第27話 良縁悪縁

文字数 2,619文字

「当初に比せば、随分と長く持つようになったものだ」
「まるで褒められた気がしません」

 首を横に振り、カナタは曲刀を鞘に納める。瞬きの間に三度殺されていた当初に比せば、確かに生存時間は伸びた。だが立って歩くだけで賛美されるのは赤子のみ。彼が欲する先はまだ遠い。

「素直に受け取るがいい。当初の君は、諸事に心を縛られ盲目だった。だが、今は違おう」
「……」

 正鵠(せいこく)を射られ、カナタは一瞬沈黙をする。
 この時代、都市、或いは都市たらんとする在所の統率者に求められるのは仁愛でも寛容でもない。ただひたすらに力だった。
 どれほど民を思う善人であろうと、獣どもに抗する武を持たぬ者は無能でしかない。一旦餌場狩場と認知されれば、人の味を覚えた界獣の襲撃は、都市が滅びるまで繰り返される。
 本人、または側近が際立った武勇を誇るでもいい。資産や縁故に恵まれ、多数の兵力を動員しうるでもいい。まず魔獣界獣を打ち払い、都市の安全を保障するだけの軍事力を内外に示すことが必須だった。誰しも死を望まぬものだ。危険ばかりの土地に居つく者などありはしない。平穏無事の暮らしがあればこそ、人はそこに住まい、そこへ訪れる。
 また突出した領袖の力は、一種独裁にも似た統治形態を可能とする。常に食うか食われるかのプリミティブな状況において、判断の遅れは即ち悪だ。悠長な協議を経ての巧遅よりも、単独の判断による拙速が(たっと)ばれる。

 魔皇を降した聖剣と大貴族クランベルの二枚看板は、当の魔皇が共にあるという不安要素を差し引いても、十分に期待を満たすものだった。新設都市への移住希望者は想定よりも遥かに多く、よってカナタはその信を裏切るまいと懸命の修練を重ねていた。
 彼を駆り立てたのは、看板の双方が虚構であるという事実だ。
 己の剣腕はラーフラにも、大型界獣を真っ二つに断つほどの斬線を創出したという初代聖剣にも、遥か遠く及ばない。そのような自覚がカナタにはある。

 またクランベル本家の支援も、さして望めぬのが現状だった。分家の(すえ)ではあるが、九代目に選出された時から、カナタはクランベル姓の名乗りを許されている。これは聖剣としての活動が、本家に栄誉として還元することを目論んでのことだった。のちのち有名無実の地位に就かせ、偶像として飼い殺すやり口である。
 しかし彼の為した魔皇捕縛という功績は、過去に類を見ないほどに大きかった。戦果はカナタ個人に属し、家名はその前に霞んでしまう。今更何を与えようと、周囲は本家の媚びへつらいとしか思うまい。のみならずカナタは大樹界開拓案を提示し、国を動かしてのけている。他国の同意がある以上、クランベルといえども歯噛みしながら容れるより他にない。その事実が、より一層本家の誇りを傷つけた。所以なく他者を下に見る類からすれば、カナタとは小癪極まる分家の小倅だった。
 斯様な軋轢が横たわるがゆえに、テトラクラムには本家よりの援助は期待できない。クランベルの冷淡を察し、他の貴族もこれに倣っている。
 王都の貴族たちは元来、他の城砦都市より供出された人質だ。とはいえ別段身柄が拘束されたわけではなく、身の上を同じくする他都市の人間と交流を持つことができた。彼らはやがて都市間の折衝を務めるようになり、ついには独特な権威の獲得にまで至っている。当然派閥の力関係に鋭い嗅覚を有し、王都に直接の地盤を持つクランベルに逆らう者はなかった。

 結果、ラーガムよりの支援は通り一遍のものと成り果てている。本家からすればカナタの失敗ののち、自らの息のかかった人間を後釜として送り込めばよいとでも考えているのだろう。
 冗談ではなかった。
 カナタの失敗とは、即ち都市の崩壊である。テトラクラムに集う民は、薄汚い政治とはなんら関わりのない人々だ。特権階級の恣意で失われてよい命では断じてない。
 魔皇との鍛錬を始めたのも、滅びの可能性を少しでも減ずるべくだ。
 武技を高めるだけでなく、と同時にラーフラと個人的な友誼を結ぼうという下心はそこにある。もしもの折は彼の手にも縋ろうというのだ。損得で友人を作ろうなど、汚れた行為であるとカナタは思う。それでも、どうにもならなくなってから泣き叫ぶよりずっとましのはずだった。そう思いつめるほどの窮状だった。

 だが彼の悲壮を救うようにいくつかの手が差し伸べられた。
 霊力蓄積に必須の祈祷塔がアプサラスより寄贈され、すぐには協力の手を伸べぬはずのアーダルからは数機の霊動甲冑――人が乗り込む封入式でなく、霊術式により指示を下す外部入力式のものだ――が届けられた。前者は魔皇征伐の報酬としてケイトが望んだものであり、後者はまず間違いなくセレストたちの働きかけによるものだ。祈祷塔よりの霊力を用い、甲冑を重機として稼動させることにより、想定外の速度でテトラクラムは都市としての体裁を整えつつある。
 更にターナー家からの援助が重なったのも大きい。
 ラーガムの西、カヌカ近郊に領土を持つこの家の嗣子(しし)を、エイシズ・ターナーといった。五王のひとり、ディルハディーの前に単身立ち塞がり、カヌカ祈祷拠点を守り抜いた武勲で高名な少年である。
 彼は同じ戦地を経た(よしみ)を名分に、クランベルの意向を無視してテトラクラムへ人材を派遣したのだ。いずれもが行政に通じ、カナタを補佐するに十分な才覚を備えた文官たちだった。
 こうした人の縁により、この(ごろ)の彼には余裕が生じつつある。

「かも、しれませんね。でもそうなると、貴方は困るんじゃないですか?」
「さて、思い当たらないが」
「僕は敵ではないけれど、貴方の監視者です。それが強くなるのは、不都合じゃないかなって」

 すると魔皇は腕を組み、ただ嫣然(えんぜん)と口の()を持ち上げた。

「仔犬の成長ならば微笑ましく見守るばかりだ。何を恐れる必要もない」

 実力差からすれば、仕方のない言いである。認めざるえないところだったが、カナタにも少年らしいプライドがあった。思わずむっと眉を寄せると、ラーフラはその愉快をますます深める。
 抗弁しようと口を開きかけたカナタが、弾かれたように振り向いた。その手は曲刀の柄に伸びている。

「この明け方から、恐れ入る」

 ひとりの男が、そこに居た。
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