第二十三話、マンション

文字数 2,510文字

「普通のマンションだな」


 エドワード・ノールズとイーサン・クロムウェルは、ケネステック通りのマンションに来ていた。逃げた吸血鬼、ポーラ・リドゲードが住んでいたマンションである。



「そうだな」


 石造りのマンションで、周囲に古い建物が多く、なじんでいた。


「良く今までばれなかったよな。マンションの管理とかどうしてたんだ」


「第四室の捜査資料によると、マンションの管理自体は管理会社に丸投げしていたみたいだ。契約更新の際に、アーチボルド・リドゲードと名乗る高齢の老人が現れていたそうだ」


「そいつは誰なんだ」


「マンションの持ち主らしいが、調べてもよくわからなかったそうだ。カネで雇われた代理人かもしれないし、魔術で老人に化けたポーラ・リドゲード本人の可能性もある」


「そんなことできるのか」


「吸血鬼なら、そう難しくはない。管理会社の人間も、老人の顔を良く覚えていなかったそうだ。幻覚と暗示を組み合わせれば容易だ」


「へぇ、あんたもそういうことできるのか?」


「今は無理だよ。人間の身では扱えない魔術だ。とてもじゃないが魔力が足りない」


 二人は、マンションの階段を上った。一、二階に住んでいた人間は全員退避しており、ここにはいない。


「三階の階段に、検知系の魔術と精神に作用する魔術が仕掛けられているな」


 三階に至る階段をのぼりながらいった。薄暗く重々しい。


「それでか、さっきから、やけに体が重く感じたのは、それが原因か」


「住民を三階に来させないためだろうね」


 ポーラ・リドゲードは三階で一人住んでいた。

「そんな手間をかけずに、マンションを買えるぐらいの金があるなら郊外の一軒家にでも住めば良かったのにな」


「人恋しかったのかもしれないね」


「なんだそれ」


 エドワードは頭をかしげた。


「いろいろいるんだよ。人も吸血鬼も」


 三階の階段を上り、奥の部屋へ進む。真ん中に廊下があり、その両脇に部屋があった。


「廊下を真ん中に、両側に部屋を配置して、光が入らないような構造にしているんだな。吸血鬼が住んでる場所ってのは通気性が悪いぜ」


「その代わりに、太めの通気管がマンション内に張り巡らされている。女性が一人、通れそうなぐらいの太さのものが、地下室まで続いている」


 マンション内には不自然なほど通気管が張り巡らされていた。


「いざって時は、そこから脱出しようと考えていたんだな」


「当然ながら、戦術班は地下室にある通気口を塞ぎ、地下室の下水道への穴も塞ぎ、そのうえ、鏡を使って光を地下室内に取り入れていた」


「ちゃんとやることやってたんだな」


「その通りだ」


 ポーラ・リドゲードが居た部屋の前に来た。ドアノブのないドアを開け室内に入る。かすかな血の臭いと硝煙の匂いがした。イーサン・クロムウェルは唇を舐めた。


「ずいぶん、派手にやったな」


 部屋の隅、壁や床に無数の銃弾の跡があり、へしゃげた銃弾がめり込んでいた。耐吸血鬼用に貫通力よりも、体内でつぶれ、より多く体を傷つけることができるような弾頭を使っている。


「起きている吸血鬼には、太陽の光を浴びせるか、銃弾を浴びせろ。正しい対処方法だよ」


「毒ガスか。これからは、寝ている吸血鬼を見つけたら息止めて銃を撃たなきゃだめだな」


 エドワードは頬を膨らました。


「何らかの対策は必要だろうね。鉱山用のガスマスクか、消防で使われているチューブ付きの防煙マスク使うとか」


 火災現場などで使われているマスクである。顔を覆う密閉されたマスクに長いチューブを二本通し、外の空気が吸えるようにしている。


「へぇ、そんなのがあるのか。しかし、毒ガスっていってもいろいろあるだろ。どういうたぐいの毒ガスだったんだ」


「少しは資料を読んだらどうだね。なんだか私は君に事件の説明をするために雇われているような気がするよ」


「最後の方は読んだぜ」


「できれば全部読んで欲しいところだね。毒ガスの種類はまだわかっていないが、肺に作用するガスだ。短時間で肺にダメージを与え、呼吸ができなくなる」


「そりゃあ、怖えなぁ」


「ああ、かなりやっかいだよ。基本吸血鬼は日の当たらない密閉された場所にいるからね。そんな物が仕掛けられているとなると、昼間こっそり忍び込んで、日光で焼き殺すなんてまねができなくなる」


「毒ガス対策は何とかするとして、焼き殺すためには、どこに行ったか見つけないとな」


 部屋の窓を見ると、外の様子がよく見えた。窓を覆っていた板は剥がされ、窓は窓枠ごと無かった。


「風通しに関してはずいぶん改善されたようだね。外で待機していた別部隊によれば、毒ガスの報告があった後、十分ほどしてから、室内で動きがあったそうだ。昼間、これだけ銃弾を浴びせられ、十分で動けるようになるとすると、再生力の高い血筋かもしれないな」


「洋服ダンスを持ち上げて、煙幕を撒きながら洋服ダンスと共に窓から外へダイブ。洋服ダンスと煙幕で日光を遮りながら、道路の側溝のふたを上げ側溝の溝に潜り込んで、這いずり回り地下へ逃げた。なんかすげぇな」


 エドワードは感心したようにうなずいた。


「その部分だけ読んだんだね」


「ああ、どうやって逃げたのか気になってな」


「割と綱渡りだったのではないかな。洋服ダンスが側溝の近くに落ちなければアウトだったろうし、洋服ダンスが壊れる可能性もあった。煙幕と洋服ダンスで日光を防いでいたとはいえ、地面からの反射光は入ってくる。側溝の中も快適とは言いがたい、所々光が入ってくる。体を焼かれながら溝の中を進んだんだろう」


 側溝の中には、焼け焦げた皮膚がへばりついていた。


「落ちてきた洋服ダンスごと銃で攻撃すれば何とかなったかもしれねぇな」


 外に待機していた部隊があった。銃弾と日光、同時に浴びればさすがに動けなくなる。


「かもしれないが、外にいた部隊は毒ガスが使われたと報告を受けている。煙幕を毒ガスと判断して退避するのは無理からぬことだ」


 外にいた部隊の指揮官は、落ちてきた洋服ダンスと煙幕を見て、即座に退避を命じた。洋服ダンスの中に、毒ガスが詰め込まれている。そう思ったそうだ。

「それも計算していたってわけか」


「さぁ、そこまでは、わからないね」


 イーサンは肩をすくめた。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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