第37話 糸口
文字数 3,082文字
「以上が、僕たちが共同戦線を張るまでのおおよそです」
剣祭出場までの過程と思わぬ同盟の経緯 を語り終え、カナタ・クランベルは一息を入れた。
ところはカナタとイツォルが逗留する宿の一室である。聖剣の友人だと無理押しをして、ケイトとオショウもここに部屋を得たのだ。
「そしてこちらは、その飼い骨が定期連絡用にと置いていったものです。少し前までは隔日程度で情報交換できていたんですが、現在、あちらからの音信は途絶えています」
言いながら、市中で贖ったと思しき、真新しい小箱を開いてみせる。厚布に鎮座して、そこには子供の頭蓋骨が収まっていた。
「アーダル方面に出向くよう命じられたとの話でしたから、おそらくラムザスベルを離れているのでしょう。あ、彼からはロードシルト側の他の我法についても聞いているので、のちほどでお伝えしますね。僕の方からは大体こんなところですが、ここまでで何かありますか?」
「はい!」
「どうぞ、ケイトさん」
「ご伴侶様! ご伴侶様と聞き及びましたけれど、やっぱりおふたりはそういう関係でいらっしゃったのですわね!」
「そこ、反応するところじゃないから」
「ケイト」
すかさずイツォルとオショウに窘められ、娘はまたもしゅんと萎れる。
「失礼いたしました。弁 えて、後でにしますわ」
「いえあの、できたら綺麗に忘れてください……」
苦笑するカナタに、「よいか」と今度はオショウが発言の許可を求めた。
「この都市の探りはどうなったものだろうか。進捗があったれば聞いておきたい」
「残念ながら、あまり捗々しくありません」
顔を曇らせ、少年は首を横に振る。
「僕が不甲斐ないのもあるんですけど、ここは人の出入りが多すぎるんです。イっちゃんでも追い切るのが無理なくらいに」
剣祭の試合を縫って諜報活動を開始したふたりは、まず物流を探った。ロードシルトが取引する品目にこれまでと異なるもの、不自然なものが入り混じらぬかどうかを調べ、そこから彼の思惑を突き止めんとしたのだ。
しかしこの調査の何よりの壁となったのが、ラムザスベルの経済活動そのものだ。カナタの語る通り、この都市は人の往来があまりに多い。商取引自体も比例して活発で、その数自体が一種の目くらましとして機能してしまっている。木を隠すには森の中とはよく言ったものだった。人数を用い組織的に動かぬ限り、この線からの辿りは不可能と知れるばかりである。
「だけど進展は皆無じゃない。あちこちで聞いて回って 、ようやく企みに関わりそうなところを捕捉できた」
重要施設には立ち入れぬ彼女だが、流石に宿に軟禁されるわけではない。
買い物や観光を装って耳をそばだて、音だけの追跡によりロードシルトに連なる者の動きを探り当てていた。諜報術式を有する者としての、せめてもの矜持である。
「施療に使う霊薬の保管庫みたいなんですけど、それだけと考えるにはおかしなところがいくつかあったんです。イっちゃんの耳だと、地下に空洞があるのじゃないかって。潜入して確かめたかったんですが、まだできてません。地下の何かに気づけたのが一昨日というのもあるんですけど、そこには必ず、水面月と無道鎧のどちらかが控えてるみたいで」
「水面月はウィンザー・イムヘイム。剣に連動する我法だけど、法の圏内が広いらしくて剣の間合いの外にも効果が及ぶ。あと斬法の名前の通り、斬れないものはないみたい。無道鎧はフィエル・アイゼンクラー。こちらは逆に、身に着けた鎧を強化する法だって聞いてる。干渉拒絶の類と考えて、多分間違いないと思う」
カナタの挙げた法名をイツォルが補足した。
ここまでを聞いて、オショウが得心の息を漏らす。
「それで、天祐か」
イツォルが告げた「お願いしたいこと」とは、これに他ならぬであろう。敵方の備えを強行突破し、全貌を掴むだけの戦力を彼らは欲していたのだ。
いささか危険を伴う話であったが、ケイトは既に力添えの意向を決めている。一度決断したら パケレパケレのように頑固な娘だ。何を言っても容れはしまい。何よりオショウ自身に、カナタらを助 けたい心があった。僧兵はこの少年少女に好感を抱 いている。よって、頼られるはやぶさかではなかった。
「はい」
「ん」
その理解に対し、カナタとイツォルは揃って申し訳なげに首肯した。
ふたりはあまり、オショウを頼るべきでないと考えている。
彼は皇禍に際して喚び立てられた、界渡りの客人 だ。ならば魔皇に関すること以外に用 うべきではない。この世界の問題は、この世界の人間が自助するのが正しいのだ。こんなつまらぬ陰謀に振り回されず、オショウにはのんびり幸福に暮らしていて欲しいと思う。
クランベルの血筋を考えれば失笑ものではあるのだが、これがふたりの偽らざる心境だった。それゆえ、罪悪感が顔に出る。
「負担をおかけしてすみません。僕にもっと力があればよかったんですけど……」
うつむくカナタの言いを聞き、イツォルが眉をひそめる。
テトラクラム伯を務めた数か月が、どうも悪い方角に作用してしまったものらしい。このところの彼は、ますます自責が酷くなっている。
聖剣を担った時もそうだった、と彼女は思い出す。責任感が強いあまり、彼は己の弱さ、至らなさを、昔からひどく強く悔いるのだ。人には背負わずともよいと言いながら、自身は黙って抱え込んでしまう。よくない傾向だと思いはするが、イツォルもまた似た側面を持つ人間だ。どうにも上手く取り成せない。
「カナタ・クランベル」
彼女がもどかしく拳を握ったところで、オショウが静かにその名を呼んだ。
「苗木に多量の水を注ごうと、すぐさま大樹となることはない。できることは、少しずつ増やせばよいのだ」
「……はい」
気遣われたことは理解しつつ、けれど言われ慣れた内容に、カナタはぎこちない笑みを浮かべる。それを察して、オショウは腕を組んだ。どうにか上手くない舌を回す。
「戦うより能のない俺であったが、今では放牧も任されるようになった」
「オショウさま、あれは駄目な例ですわ」
「むう……」
心底無念げな唸りに、たまらずカナタはふき出した。この人にも苦手があるのだなあと、少しだけ気持ちが軽くなる。
話の腰をへし折ったと気づいたケイトが、続けて続けて、と仕草で促す。が、オショウにそんな話術があるはずもない。
「ええと、とにかく! そう、とにかくですわ!」
窮した娘は無意味に声を張り上げた。
「友人が困っているのを見過ごして安眠できるほど、わたくし図太くないのです。こう見えて繊細なのですわ。ですから、カナタ様。お気兼ねなくわたくしたちをお頼りくださいまし。でこぼこだからこそ噛み合って補い合える。そういうことって、あると思いますの」
「――ありがとうございます」
今度は屈託なく応じて、カナタが一礼する。そのさまを見て、イツォルは少しだけ不満になった。何故だかお姉さんの立場を取られたような気がしたのだ。
「繊細?」
オショウをつついてから見上げ、遅ればせの揚げ足を取る。聞きつけたケイトが、「オショウさま?」と圧力をかけた。板挟みにされた僧兵は、イツォルではなくカナタへと向き直り、
「繊細だ」
「あ、はい」
重々しく告げられて、聖剣は苦笑交じりの相槌を打った。
剣祭出場までの過程と思わぬ同盟の
ところはカナタとイツォルが逗留する宿の一室である。聖剣の友人だと無理押しをして、ケイトとオショウもここに部屋を得たのだ。
「そしてこちらは、その飼い骨が定期連絡用にと置いていったものです。少し前までは隔日程度で情報交換できていたんですが、現在、あちらからの音信は途絶えています」
言いながら、市中で贖ったと思しき、真新しい小箱を開いてみせる。厚布に鎮座して、そこには子供の頭蓋骨が収まっていた。
「アーダル方面に出向くよう命じられたとの話でしたから、おそらくラムザスベルを離れているのでしょう。あ、彼からはロードシルト側の他の我法についても聞いているので、のちほどでお伝えしますね。僕の方からは大体こんなところですが、ここまでで何かありますか?」
「はい!」
「どうぞ、ケイトさん」
「ご伴侶様! ご伴侶様と聞き及びましたけれど、やっぱりおふたりはそういう関係でいらっしゃったのですわね!」
「そこ、反応するところじゃないから」
「ケイト」
すかさずイツォルとオショウに窘められ、娘はまたもしゅんと萎れる。
「失礼いたしました。
「いえあの、できたら綺麗に忘れてください……」
苦笑するカナタに、「よいか」と今度はオショウが発言の許可を求めた。
「この都市の探りはどうなったものだろうか。進捗があったれば聞いておきたい」
「残念ながら、あまり捗々しくありません」
顔を曇らせ、少年は首を横に振る。
「僕が不甲斐ないのもあるんですけど、ここは人の出入りが多すぎるんです。イっちゃんでも追い切るのが無理なくらいに」
剣祭の試合を縫って諜報活動を開始したふたりは、まず物流を探った。ロードシルトが取引する品目にこれまでと異なるもの、不自然なものが入り混じらぬかどうかを調べ、そこから彼の思惑を突き止めんとしたのだ。
しかしこの調査の何よりの壁となったのが、ラムザスベルの経済活動そのものだ。カナタの語る通り、この都市は人の往来があまりに多い。商取引自体も比例して活発で、その数自体が一種の目くらましとして機能してしまっている。木を隠すには森の中とはよく言ったものだった。人数を用い組織的に動かぬ限り、この線からの辿りは不可能と知れるばかりである。
「だけど進展は皆無じゃない。あちこちで
重要施設には立ち入れぬ彼女だが、流石に宿に軟禁されるわけではない。
買い物や観光を装って耳をそばだて、音だけの追跡によりロードシルトに連なる者の動きを探り当てていた。諜報術式を有する者としての、せめてもの矜持である。
「施療に使う霊薬の保管庫みたいなんですけど、それだけと考えるにはおかしなところがいくつかあったんです。イっちゃんの耳だと、地下に空洞があるのじゃないかって。潜入して確かめたかったんですが、まだできてません。地下の何かに気づけたのが一昨日というのもあるんですけど、そこには必ず、水面月と無道鎧のどちらかが控えてるみたいで」
「水面月はウィンザー・イムヘイム。剣に連動する我法だけど、法の圏内が広いらしくて剣の間合いの外にも効果が及ぶ。あと斬法の名前の通り、斬れないものはないみたい。無道鎧はフィエル・アイゼンクラー。こちらは逆に、身に着けた鎧を強化する法だって聞いてる。干渉拒絶の類と考えて、多分間違いないと思う」
カナタの挙げた法名をイツォルが補足した。
ここまでを聞いて、オショウが得心の息を漏らす。
「それで、天祐か」
イツォルが告げた「お願いしたいこと」とは、これに他ならぬであろう。敵方の備えを強行突破し、全貌を掴むだけの戦力を彼らは欲していたのだ。
いささか危険を伴う話であったが、ケイトは既に力添えの意向を決めている。一度決断したら パケレパケレのように頑固な娘だ。何を言っても容れはしまい。何よりオショウ自身に、カナタらを
「はい」
「ん」
その理解に対し、カナタとイツォルは揃って申し訳なげに首肯した。
ふたりはあまり、オショウを頼るべきでないと考えている。
彼は皇禍に際して喚び立てられた、界渡りの
クランベルの血筋を考えれば失笑ものではあるのだが、これがふたりの偽らざる心境だった。それゆえ、罪悪感が顔に出る。
「負担をおかけしてすみません。僕にもっと力があればよかったんですけど……」
うつむくカナタの言いを聞き、イツォルが眉をひそめる。
テトラクラム伯を務めた数か月が、どうも悪い方角に作用してしまったものらしい。このところの彼は、ますます自責が酷くなっている。
聖剣を担った時もそうだった、と彼女は思い出す。責任感が強いあまり、彼は己の弱さ、至らなさを、昔からひどく強く悔いるのだ。人には背負わずともよいと言いながら、自身は黙って抱え込んでしまう。よくない傾向だと思いはするが、イツォルもまた似た側面を持つ人間だ。どうにも上手く取り成せない。
「カナタ・クランベル」
彼女がもどかしく拳を握ったところで、オショウが静かにその名を呼んだ。
「苗木に多量の水を注ごうと、すぐさま大樹となることはない。できることは、少しずつ増やせばよいのだ」
「……はい」
気遣われたことは理解しつつ、けれど言われ慣れた内容に、カナタはぎこちない笑みを浮かべる。それを察して、オショウは腕を組んだ。どうにか上手くない舌を回す。
「戦うより能のない俺であったが、今では放牧も任されるようになった」
「オショウさま、あれは駄目な例ですわ」
「むう……」
心底無念げな唸りに、たまらずカナタはふき出した。この人にも苦手があるのだなあと、少しだけ気持ちが軽くなる。
話の腰をへし折ったと気づいたケイトが、続けて続けて、と仕草で促す。が、オショウにそんな話術があるはずもない。
「ええと、とにかく! そう、とにかくですわ!」
窮した娘は無意味に声を張り上げた。
「友人が困っているのを見過ごして安眠できるほど、わたくし図太くないのです。こう見えて繊細なのですわ。ですから、カナタ様。お気兼ねなくわたくしたちをお頼りくださいまし。でこぼこだからこそ噛み合って補い合える。そういうことって、あると思いますの」
「――ありがとうございます」
今度は屈託なく応じて、カナタが一礼する。そのさまを見て、イツォルは少しだけ不満になった。何故だかお姉さんの立場を取られたような気がしたのだ。
「繊細?」
オショウをつついてから見上げ、遅ればせの揚げ足を取る。聞きつけたケイトが、「オショウさま?」と圧力をかけた。板挟みにされた僧兵は、イツォルではなくカナタへと向き直り、
「繊細だ」
「あ、はい」
重々しく告げられて、聖剣は苦笑交じりの相槌を打った。