第五話、ミグラス市警
文字数 1,647文字
イーサンとエドワードはラソテッド東部、ミグラス市の警察署に来ていた。警察署内は怒号が飛び交っていた。逮捕された労働者風の男達が、警官に引きずられるように留置所に放り込まれていた。
エドワードは辺りを見渡しながら言った。
外国の安い労働力を使った貿易戦略が行き詰まり、複数の貿易会社が倒産していた。失業者が増え、治安が悪化していた。どこの国でも、いつの時代でも、同じようなことが起こっている。イーサンはそう思った。
エドワードはいやそうな顔をした。
イーサンとエドワードは受付で身分を明かし殺人課の刑事の元へ案内してもらった。
ミグラス市警のトム・ターナーは困惑したような表情で言った。
イーサンは柔らかい物腰でしゃべった。この様子を見て、彼が九百年間吸血鬼として生きてきたなどと誰も信じないだろう。
冗談めかしていった。
イーサンは首筋を指でかっきるジェスチャーをした。
少し笑った。
「弱っているんですよ。通常の吸血鬼なら、素手で掴んで首筋に牙を突き立て、脈動を味わえばよろしい。ですが、我々が追っている吸血鬼は、力を分け与え弱っているのです。だから刃物を使い、頸動脈を裂かなければ、血を飲むことができない。ヤーズで二件、ケラムで一件、刃物で首を裂かれた死体が出ています」
イーサンは舌で唇を舐めた。イーサンの前歯は犬歯も含め上下十二本抜かれている。少し開いた口は、ぽっかりと空いていた。
トム・ターナーは少し引きつった顔をした。
イーサンとエドワードは、資料室でトム・ターナーが運んできた殺人事件の資料を読んでいた。
いくつか首筋を刺された事件や切り裂かれた事件があったが、酔っ払っての刃傷沙汰や、のど笛や首の後ろなどの傷ばかりで、頸動脈を切り裂かれたような事件はなかった。
エドワードはイーサンに資料を渡した。
イーサンはしばらく資料を読み込んだ。
深夜、七十八歳の男性ホームレスが、背中を複数箇所刺され死亡した、五ヶ月ほど前の事件である。
「現場が荒れてんだ。普通七十八歳のホームレスと争って現場が荒れないだろ。いくら路上生活で鍛えられているとはいえ、相手は七十八だ。刃物持っている相手に抵抗できるか? チャック・ケード、このホームレスの名前だが、彼は刺されながらも抵抗している。犯人ともみ合いになっているんだ。ミグラス市警はホームレス同士の争いと見立てたようだが、弱った吸血鬼と考えればあるんじゃないか」
ジャック・ディーゼルが吸血鬼になったのは三月である。
窓を見た。日が沈みかけていた。
夜、薄手のコートにハンチング帽を目深にかぶった男が歩いていた。
体の力は戻ってきていたが、吸血鬼になったときのような状態とは、ほど遠く、人の域を出てはいなかった。少し力が強いだけの人間と言ったところか。
口の中がむずがゆかった。己の牙で、若い女の首筋に、血の脈動を感じながら、すべてを味わいたい。男は思いを募らせていた。
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