第三十四話、銀紙

文字数 3,235文字

 爆弾に壊された部屋の床に鉄製の扉があった。エドワードはバールを差し込みこじ開けた。


「真っ暗だな」

 エドワードは地下室の入り口をのぞき込みながら言った。


「階段が少し続いているようだね」


 イーサンは懐中電灯を暗闇の奥へ当てた。白い階段が下へ続いていた。


「いるな」


 エドワードは、額の汗をぬぐった。地下室の奥から、引きずり込まれるような重圧を感じた。


「ああ、いるね」 


「で、どうするんだ。この様子じゃあ、確実に待ち伏せしてるぜ」


「とりあえず、できるところまで、太陽の光を流し込もう。おっと、その前に、毒ガス対策をしておかないと」


 イーサンは立ち上がって、管が付いたフルフェイスのマスクを手に取った。


「これがあれか、防煙マスクって奴か」


「ええ、そうよ。消防署にお願いして借りてきたのよ」


 火事などの際に使われる物だ。

「こんなんで、大丈夫なのか」


 エドワードはマスクを付けた。頭部は金属製で顔の部分はガラス製でできており、口元に当たる部分に空気を通すゴム製の管が長く伸びていた。


「けっこう息苦しいな。大丈夫か、これ」


 エドワードは、マスクの中で、苦しそうに息を大きく吸ったり吐いたりした。


「それはね。パメラが君の空気を通す管を踏んでいるからだよ」


 イーサンがあごで指した方向を見ると、パメラが笑顔を浮かべ、エドワードのマスクから伸びている空気を通すゴム製の管を両足で踏んでいた。


「おい! やめろよ!」


 エドワードはマスクを外しながらいった。


「あらー、ごめんなさいね。気がつかなかったわ」


 笑いながら足をどけた。


「それやっちゃいけない冗談だろう」


 エドワードは管を引っ張った。



 地下の扉が開けられ、太陽の光が入り込んできた。ポーラは物陰に隠れながら、だるさとしびれるような不快感を感じていた。

 毒ガスは使っていない。使い魔を使って様子を見たところ、マスクらしい物をかぶっているのが見えたので、すでに対応していると考えた。

 しばらくすると、マスクをかぶった男が階段に何かを設置し始めた。

 使い魔越しに様子を見てみると、マスクをかぶった男が鏡を階段に設置しているところが見えた。太陽の光を鏡に反射させ、光を地下室の中に取り込もうとしているのだろう。

 少しでも、あれに触れれば焼けるのだ。

 ポーラは、夜目が利くネコ型の使い魔を肩に乗せ、クロスボウを構えた。



 マスクを付けたエドワードは、長めのトングで鏡を挟み、角度を付けながら階段に鏡を設置していく。少しずつ光が地下室に向かって入り込んでいく。

 五枚目の鏡を設置しているとき、音がした。何かが飛んできて設置したばかりの鏡を割った。エドワードは手をひっこめ、慌てて階段を上った。矢が鏡を割りコンクリート製の階段に突き刺さっていた。


「クロスボウか。すごい威力だな」


 イーサンは階段をのぞき込んだ。


「俺の手の心配をしてくれよ。ああなっていたかもしれないんだぞ」


 エドワードは手をなでた。


「クロスボウで狙われているとなると、鏡を設置していくのは難しそうだね」


「階段がだめなら、地下室の天井を壊して、光を入れるか」


「地下室の天井は分厚そうだ。難しいんじゃないか」


 地下室の天井は、石でできており厚さが三十センチ程度あった。


「一か八か、突入するか」


 エドワードは銃を構える仕草をした。


「普通に突入しても、クロスボウの餌食になるだけだ」


 吸血鬼の運動能力は日のあるうちと言っても高い。

「しかしよ。日没まで、あまり時間は無いぜ。日が沈めば俺たちの負けだ」


 夕方の三時、山の中腹であるため、日が沈むのも早い。


「銀紙を使うか」


「なんだそりゃ」


「光を反射する塗料が塗ってある薄い紙切れだ。それを大量に地下室に蒔いて、風で送り込む」


「その地下室に舞った銀紙で、光を反射させようってわけだな。でもよう風なんかどうやっておこすんだ。うちわか」


 エドワードは手を上下に動かす仕草をした。


「毒ガス対策に、空気を送り込む扇風機を持ってきている。鉱山などで使われる物だ。それを使って地下室内に風を送り込み、銀紙をばらまけば、銀紙が風で舞って、地下室内に光を送り込むことができるかもしれない」


 少し不安げな表情を見せた。


「なんにしろやってみようぜ。時間も無いことだしよ」


 エドワードは言った。



 日が陰り始めた。それと共に不快感が徐々に薄れ、ポーラは力が増してくるのを感じた。

 地下室の上では人間達が作業をしている。

 後二時間もすれば日は沈む。いや、山があるため日が隠れるのはもっと早い。太陽さえ隠れれば、外に出て戦うこともできる。

 あと少し、あと少し。ポーラはクロスボウを祈るように握った。



 大型の扇風機を発電機につなげ、地下室の入り口付近に設置する。地下室に風が流れ込むように扇風機の角度を調節する。発電機を稼働し、扇風機を動かす。風が地下室目がけ流れ込む。

「よし! 銀紙を流してくれ!」


 イーサンは扇風機の音に負けないよう大声を出した。


「あいよ!」


 エドワードは銀紙がたっぷり入った袋に手を突っ込み、細い短冊状になった銀紙を地下室の入り口に押し込むように流した。風に乗り銀紙が光を反射しながら地下室に入り込む。

 地下室に入らなかった銀紙が、空を舞い、瓦礫の中、空が見える建物で、光をまき散らしていた。



 毒ガス対策だろうか。地下室に入り込む風の音を聞いたとき、ポーラはそう思った。地下室の入り口から風と共に、何かが流れ込んできた。

 小さな光。

 無数の小さな光が風と共に入り込んできた。

「いっ!」


 ポーラは苦痛の声を出した。入り込んできた小さな光が、ポーラの目に入った。肩に乗った使い魔の視野に切り替える。

 この小さな光は太陽の光だ。

 暗闇のはずの地下室に、小さな光が無数に舞っていた。それが、熱した針のようにポーラを傷つけた。


「痛い!」


 背中を丸め、物陰に隠れる。それでも、光が、気まぐれにポーラを刺した。なにか、なにかと、手を振り回し、光から痛みから逃れるため、さえぎる物を探した。人の気配がした。風の音の中、人の足音がした。クロスボウを手に取る。使い魔の視野で、地下室の入り口付近を見る。銃を持ったマスクをかぶった男が階段を駆け下りてきていた。

 起き上がり、クロスボウを男に向かって向ける。光の針が顔に突き刺さる。狙いを付ける。

 銃声がした。

 散弾銃から放たれた銃弾が、肩に乗せていた使い魔を吹き飛ばした。ポーラの視野が消えた。

 気配を頼りに、クロスボウを向ける。クロスボウの引き金を引く。それと同時に銃声がなる。弾はポーラの頭を半分ほど吹き飛ばした。クロスボウの矢はわずかにそれた。 

 体がうまく動かせなくなる。意識は、はっきりあった。ポーラは動けと体に命じた。クロスボウに矢を装填し、弦を引く。再び銃声。ポーラの残った頭部が飛び散る。音が消える。匂いもだ。意識はある。脳が吹き飛んでいるのにも関わらず、太陽の光の痛みだけは、はっきりと感じた。

 クロスボウを、人の気配のする方向へ向ける。引き金を引く。矢は放たれなかった。発射の感覚が無い。おそらくショットガンの弾が弦に当たったのだろう。 

 ついていない。そう思いながら、ポーラはクロスボウを振り上げ、鈍器として叩きつけようと前に出た。胸に穴が空く。それでも前に出る。銃弾の痛みなんて太陽の光に比べればなんて言うことはない。進む。人の気配がする。怯えたような感情も伝わってくる。それ目がけ、ポーラはクロスボウを振り下ろそうとした。

 意識がねじれた。

 光が、頭を失っているにもかかわらず、光が見えた。

 おそらく鏡で反射させた光だろう。もう一人の人間がやったのだろう。その熱さと痛みに、ポーラの意識はねじれた。

 銃弾が撃ち込まれる。肉体が倒れる。銃弾がさらに撃ち込まれていく。起き上がれない。容赦なく太陽の光が降り注ぐ。

 皮膚が焼け、白く剥がれていく。

 その痛み苦しみに、叫ぶ口を持たぬポーラは、白く灰になっていく。


 了



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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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