第四話、吸血鬼対策課第九分室

文字数 1,537文字

 ラソテッド北部、テレーズ市、入り組んだ古い路地に、吸血鬼対策課第九分室があった。看板も表札もない石造りの二階建ての古いアパートに見えた。


「先週死んだ吸血鬼の血筋がわかったわ」


 分析係のシャロン・ザヤットが言った。


「ジャック・ディーゼルか」


 港町ミルトでイーサンとエドワードが狩った吸血鬼である。採取した血液を分析していた。


「モリンズの血統ね」


 吸血鬼には様々な血統がある。その血統図作りにイーサンは協力した。

「モリンズか。何度かあったが気さくな男だよ」


「そう、じゃあ、今度紹介して」


「私より年上だぞ」


 モリンズの年齢は千を軽く超えている。ミレニアム級と言われる千歳以上の吸血鬼は、わかっているだけで十二人いる。

「守備範囲ね」


「仕事の話をしようか」


 室長のブライアン・フロストが苦笑いした。


「ジャック・ディーゼルの灰の状態からみて、吸血鬼になったのは一年以内、港で働いていたのが、三月だから、たぶん半年ぐらい前ね」


「彼の親戚関係、友人知人を当たったが、今のところ、彼に力を与えたような人物はいない。全員昼間に会えたよ。だが、一年ほど前から港周辺で身元不明者が何人かいる」


「ジャック・ディーゼルの親の仕業か」


 血を分け与えた吸血鬼のことを、親、という。


「ジャック・ディーゼルの親の仕業だとすると、そいつは、ミルトを拠点にしていたのか。それとも、ただのえさ場だったのか」
「死体を隠すような吸血鬼だ。自分の本拠地近くで食事はしないと考えてた方がいいな」

「なんで、そいつは、親か、ジャック・ディーゼルを吸血鬼になんかにしたんだ。まだ十七のガキだろ」


 エドワード・ノールズがいった。


「今のところ、彼が選ばれた特別な要素はないわね」


「理由もなく吸血鬼にしたってわけか」


「行動自体が目的の可能性もある。ただやってみたかった。そういう可能性もある」


「好奇心か。成り立ての吸血鬼が試しに仲間を増やしてみようと考えたのかもしれないな」


「吸血鬼が仲間を増やすのは、それなりのリスクがあるんだろう」


「力を渡すと、渡した側の吸血鬼はかなり弱体化する。生きてきた年数にもよるが、成り立ての吸血鬼が、力を渡すとしばらくは、人間並みかそれ以下の力になる」


「なら、逆にチャンスなんじゃないか。弱っているんだろ」


「その通りだ」


「もう、ミルトにはいないだろうな」


「おそらくな」


 港町ミルトの吸血鬼ジャック・ディーゼルのことは、すでに新聞に載っている。


「だが、探さなければならない。奴が弱っているうちに滅ぼさなければ犠牲者は増える」


「どうやって探すんだ」


「餌を探す。半年以上経っているから、少なくとも六件の死体があるはずだ。弱っている状態での吸血行為は難しい。必ずミスをするものだよ」


 笑った。上下の前歯がないイーサン・クロムウェルの舌が見えた。





「まだ、力が戻らないな」

 暗闇の中、男は、手を何度か開いて握った。手足はしびれ脱力感があった。

 半年ほど前に、人間に血を分け与えた。成功したが、力が恐ろしく弱体化した。当初は歩くことすらつらく、体を引きずるように家に帰った。半年以上経っても、力は戻らず、吸血鬼の強靱な運動能力を取り戻せないでいた。

 己を吸血鬼にしてくれた男のことを思い出していた。血を分け与えてくれた後、脱力した様子は見えなかった。吸血鬼は年を取るごとに強くなっていくと聞く、血を与えた影響があっても、元の力が強ければ、移動が困難になるほど弱体化しないのかもしれない。

 男は吸血鬼になって三年しか経っていなかった。

 唇に指を這わせた。口の中がまるで砂になったような感覚がする。血を分け与えてから喉の渇きが増えた。できる限り我慢しているが、そろそろ我慢できなくなる。

 上下の犬歯が痛いぐらいのびていた。


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登場人物紹介

イーサン・クロムウェル

九百年間、吸血鬼だった男

エドワード・ノールズ

イーサンの相棒

モーリス

イーサンの元相棒

ブライアン・フロスト

吸血鬼対策課第九分室課長

シャロン・ザヤット

分析係

トム・ターナー

ミグラス市警殺人課の刑事

ビル・カークランド

吸血鬼対策課戦術部隊

パメラ・モートン

調達部

ヒーゲル

戦術班

ジェフリー・グレン

レイヴァン・アスカル

ラリー・ジョイス

オーガス・タルンド

ギャングの下っ端

ジム・ハモンド

ポーラ・リドゲード

ポーラ、子供時代

ブレア・モリンズ

ポーラ・リドゲードを警察に通報した夫人

村の老人

デニー・ウィルソン

強盗

強盗

カーシー・キャラバン

テレーズ市強盗殺人課の刑事

店主

コルム市警総務課、課長

デニー・ウィルソン

子供時代

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