹き飛び、屋敷全体が揺れた。次々と投下される。爆発する。いくつかは外れ庭に落ちた。屋根が壊れ穴が空く、そこに爆弾が転がり込む。窓ガラスが割れ、壁が吹き飛んでいく、徐々に壊れていく。ブレアと共に暮らした家が壊れていく様を、使い魔を通してポーラはただ見ていた。


「一方的だな。本当に、あの中に、いるのか」


 エドワードは眉をひそめた。何らかの反撃があるのでは無いかと思っていたからだ。

「人間が空を飛べるようになったのは、五十年ほど前だ。多くの吸血鬼は、それに対応できていないんだよ」


「自分たちだけが空を飛べると思っていたってわけか」


「面倒なのだよ。人の技術的進歩に合わせて、守りを変えていくのは、いつ来るのか、来るのかどうかもわからない人間のために、対策を考えるのも備えるのも面倒なのだよ」


「お袋の突然の訪問に備えるようなもんだな」


 笑った。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色