第二十話、暗闇

文字数 3,442文字

 二日後、イーサンとエドワードは、準備を整え、ギャング達を三十人程度連れ山へ向かった。そのうち何人かには銃を持たせた。銃を持っていないギャングには荷物を背負わせた。

 三時間ほどかけ、幻術がかけてある洞窟へたどり着いた。午前十時頃である。

 イーサンは地面に這いつくばって、幻術がかけられた洞窟の入り口付近を見ている。


「なにやってんだ」


 エドワードはその様子をのぞき込みながら言った。


「幻術の元になっている。術式を探しているんだ。これかな」


 イーサンは岩場の隙間に手を入れた。薄い石版を取り出した。その石版には、奇妙な文様がかかれていた。


「おっ、消えた」


 イーサンが石版を取り出したと同時に岩場を映し出していた幻術が消え、洞窟の入り口があらわれた。縦長で、上部の辺りが人工的に削られていた。


「これぐらいの広さがあれば問題ないだろう」


 イーサンは懐中電灯を当てながら、入り口の奥を慎重にのぞき込んだ。


「罠とかないだろうな」


「あってもおかしくはないね。警戒しながら進むしかない」


「だよな」


 エドワードは肩に提げていた鞄から、ショットガンを取りだした。


「杭うち銃はやめたのかね」


「いや、そっちも持ってきているぞ」
 肩掛け鞄を指さした。
「重くはないのかね」
「重いっちゃあ、重いが、死んだじいさんの口癖でな、迷ったら両方手に入れとけって、よく言ってたんだ」


「のちのち、もめそうな発言だね」


 肩をすくめた。



 イーサンはギャングに指示を出しながら、洞窟の中へ入った。

「けっこうきれいだな」


 エドワードは洞窟内を見渡しながらいった。


「コウモリとか出ると思っていたんですが、いないですね」


 オーガスは銃を片手に辺りを警戒していた。


「コウモリや虫が増えないように、こまめに掃除をしたり、退治をしたりしてたんじゃないのかな。家だからね」


「吸血鬼って、意外と家庭的なんですね」


「独身生活が長いんだろうな」

 慎重に進んだ。








 耳障りな警告音に、レイヴァン・アスカルは目を覚ました。洞窟内に仕掛けておいた警報装置が反応したのだ。


「来たか」


 ベットから起き上がった。元々深くは眠っていなかった。

 洞窟の中とはいえ、日の光のだるさはあった。

 気配を探る。

 洞窟内に十人程度、列になっている。外にも二十人程度いる。

 まだ、入り口から少し進んだところだ。

 もっと、進んでからだ。

 レイヴァン・アスカルは背骨を伸ばした。








 二時間ほど罠を警戒しながら進んだ。洞窟内は、人工的に掘られた跡があった。常に大人が立って歩ける程度のスペースがあり、存外快適だった。


「罠一つないな」


「警報装置はいくつかあったがね」


「そんなもんあったのか。やばいんじゃないか」


 エドワードは辺りを見渡した。


「問題はないよ。それより、いるようだね」


 イーサンは、コインを手に言った。


「吸血鬼か」


「ああ、まだかなり距離はあるが、間違いない。吸血鬼だ」


「こっちに気づいているんですか」


「おそらくね」


「どうするんだ」


「迎えうつなら広いところがいいね」 


 十分ほど歩くと広場に出た。 


「ここにしよう」


 二階建ての家がすっぽり入るほどの高さがあり、馬をつないだ馬車が六台ほど入るスペースの広場があった。


「それで、どうするんだ」


「食事でもしようか」


 昼時である。イーサンは、背負い袋からワインボトルを出した。








 ゆっくりと近づきながら、レイヴァン・アスカルは気配を探った。人間の動きは止まっている。五、六人の集団が前に、その後を列になって、点々と配置されている。

 何をやっているのだと、レイヴァン・アスカルは首をかしげた。前の集団はわかるが、その後に続く、おそらく通路内で点々と配置されている人間の役割がわからなかった。

 もう少し近づいてみることにした。








「なるほど、酒の匂いで、吸血鬼の嗅覚をごまかそうというわけですね」


 ワインの入ったグラスをくゆらせながら、オーガスは言った。


「何のことだね」


 イーサンは不思議そうな顔をした。


「いや、こいつのことですよ。吸血鬼の住処で酒を飲むなんて、なんか意味があるんでしょ」


 ワイングラスを指さした。


「ないよ。ただ、いつも昼時には、ワインを飲みながら食事を取っているんだ。なんていうか、昼時にアルコールを入れると、愉快な気分になるだろう」


 イーサンは、ハムとレタスが入ったサンドイッチを口に入れ、ワインで流し込んだ。


「マジですか」


 オーガスはエドワードを見た。


「イーサンは、昼飯時にはいつも飲んでる。俺もつられて飲むようになっちゃったよ」


 そう言いながら、エドワードはワインを飲み干した。








「なにをしているのだ」


 先頭で移動していた集団がしばらく立ち止まっているのを感じた。

 近づいていくと、かすかにアルコールの匂いがした。


「酒を飲んでいるのか?」


 のんきなことだと、かすかに笑った。







「そろそろ来るな」


「ああ、そうだな」


 こめかみがひりつくような感覚に、エドワードはショットガンを構えた。


「えっ、来たって、あれですかい。吸血鬼ですかい」


 オーガスは慌ててライフルを構えた。


「私が合図をしたら、カバーを外してくれ」


 イーサンは後ろを振り返り、オーガスの部下に命じた。


「来るぞ」


「ひぃえええ」


 オーガスは岩陰に隠れライフルを構えた。


(気づいたかな)


 人間の気配が変わった。緊張と恐怖、火薬と鉄の匂いがする。通路から広場に入った瞬間、銃で狙い撃つ、つもりだろう。

 レイヴァン・アスカルは両手に鉄の板を持っていた。

 初撃の銃弾をそれで弾き、接近して殴り殺す。雑な戦い方だが、吸血鬼であるレイヴァン・アスカルにとって多少の被弾は問題ない。

 速度を上げる。

 通路を走る。

 背をかがめ鉄板の後ろに隠れる。


「カバーを外せ」


 その声に、レイヴァン・アスカルの脳裏に、いやな感覚がしたが、立ち止まらなかった。

 通路を抜け広場に入る。

 光りがあった。

 太陽の光。



 鏡を使った。

 オーガスの部下に命じて、鏡を大量に運ばせた。それを洞窟の通路に配置し、鏡の反射を使い洞窟の外の光をここまで運ばせた。イーサンがカバーを外せと命じたのは、広場入り口に設置した鏡にかぶせていた布のことである。太陽の光が届く。

 光!

「きぃいいい!」


 レイヴァン・アスカルは鉄板を落とした。体が縮こまる。通路に戻ろうとする。光が目に入る。鏡が通路の近くにもあった。反射している。洞窟の広場のあちこちに鏡が設置されていた。弱々しい、それでも紛れもない太陽の光が、洞窟の広場に飛び交っている。目を押さえ、走ろうとする。


「撃て」


 引き金が引かれる。

 ショットガンにライフル、数丁の銃が火を噴く。

 レイヴァン・アスカルの、腹に手足に頭に穴が空く。

 銃声が反響する。武器を持たぬイーサンは、一人耳を両手で押さえていた。

 銃を下ろす。

 レイヴァン・アスカルの体は地面に横たわり、煙を出していた。

 頭を打ち抜かれているにもかかわらず、それでも、もぞもぞと動いていた。光から逃れるために動いていた。


「もう少し奥まで照らしたまえ」


 鏡の角度を変えさせた。レイヴァン・アスカルが逃げようとしている先へ、光が通路の奥まで届く。

 焼ける。

 レイヴァン・アスカルの皮膚から肉へ、ゆっくりと、白く白く、灰になっていく。ゆっくりとうごめきながら灰になっていく。








 数日後、ミグラス市警に三人の男が出頭した。マローファミリーのもので、サイモン・ローリーを誤って殺害したことを自供した。

 オーガスは、ロイ・オズボーンの敵を討ったことにより、出世し、ロイ・オズボーンがおこなっていた仕事の一部を任されるようになった。デラウェン市警のラリー・ジョイスは、すぐにとっ捕まえてやるさと、息巻いていた。


 イーサンは、一人、吸血鬼対策課第九分室の屋上にいた。見渡しも悪く、隣のビルの方が大きいため陰に隠れている。


(押せるのか)


 エドワードの手元には、イーサンの首輪の起爆装置があった。常に身につけるよう言われたので、自宅の鍵のキーホルダー代わりにしている。

 イーサン・クロムウェルは九百年吸血鬼だった男だ。エドワードと組んで吸血鬼を狩っている。長く生きている分、様々な知識と技術を持っている。昼間には、よく一緒に安物のワインを飲みながら食事を取っている。

 間違っても良いから、疑いを感じたら、迷わず押せとエドワードは言われている。

 押せるのか。再び己に問いかけた。


「ま、そん時はそん時だわな」


 エドワードは起爆装置をポケットにねじ込んだ。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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