第五話、ミグラス市警

文字数 1,647文字

 イーサンとエドワードはラソテッド東部、ミグラス市の警察署に来ていた。警察署内は怒号が飛び交っていた。逮捕された労働者風の男達が、警官に引きずられるように留置所に放り込まれていた。


「忙しそうだな」


 エドワードは辺りを見渡しながら言った。


「かき入れ時かね」


 外国の安い労働力を使った貿易戦略が行き詰まり、複数の貿易会社が倒産していた。失業者が増え、治安が悪化していた。どこの国でも、いつの時代でも、同じようなことが起こっている。イーサンはそう思った。


「書類が山のように積み上がってんだろうな。ぞっとするぜ」


 エドワードはいやそうな顔をした。


「大変だね。それはそれとして我々の仕事を早く済ませよう」


 イーサンとエドワードは受付で身分を明かし殺人課の刑事の元へ案内してもらった。




「吸血鬼対策課ですか」


 ミグラス市警のトム・ターナーは困惑したような表情で言った。


「ええ、捜査協力をお願いします」


 イーサンは柔らかい物腰でしゃべった。この様子を見て、彼が九百年間吸血鬼として生きてきたなどと誰も信じないだろう。


「別にかまいませんが、歯形のついた死体なんて出ていませんよ」


 冗談めかしていった。


「我々が探しているのは、刃物による殺人です」


 イーサンは首筋を指でかっきるジェスチャーをした。


「吸血鬼が刃物ですか」


「ええ、人間だって、フォークで肉を押さえ、ナイフで肉を切るでしょう。それと同じです」


「テーブルマナーにうるさい吸血鬼なんですな」


 少し笑った。


「弱っているんですよ。通常の吸血鬼なら、素手で掴んで首筋に牙を突き立て、脈動を味わえばよろしい。ですが、我々が追っている吸血鬼は、力を分け与え弱っているのです。だから刃物を使い、頸動脈を裂かなければ、血を飲むことができない。ヤーズで二件、ケラムで一件、刃物で首を裂かれた死体が出ています」


 イーサンは舌で唇を舐めた。イーサンの前歯は犬歯も含め上下十二本抜かれている。少し開いた口は、ぽっかりと空いていた。


「なるほど、わかりました。同様の事件がないか調べます」


 トム・ターナーは少し引きつった顔をした。




 イーサンとエドワードは、資料室でトム・ターナーが運んできた殺人事件の資料を読んでいた。


「ないな」


 いくつか首筋を刺された事件や切り裂かれた事件があったが、酔っ払っての刃傷沙汰や、のど笛や首の後ろなどの傷ばかりで、頸動脈を切り裂かれたような事件はなかった。


「一つ気になるものがあった、ちょっと見てくれ」


 エドワードはイーサンに資料を渡した。


「ホームレス殺傷事件か」


 イーサンはしばらく資料を読み込んだ。


「どうしてこれが気になるんだ」


 深夜、七十八歳の男性ホームレスが、背中を複数箇所刺され死亡した、五ヶ月ほど前の事件である。


「現場が荒れてんだ。普通七十八歳のホームレスと争って現場が荒れないだろ。いくら路上生活で鍛えられているとはいえ、相手は七十八だ。刃物持っている相手に抵抗できるか? チャック・ケード、このホームレスの名前だが、彼は刺されながらも抵抗している。犯人ともみ合いになっているんだ。ミグラス市警はホームレス同士の争いと見立てたようだが、弱った吸血鬼と考えればあるんじゃないか」


「なるほど、死亡日は四月の十日か」


 ジャック・ディーゼルが吸血鬼になったのは三月である。


「血を吸おうと、刃物で刺したけど抵抗されて失敗しちまったんじゃねぇか。女、子供の犯行か、老人同士の殺しあいって線もあるがね」


「すばらしい着眼点だ。首筋の傷ばかり私は考えていた。調べてみよう。とはいえもう遅い。明日にするか」


 窓を見た。日が沈みかけていた。








 夜、薄手のコートにハンチング帽を目深にかぶった男が歩いていた。

 体の力は戻ってきていたが、吸血鬼になったときのような状態とは、ほど遠く、人の域を出てはいなかった。少し力が強いだけの人間と言ったところか。

 口の中がむずがゆかった。己の牙で、若い女の首筋に、血の脈動を感じながら、すべてを味わいたい。男は思いを募らせていた。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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