第三話、バー

文字数 1,336文字

 バーの片隅に初老の男が二人いた。

「新しい相棒はどうだ」


「悪くはないよ。あまり頭を動かすことが得意では無いようだがね」


 短く刈り込んだ灰色の髪に、首には、つなぎめのない銀色の首輪が巻かれている。イーサン・クロムウェル、九百年吸血鬼として生きた元吸血鬼である。赤い、ワインを一口飲んだ。


「元は、ギャングの取り締まりをしていた奴だ。ギャングから賄賂をもらっていた上司を半殺しにして、こちらに来た。頭より拳の方が役に立つと思っているタイプだ」


「私も殴られないように気をつけるよ。バーンズ、君の方はどうだい。ずいぶん出世したと聞いたが」


「なに、たいしたことは無いさ。説得と懐柔、肩のこる仕事ばかりだよ。お前さんと仕事していた頃の方が気楽だった」


 バーンズは、ラム酒を少し口に含んだ。甘みが広がる。

「こっちはこっちで大変だよ。なんせ首がかかってるからね」


 イーサンは首輪をなでた。


「今年に入って三人目だっけ、順調だな」


「ああ、間抜けな吸血鬼が多くてね。おかげで命拾いしている」


「ここ数年、吸血鬼の数が、多いような気がするな」


「誰かが増やそうとしているのかもしれない」


「何か企んでいる吸血鬼がいるのかな」


「力を与えるということは、己の力が弱まるということだ。何を成すにしろ夜のあいだの吸血鬼は大概のことは一人でできる。昼間は、何人吸血鬼の仲間がいようと、役にたたない。若い吸血鬼を増やしても、あまり意味のあることとは思えないがね」


 血を吸い、己の血を分け与える。それによって、新たな吸血鬼が生まれる。血を分け与えた方は、その分弱体化することになる。


「だが、かつてはその力を使い一つの国を支配しようとした吸血鬼もいた」


「馬鹿な吸血鬼もいたものだな」


 イーサンは笑った。


「最近は、吸血鬼を信仰している教団なんておかしな連中も出てくる」


「最近だけじゃないさ。吸血鬼の力を欲する人間はいつの世にもいる」


「わかるね。この年になると、ときどき吸血鬼になりたいと、思うよ」 


 モーリスは自分の肩を揉みながら言った。


「そうか」


「ああ、そうだとも、何せ奴らは年をくうってことを知らない。腰の痛みも病気のつらさも、感じない。朝起きる必要性も無いしな」


 笑った。


「おぞましくはないのかね」


「血を吸うことか。蚊だって血を吸うだろ。コウモリもだ。肉を食うのとどう違う。食事は人間の生き血、偏食なだけだろ。しかも、月に一回程度の食事ですむ」


「だが、吸われた人間は死ぬ」


「人間は死ぬさ。時間と共に、時が来れば死ぬ。吸血鬼は別だ。時間と共に生きている」


「人は、死ぬのが正しいことなのだよ」


 イーサンはこの話を切り上げようとした。


「俺は死にたくないね。イーサン、もし、そういう、話があれば、俺にも教えてほしいんだ」


「そんな話があるわけ無いだろう」


「吸血鬼に戻る気は無いのか」


 モーリスはイーサンを見つめながら笑みを浮かべた。


「あいにく、吸血鬼に戻る気は無いよ。その方法も無いしね。今の生活が気に入っているんだ」


 イーサンは言った。


「そうかい、でも、気が変わったら言ってくれよ。何でも協力するからさ」


 バーンズは、二人分の支払いを済ませ先に店を出た。


「しつこい奴だ」


 残されたイーサンはグラスに残ったワインを飲み干した。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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