第二十一話、咳き込む女

文字数 2,960文字


 咳き込む声がした。

 女の声だ。

 五人の武装した男が扉の前にいた。咳き込む女の声は扉の中から聞こえた。緊張が走る。

 三階建ての建物、最上階の角部屋、残された部屋はここだけだ。すべての部屋の窓は開け放たれており、光が差し込んでいる。扉の前に鏡を設置し、光が扉に当たるように入念に調整している。 

 部隊長のジム・ハモンドは指を五本のばした。部下が破城槌を構えている。指を一本ずつ折りたたんでいく。二本折りたたんだところで、少し下がる。部下に持たせた破城槌がドアにぶつかる。破城槌の打撃に耐えきれず鍵がかかっていたドアノブが吹き飛ぶ。


「突入!」


 ドアを蹴破り、ジム・ハモンドを先頭に部屋の中になだれ込む。鏡を使って反射させた光も同時に入り込む。ベットが一つに、壁に洋服ダンスがあった。南西の窓は木の板で打ち付けられていた。

 部屋の隅の暗闇で、体を縮込ませた見た目が十代の少女がいた。銃口を向ける。


「ポーラ・リドゲードか」


 ジム・ハモンドは問いかけた。

 少女は怯えたような顔でジム・ハモンドを見た。少女の口元は、赤くただれ息苦しそうだった。

 ジム・ハモンドは眉をひそめた。付近を警戒させる。洋服ダンスをちらりと見た。この子ではないとしたら、どこかに隠れている可能性もあると考えた。

 念のため、ジム・ハモンドは胸ポケットから手鏡を取り出した。それを室内の入り口に入り込んでいる光に当てた。手鏡の角度を調節する。光が、部屋の隅にいる少女に向かっていく。

 手鏡の丸い光が、床を這い、少女の体に当たる。


「ひぃいいいい」

 少女は叫び背を向けた。光が当たった部分から白い煙が上がっている。


「撃て! 吸血鬼だ!」


 引き金を引いた。

 部屋の片隅の少女目がけ、五つの銃口が火を吹く。のりのように粘度の高い血液が飛び散る。

 弾倉を交換し、ひたすら撃ち続ける。


「やめろ」


 ジム・ハモンドが手を上げ止めた。

 肉が焦げた匂いと硝煙が部屋の中に満ちる。

 部屋の片隅には、服の切れ端と、ちぎれた手足と肉があった。かすかに動いている。


「窓を壊し光を入れろ」


 窓に貼られた板を剥がすよう部下に命じた。窓に張り付けられた板を鉄梃で剥がそうとした。一人がうずくまった。


「どうした」


 部下の一人が口から泡を吐きながら倒れた。

 他の部下も次々と倒れた。ジム・ハモンドも喉が焼けるような痛みを感じた。


「毒、か」


 膝をつく。全身がしびれめまいがする。

 ジム・ハモンドは、無線のスイッチを入れ、外にいる仲間に、それを知らせた。

 倒れ込み、口から泡を吹きながら、少女の口がただれていたことを思い出した。

 ジム・ハモンドは、意識を失った。


 部屋の片隅の暗闇、肉片がゆっくりと集まり始めた。


「戦術班四名と、第七分室の職員三名が死亡した」


 吸血鬼対策課第九分室課長ブライアン・フロストが言った。第九分室の会議室、朝のことである。


「まじですか」


 エドワード・ノールズは驚いた顔をした。


「ああ、本当だ」


「なにがあったの」


 分析係のシャロン・ザヤットが言った。 


「戦術班が、吸血鬼の住処を襲撃、逆襲に遭った。毒ガスが使われたようだ。戦術班五名のうち、四名が殉職、一名は重傷、入院中だそうだ。その後、第七分室の入り口付近の、ゴミ箱に、時限式の噴霧装置が設置されており、昼前に毒ガスが吹き出し、部屋の中にいた三名が死亡、分室周辺で多数の重軽傷者が出た。おそらく、その吸血鬼の仕業だ」


 ブライアン・フロストは顔をしかめた。人ごとではない。失敗すれば、ここ、第九分室の人間もこうなる。


「追っていた吸血鬼はどんな奴なんだ」


 イーサン・クロムウェルがいった。


「名前は、ポーラ・リドゲード、見た目は十代後半から二十代前半の女性、年齢は不明、ケネステック通りのマンションに、五十年以上住んでいるにもかかわらず、全く年をとっていない女がいることに気がついた近所の老婦人が通報して発覚した。その老婦人の話をもとに描かれた似顔絵がある」


 ブライアン・フロストはイーサン・クロムウェルに似顔絵が描かれた紙を渡した。少し茶色が入った黒色の長髪の女が描かれていた。


「見覚えは、ないな」


 イーサン・クロムウェルは九百年吸血鬼として生きてきた、元吸血鬼である。


「まだ、若い吸血鬼ってことなのか」


「さぁな、私もすべての吸血鬼を知っているわけではないのでね」


 肩をすくめた。

「通報を受け第四分室の捜査班が調査を行った。およそ七十年ほど前に立てられた建物で、現在は、貿易商のアーチボルド・リドゲードが所有していることになっているが、そのような人間は居ない。ポーラ・リドゲードは、その娘という設定になっている。マンションの一階と二階には普通に住人が住んでいたが、三階はポーラ・リドゲードが一人で住んでいた。住人には軽い暗示がかかっており、ポーラ・リドゲードのことをはっきりと覚えている住人はいなかった。近所の老婦人までは手が回らなかったようだがね。戦術班が一、二階の住人の避難を行い、三階に住むポーラ・リドゲードを退治しにいった」


「捜査していたのは第七分室の人間ではないのかね」


「ああ、捜査してたのは第四分室の人間だが、毒ガスが設置されたのは第七分室だ。なぜ捜査していない第七分室が狙われたのか、なぜ、第七分室の場所をポーラ・リドゲードが知っていたのか。わかっていない」

「自分たちは捜査していなかったから、第七分室の人たちは逃げていなかったのね」


 捜査中の吸血鬼に逃げられた場合、その分室の職員は、分室を捨てる。捜査員は、分室に戻らぬまま、夜間は身を隠し、吸血鬼を追い続ける。


「その通りだ。第四分室はすでに破棄されている。第四分室の捜査員は全員無事だ」


「捜査に関係がない分室が攻撃されたってことは、俺たちも危ないってわけか」


 分室は市内にいくつかある。吸血鬼対策のため、どこに分室があるのか、いくつあるのか、それぞれの分室の職員は、把握していない。


「そうなるね」


「めんどくせぇなぁ」

 エドワードは頭をかいた。


「めんどくさいが、しばらくは、我々も、この分室を捨てる。その上で、ポーラ・リドゲードの捜査をしてもらう」


 複写機で印刷された資料をそれぞれ渡した。


「日のあるうちに、捜査中の資料を持って、所定の拠点に移動してくれ、健闘を祈る」


 捜査員達は、それぞれの机に戻り資料を鞄に詰め始めた。



 エドワードが、鞄に捜査中の資料を鞄に詰め込んでいると、ブライアン・フロストが小声で話しかけてきた。


「イーサンのことなのだが」


「なんです」


 エドワードは手を止め辺りを見渡した。イーサンは席を外している。


「奴の動向に気をつけてくれ」


「えっ」


「奴が吸血鬼に情報を売った可能性がある」


「そんな、あいつは、七分室の場所を知っていたんですか」


「いや、知らないはずだ。だが、捜査に関係ある第四分室ではなく、第七分室が狙われた。そこに何かあるんじゃないかと、上層部は考えている。あくまでも、可能性の話だ」


「そう、ですか」


「迷うなよ」


 ブライアン・フロストはエドワードの肩を軽く叩いた。

 エドワードはズボンの右ポケットに入っている円筒状の金属製のキーホルダーを触った。イーサン・クロムウェルが首にはめている首輪の爆破スイッチである。


「無茶言うぜ」


 苦笑いした。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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