第三十八話、指紋とグラス

文字数 1,954文字

「イーサンのことは後で考えるとしよう。行方不明の客についてなのだが、指紋は検出されていないのかね」


 俺は後回しか、エドワードは微妙な表情を見せた。


「出たぜ。最初は強盗の仲間かも知れないって疑っていたからよ。座っていた席のテーブルの指紋と、割れたグラスの指紋から検出された」


 割れたグラスは、行方不明の客が強盗に投げた割れたグラスである。カーシーは大きい茶封筒の中から指紋がうつった写真をだした。


「良くとれている」


「だが、指紋の照合までは、していないぜ。さすがに、強盗と接点がなさそうだし、まさか吸血だとも思わなかったからな」


 指紋の照合は、前科者の記録から、手作業で行われることになる。人手と時間がかかった。


「これはうちで預かってもかまわないか」


「ああ、かまわんよ」


「証拠品の割れたグラスだが、それも預からせてもらって良いか。何か出るかも知れない」


「ああ、うちとしてはもう終わっている事件だからな。持って行ってくれてもかまわない」


 それから、三十分ほど、話をして、指紋と証拠品のグラスを持ってイーサンとエドワードはテレーズ市警を出た。





「この後どうするんだ」


「いったん、分室に帰ろう。君のことをどうするのか考えないといけないからね」


「なんかすまんな」


「謝る必要性はないよ。強盗犯を射殺した後に、バッジを見せない方が不自然だからね。それに相手が吸血鬼だとは限らない」


「前みたいに、全員隠れながら捜査しなきゃならないのか」


「どうだろう。課長が判断することだが、分室までは捨てなくて良いんじゃないか。名前を知られているのは君だけだし、分室の場所なんてバッジには、かいていない。まぁ、君に関しては、しばらく家に帰らない方がいいだろうね」


「分室が爆破されるなんていやだぜ」


「吸血鬼を捜査する限り、リスクがゼロというわけにはいかないからね。線引きが難しい話だ」


 イーサンとエドワードは第九分室へ向かった。



「なるほど、それはまぁ、危ないかも知れないね」


 イーサンとエドワードは第九分室に戻り、課長のブライアン・フロストに報告した。


「どうする」


「うーん、どうしようか。吸血鬼と確定したわけじゃないからね。念のため、エドワード君だけ、しばらく、ホテル暮らしをしながら捜査してもらうってことで良いんじゃないか」


「わかりました」


「指紋に関しては、こっちで預かっておくよ」


 ブライアン・フロストはイーサンから指紋が写っている写真を受け取った。


「吸血鬼の指紋って、集めてるんですか」


「ああ、本格的に集め出したのは、ここ、二、三十年の話だがな、昔の吸血鬼の私物などからも採取しているらしくて、古い奴だと千二百年前の指紋とかも残っているらしいぞ。あと、イーサンの昔の指紋もちゃんと残っている」


「悪いことはできないね」


 イーサンは肩眉を上げた。


「割れたグラスは、どうするんだ。指紋は、もう採ってあるんだろ」


「魔力鑑定をしたい。シャロンお願いできるかな」


「ええ、いいわよ」


 シャロン・ザヤットはビニール袋に入った割れたグラスを慎重に受け取った。


「吸血鬼なのか、ただのよっぱらいなのか。そろそろはっきりさせたいね」


 イーサンはいった。






「やっぱり、慌てて逃げるのは、まずかったかな」


 デニー・ウィルソンはいささか後悔していた。


(とはいえ、吸血鬼捜査官のバッジを見せられたらなぁ)


 バッジを見た瞬間、早く逃げないといけない。そのことしか考えられなくなっていた。

 認識阻害の魔術を、バーにいた人間に、めいっぱいかけ、飛ぶように店から出た。外に出ると町のあちこちに警察官が居た。強盗を追っていた警察官なのだろう。それらに気づかれぬよう認識阻害の魔術を強めにかけながら歩いた。


(怪しまれているかも知れないよな)


 客の一人が急に消えたのだ。顔がわからなくても、怪しまれる可能性はある。いや、顔がわからないから怪しまれるのかも知れない。そういう風にも考えられた。


(かといってどうしようもなかったしな)


 強盗事件に関して、吸血鬼である自分が、調書を受けるわけにもいかない。偽の身分証ぐらい用意しているが、朝までかかる可能性もあるし、もう一度昼間に来てくださいとかいわれたら、ちょっと困る。どこかの段階で逃げる必要性があった。ただ、せめて店の外に出てから行方をくらませれば良かったと後悔していた。狭い店内で、急に人が一人居なくなるのは、やはり怪しい。


(やっちまうのもな)


 捜査官も含め、店にいた人間全員を殺すという選択肢もあったが、デニー・ウィルソンの性格的にそれはできなかった。やれたとしても、バーにいた人間をすべて殺していたら、それはそれで大いに怪しまれる結果になったであろう。


「まぁ、悩んでもな」


 今更取り返しはつかない。

 デニー・ウィルソンは背を伸ばした。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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