第二十五話、通報者

文字数 1,447文字

 イーサンとエドワードは、一通りポーラ・リドゲードが潜伏していたマンションとその周辺を調べた後、ポーラ・リドゲードを通報した向かいのマンションに住んでいた老婦人の元を尋ねていた。


「夜、堂々と歩いていたのよ」


 イーサンとエドワードは、カーター夫人と向かい合って座っていた。テーブルには白い陶磁器に入った紅茶とクッキーがあった。


「お知り合いだったんですか」


「いいえ、会って話したことはなかったわ。窓から見ていただけよ。ときどき、ガス灯の明かりの中を、ふふっ、今思い返せば、ずいぶんと歩くのが速かった気がするわね。あの時代、夜中に女性が一人で出歩くなんて、とんでもないことだったのよ」


 声を潜めた。


「そういう時代もありましたね」


「ええ、しかも、私と同じぐらいの年頃の、当時のね。私が女学生だった頃の話よ。十代の女の子に見えたわ。月に、二、三度ぐらいかしら、毎晩外を眺めていたわけじゃないから、わからないけど、やっぱりあれかしら、血を吸いにいってたのかしら」


「吸血鬼は、一月に一度、血を吸えば事足りますから、他の用事もあったのかもしれませんね」


「あら、そんなに少ないの、私なんか毎日三食いただいてますのに、小食なのね」


「そう、考えることもできますね」


「結婚して家を出て、夫が亡くなって、またこの家に戻ってきたの、最後は、ここで過ごしたかったの」


 カーター夫人は部屋を見渡した。古いダイニングテーブル、食器棚に写真立てがいくつか飾ってあった。古いが整えられていた。


「五十年ぶりに帰ってきたら、姿見た目変わらぬ女が夜に歩いていたということですね」


「ええ、驚いたわ。最初は、お孫さんかしらと思ったけど、歩いている姿まであの頃とおんなじ」


 カーター夫人は驚いたような顔をした。


「それで警察に知らせたと」


「ええ、すぐにというわけにはいかなかったわ。五十年前から同じ姿で、夜にしか現れない女の子なんて、私の記憶違いかもしれないしね。警察に話すまで、二、三ヶ月はかかったわ」


 目をそらした。二、三ヶ月、月に一人ほど、吸血鬼は血を吸う。


「お気になさらないでください。それよりも、せっかく知らせていただいたのに、逃がしてしまい。申し訳ありません」


 イーサンとエドワードは頭を下げた。


「私に頭を下げる必要は無いわ。それより、吸血鬼係の人、亡くなられたんでしょう。残念だわ」


「ええ、とても」


「なんだか不思議な話ね。五十年以上も、吸血鬼が居たなんて、あの人、人の命を奪うようには見えなかった」


「吸血鬼とはそういうものです。月に一度ほどの腹を満たす行為、重いものではありません」


「たまの外食みたいなものかしら」


「そんな気分かもしれません」


「そうね。食事だものね」


「ええ、その通りです」


 少し笑う。


「でも、どこに逃げたのかしら、洋服ダンスの中にいたんでしょ。足がちらっと見えたわ」


 カーター夫人は、何度も避難を呼びかけたが、それに応じず。マンション二階の自室にて、戦術班の突入から、ポーラ・リドゲードの逃走まで見続けていた。


「それが、まだわからないのです。地下に潜り込んだことは、わかったのですが、そこから先は捜査中です」


「そう、大変ね」


「それよりも、ここを避難なさった方がよろしいのでは、万が一と言うこともありますので」


 警察に通報した報復に、襲われかねない。


「いやよ。ここは私の家、逃げる必要性なんか無いわ。なんだったら一度会って話をしてみたいぐらいよ」


「会って、どんな話をなさるのです」


「そうね。美容の秘訣かしら」


 笑った。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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