第十四話、杭と男

文字数 2,023文字

(なんて言ったらいいんだろうか)


 レイヴァン・アスカルは少し悩んでいた。

 あまり人と話すことはない。人里に降りてくるのは月に数度、食事の時か、買い物をするときだけだ。その時だってほとんどしゃべらない。人間と話す必要性などないのだ。そんな生活をもう五十年は続けている。

 そもそも、話が通じるのだろうか。

 高い塀に、広い庭、門の入り口近くに建てられた小屋の中には複数の男の気配がする。ボディガードのたぐいではないかと推測していた。火薬の匂い、それから古い血の臭いがする。この辺りを縄張りとするギャングの屋敷である。



 話すとしたら、ギャングのボスなのだが、レイヴァン・アスカルは顔を知らない。ギャングの下っ端を捕まえて話を聞き、この家を教えてもらっただけだ。

(あまり時間も無い)

 あまり悩んでいると、夜が明けてしまう。

 レイヴァン・アスカルは吸血鬼である。

 

 ベットの上に、木の杭が胸に刺さった男の死体があった。


「どう考えても、こいつ、吸血鬼じゃないよな」


 エドワード・ノールズは鼻をつまんだ。蠅の羽音と腐臭がする。


「ああ、だが、関係があるかもしれんからな。念のためにお前さん達を呼んだんだ」


 ミグラス市警殺人課の刑事のトム・ターナーが言った。


「俺たちじゃないぞ」


「うん? おまえらが、吸血鬼と間違えて、杭を打っちまったってか。さすがにそれはないだろうとは、思うが、どうなんだ」


 トム・ターナーはのぞき込むように見つめた。


「いくらなんでも、いまどき、手で杭を打ったりしないよ。だいたい、杭を打っている間に目を覚ましてしまう」


 イーサン・クロムウェルが言った。


「そうだ。今は火薬でうちこむ」


 エドワードは杭うち銃を撃つ構えをした。


「まぁ、さすがにお前さん達は疑ってないよ」


 軽く笑った。


「この部屋の雨戸は開いていたのか」


 イーサン・クロムウェルは部屋の東側にある窓に近づいた。カーテンが少し開いており、窓の外にある雨戸は閉められていなかった。


「ああ、閉められていなかった」


「吸血鬼捜査官は必ず窓を見る。吸血鬼なら、雨戸はまず閉めている。カーテンの生地も薄い。こんな部屋で寝ている吸血鬼はまずいない」


 昼間、サイモン・ローリーは夜勤警備が終わった後、眠っている最中に殺されている。


「それもそうだな」


 トム・ターナーは窓を見ながら応えた。


「じゃあ、誰がやったんだ」


「さぁ、頭のおかしい連中の仕業か。たまたま、木の杭とハンマーを持っていた空き巣の犯行か。どちらにしろ我々の仕事じゃないだろうね」


「吸血鬼は関係ないのか」


「どうだろうな」


 肩をすくめた。
「被害者のサイモン・ローリーは夜勤の警備が多かった。吸血鬼と間違われた可能性はないか」

 病院や商社の警備員の仕事をしていた。


「そんな理由で、吸血鬼と間違われたら、夜の仕事関係は、全員吸血鬼に間違われて昼間に殺されることになる」


「素人が、あんたらのまねをしたってことはないか。たとえば、吸血鬼に恨みを抱いている人間とか、団体はいないのか」


「いくつかあるが、夜勤の警備員を吸血鬼だと思い込んで、杭を打ち込んだりするほど、常軌を逸してはいないとは思う。いくら夜勤の警備員だからといって、昼間出歩くこともあっただろうし、少し確認すれば人間であることはわかるはずだ。怨恨の線はないのか」


「今のところそれらしい話はないな」


「痴情のもつれじゃないか。夜勤中の浮気がばれて、ぐっさり」


 エドワードは胸を押さえる仕草をした。

「女っ気はない。もてるような顔じゃないだろ」


 トム・ターナーは、あごで、ベット上で死んでいるサイモン・ローリーを示した。目を大きく見開き、口が叫ぶように開いている。腐敗も進んでいる。


「どんな顔なのかわからないな」


「生きているときの写真を見たが、まぁ、死んでる顔とそんなに変わらなかったよ」


「やさしくしてやれよ。死んでんだからよ」


 エドワードを眉をひそめた。

「爪に何かついているな」


 茶色い繊維のようなものが右人差し指の爪に挟まっていた。


「犯人のだろうな。杭を打たれるときに、犯人の衣類を掴んだんだろう」


「複数いたのか」


 被害者が抵抗している状態で一人で杭を打つのは難しい。


「おそらくな、サイモン・ローリーを押さえていた人間と、杭を打ち込んだ人間、少なくとも二人はいたんだろう」


「そこまでして、杭を打ち込むってことは、やっぱり、サイモン・ローリーが吸血鬼だと思い込んでいたからなのか」


「そういう見立てでやったのかもしれない」


「遊びで殺したってわけか」


「あるいは儀式的な何か」


「いよいよ、怪しげな話になってきたな。その辺に魔方陣でも書いてあるんじゃないか」


 エドワードは部屋を見渡した。ベットとテーブル、衣装ダンスがあり、部屋の隅にはビールの空き瓶が数本あった。至って普通の独身男性の部屋である。


「仮に、吸血鬼と勘違いしてやったとしたら、とんでもない間抜けであることは間違いないね」


 イーサンは肩をすくめた。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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