第33話 宴に集う

文字数 4,141文字

「おいおいなんだよそりゃ、と言いたいとこだが」

 杖を上げてミカエラへ合図を送りつつ、セレストが嘯く。

「干渉拒絶の亜種って感じか? ありふれた発想の我法だな。威圧感はちょいとあったが、アレに比べりゃ迫力が乏しい」

 言いながら思い浮かべたのは、短距離転移で逃げ惑う魔皇を追い詰めるオショウの姿だ。真っ正面から相手の攻勢を封殺するこの男のスタイルは、かの僧兵に相通じる部分があった。
 セレストが今の一手を躱しえたのも、オショウのあの戦いぶりを見、そうした相手への対策を考慮していたからに他ならない。さもなくば彼は逃れきれずにあの腕に捉われ、死なぬまでも痛打を受けていただろう。

「ほう……」

 セレストの戦い慣れに対し、全身鎧が感嘆めいた声を漏らす。霊術士より目を切って、樹上のミカエラを見た。
 直後、重い金属を纏うとは信じられぬ速度で彼はまたしても猛進し、弓使いの陣取る巨木へ肩口から打ち当たる。

「なんと!」
「!!??」

 ミカエラとネスが、同時に驚愕を上げた。勢いに任せたその突撃は、大樹を揺さぶるばかりか、ただの一度にへし折ってのけたのだ。
 動揺しつつも倒れゆく枝を蹴り、ミカエラが宙を舞う。その着地地点へ目掛けて鎧男は迫撃し――。

「そこまでにしときなせぇ」

 またしても割り込んだ声に、ぴたりとその動きを止めた。

「何故止める」

 セレストからもミカエラからも注意を外して声の主を振り返ったは、自身の法に絶対の自信を(いだ)く我法使いらしい傲慢であろう。

「お手前の恣意に振る舞えば、またぞろでしくじりやすぜ?」

 セレストの霊術式に代わってミカエラの窮地を救ったのは、四十を越えようかという男であった。何を詰めたものか、背には(ひつぎ)めいた足のない長櫃(ながびつ)を負っている。
 身に纏うのはごくありふれた貫頭衣だが、油断なく棒をひと振り携えていた。杖ではなく、棒術に用いる品である。剛強な木材に金輪を嵌めた、剣呑な打撃武器だった。

「……承知した」

 しばしの逡巡ののち、鎧の男が首肯し、引き下がる。
 へぇ、とセレストは片眉を上げた。我法使いが人の意を容れるとは珍しい。
「あの方」なる発言から察するに、無道鎧には忠誠を向ける相手がいる様子だった。我利ばかりを法とすることの多い我法使いだが、このように他者にそのありようを捧ぐ例もある。
 信奉や恋慕といった感情から発した我法は、強く対象に尽くすものとなるのがほとんどだ。棒術使いの諫めに(がえん)じた理由も、おそらくはこの辺りにあるのだろう。

「おっと」

 あっさりと撤退した無道鎧から警戒を転じられ、長櫃の男が(ひょう)げた仕草で肩を竦めた。

「手前には兄さん方と、()りあうつもりはござんせんよ」
「次から次へと仕掛けておいて、よくもまあ臆面もなく言えたものだ」

 まったく信じず、ミカエラが(やじり)を向ける。抱えていたネスを降ろし、セレストも新たに障壁を展開していた。無論、散ったと見えた包帯巻きどもの再襲撃に備えてのことである。
 ふたりの構えを眺め、男は、ふむ、と諦めたように息を吐いた。

「ご歓談と洒落込みたくもござんしたが、狷介(けんかい)極まる(まなじり)だ。このまま居座りゃ、どうやら首を掻かれかねない」

 手にした棒でとんとんと己の肩を叩き、ぺらぺらと彼は舌を回す。暢気と見えて、互いの気息を窺う緊張が場に張り詰めた。

「申し上げた通り、手前に手出しのつもりはないんですがね。そう睨まれちゃあどうにもなりやせん。仕事ばかりはやり遂げて、退散するといたしやしょう」

 男が行動の意志を見せたその刹那、ミカエラが鋭く矢を放つ。が、あろうことか瞬息の矢は、長櫃から飛び出た白い腕につかみ取られた。
 生者がそこに詰まっていたのではない。その白は骨の白。男の背より現れたのは、美しく肉の削げた白骨であった。

「――外法(げほう)()(ぼね)

 笑みを浮かべて、外法使いが囁く。
 合わせて、転がっていた全ての骸が蠢いた。びくびくと全身を痙攣させ、不随意にして不気味な舞踊を開始する。死人(しびと)が起き上がる予感に舌打ちし、セレストは炎珠を大量執行。まとめて焼き払わんと目を細める。
 が、彼が杖を振るより早く、屍たちは自らの頭部を殴りつけ始めた。損壊をためらわない拳が、頭蓋と手指の骨とを同時に破砕してゆく。

「なっ!?」
「!?」

 動き出した死者が血と脳漿を撒き散らしつつ自傷するさまは、酸鼻極まるものだった。流石に気を呑まれた空隙を盗み、外法使いの背から再び骨の手が出る。
 はっと身構えたセレストたちだが、それは彼らを狙うものではなかった。人のものとは思えぬほどに長く伸びた骨は、両の腕に聳える木々の枝々を掴み、三本目の腕に外法使い自身を抱え、ちょうど雲梯の要領で、飛ぶように木々の狭間へ消え失せる。

「……くそったれ」

 やがて法の圏内を逸脱したのだろう。死人たちは元の通り静かに死に果て、わずかの動きも見せなくなった。
 しかしその時には既に、いずれの死体の面体(めんてい)も、親ですら見わけのつかぬほどに破壊され尽くしている。あれほどあった老人の顔は、ひとつとて原型を留めていない。
 骸こそ残ったものの、奇態な死の由来を探る証拠が見事に隠滅された格好になる。セレストの悪罵はこれがゆえのものだった。

「問題ない」

 しかし傍らに立ち並んだミカエラが、にやりと笑んでそう告げた。

「以前ご尊顔を拝したことがある。ラムザスベル公だ」
「あん?」
「あの顔はラムザスベルの領主、グレゴリ・ロードシルトに他ならないと言っているのだよ。当座で人相だけは潰していったつもりだろうが、この目を侮ってもらっては困るというものだ」

 途端セレストが、少年のように瞳を輝かせた。相棒の肩を平手で叩き、

「おいおいミカ公、思わぬところで役立つじゃねェか!」
「その言い(ぐさ)、私を(なみ)するようにも聞こえるが?」

 セレストに不服を述べたのち、ミカエラはぺちぺちと拍手を贈るネスへ優雅に一礼してのけた。

 それからしばしの時を、彼らは火葬に費やした。
 隊商の全滅は明らかで、荷も骸も、到底三人で運び切れる量ではない。ならば鳥獣が食い荒らすに任せるよりも、焼いてしまうのがせめてもという判断だった。
 襲撃者たちの屍を調べたい気持ちはあったが、このような仕事に従事する奴ばらである。身元が知れるようなものは所持していまい。何より樹界に長く留まれば、そのぶん界獣に遭遇する危険も増していく。よってこちらも野ざらしにはせず、隊商のものと併せて焼いた。
 セレストの火を以てすれば、人体を灰にするのにそう時間はかからない。役目を終えた火を鎮めて繋いだ騎龍たちの(もと)へと戻り、それから霊術士は、「さて」と改めて連れを振り返った。

「オレはこのままラムザスベルへ行くぜ。半分殿に、色々と訊きたいことができちまったしな。で、お前らはどうする?」
「!!!!」

 問われるなりネスが、諸手(もろて)を空へ掲げてみせる。「一緒に行く!」の意志表示と見て間違いはなさそうだった。 

「同行せざるをえないだろう。王宮にすら忍び入る君だ。放っておけばラムザスベル公のところへも直接押し込みかねない」
「ああ、まあそのつもりだったな」
「どうして君は、そう大雑把なんだ! 少しは頭を使いたまえ!」

 恥じる様子もなくセレストがしゃあしゃあと言い抜け、ミカエラが噛みついて吠える。すっかり馴染んだその光景を眺めつつ、ネスはにこにこと微笑んでいる。

「下手の考え休むに似たりっつーだろ。そういうのはお前に任すぜ」
「……やはり同行以外の選択肢がないではないか」
「訊く意味がなかったな」
「得意げにする発言ではないことを、自覚すべきと思うがね」

 だがセレストを(あげつら)いつつ、ミカエラ自身も最初からラムザスベルへ赴く心地でいた。
 アーダルの騎士として考えるなら、これはここで調査を中止すべき案件である。他国の都市が深く関わる可能性があり、迂闊に藪をつつけば思わぬ蛇が出かねない。
 王都に戻りここまでの報告を行い、国から詰問状を送りつけ、あとはラーガムの対応に任せるのが上策であろう。
 だが彼の目には商団の死にざまと、ふたりの我法使いが焼きついていた。あの無惨を見た上で、それがまた引き起こされるだろうと確信した上で、斯様な消極的選択はありえないと考える。そうして、随分毒されたものだと苦笑した。

「既にラムザスベルへは道半ばだ。行くも戻るも、手間はさして変わるまい。加えてかの都市は今、祝祭の只中にある。潜入は容易かろうよ」

 己の龍に跨りながら、ミカエラは同じく騎乗するセレストたちを見やる。

「とまれ私が帰還すれば、君の動静が掴めず私と上の方々の肝が冷える。私が同行すれば、我々の動静が掴めず上の方々の肝が冷える。被害の軽減を考えるなら、後者の方が賢明というものだろう」
「なんつーか、相変わらず理屈っぽいな、お前はよ。難しく考えすぎるとハゲんぞ」

 呆れ顔で返すセレストの外套を、尻馬に収まったネスが唐突にぐいぐいと引きだした。

「おいおいなんだよ。いきなり暴れんな」 
「! !! !」

 見返る彼へ、彼女は何やら思い出したらしい憤懣を訴える。霊術士はしばし心当たりを探り、

「あー、あれか? 小脇に抱えてぶん回した件か?」
「!!!」
「いやしょうがねェだろ。他にどうしろってんだよ?」
「! !」
「横抱きにしろだあ? 我がまま言うな。それだと両手が塞がんだろうが」
「!!!!!」
「おいこら痛ェ、髪引っ張んな。ハゲたらどうしてくれんだお前」

 ぎゃあぎゃあと騒々しい鞍上は、セレストが飴玉を取り出すことでようやく解決を見た様子である。
 そのさまを見守って、苦労性の弓使いはやれやれと(かぶり)を振った。
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