第65話
文字数 2,059文字
「ジークっ!」
「ジークくん!」
声がした。若い、女の声。それは小隊を引き連れたミホとキセキだった。
「来てくれたのか……いや」
来てはいけない。そう思ったジークの目の前で、彼女らを除く小隊員が無残に殺害されていく。心を読み、全ての攻撃を躱し、回避先へブレスや爪を“置いて”おく。
ジークは恐怖した。自分はこんな化け物と戦っていたのだと、戦慄した。
「さて……」
ダミアンの狙いを、ジークはすぐに理解した。顔見知り以上の関係であるミホとキセキを、ジークの目の前でじっくりと殺すつもりなのだ。
ダミアンは、ジークの心を折ろうとしていた。
「ミホ! キセキ! 気を付けろっ! 奴にはなぜかこちらの攻撃が当たらない! 心を読まれているつもりで戦うんだ!」
「へぇ、上手いじゃない!」
ダミアンがブレスを吐く。三人に躱されながら、一気にミホに接近した。
「止めろっ!」
ジークが叫んだ。だがダミアンの行動は彼の予想の外だった。
「へぇ。君、ジークが好きなんだ。あ~確かに、ヨハンを殺した時の彼はかっこよかったねぇ。にしても、夜にこっそり一人で“して”、恥ずかしくないの?」
「な!?」
「え……なんで……!」
ミホは赤面して、失速した。なぜ誰も知らない事実をこの魔龍が知っているのか。そのことよりも、その場から消えてしまいたいという感情が彼女の精神をかき乱した。
「赤髪の隊長さんや、ユキヅキハナに嫉妬している自分に嫌気がさして、でも止められないんだ~? やばいね」
ダミアンはとても嬉しそうに、彼女の精神を折り曲げていく。
「ダミアンっ!」
ジークが鬼の剣幕で斬りかかる。既に完治した左腕に更にエネルギーを集中させて、ダミアンは容易く受け止めた。
「へぇ。興味がない女性でも、そういうことしてると男は嬉しいって感じるんだ。人間って、面白いね!」
「……ダミアン!」
「戸惑い半分、残りは喜び。よかったね! 変態を受け入れてもらえて!」
だがその想いが届かない事実も、ダミアンは既に口にしていた。ダミアンはミホを徹底的に壊し、ジークを殺させようとすら考えていた。知られたままじゃ恥ずかしいよね、と。だがミホは完全には折れなかった。斬り結ぶ両者の傍へ飛び込み、ダミアンの目にブレス・ライフルを撃つ。当然のようにそれは躱されるが、ダミアンは目に見えて苛立っていた。
「壊れないな……なるほど。君を壊す方法が分かったよ」
「だめ! やめなさい!」
キセキにも嫌な予感がよぎった。
「誰がっ!」
貧弱な制止を振り切って、ダミアンは飛び出す。一直線に加速した先には、介護施設があった。
「待って……やめて……」
ミホはかろうじて飛んでいた。本当に、もう、限界が近かった。
「見つけたぁ!」
避難途中のバス。要介護者が何人も、順番にバスに乗り込んでいる最中だった。ダミアンはその人込みにブレスを放ち、念入りに、二日目のカレーを弱火で温めるように、ブレスで薙いだ。
「…………」
ミホはもう、言葉を失っていた。
「よかったね! お荷物が無くなってサ!」
「荷物?」
キセキが聞いた。しまったと思いつつ、聞いてしまっていた。
「そうだよ。誰にも言ってないんだよ、ミホちゃんはさ。家族から逃げるようにして龍伐隊に入ったのさ。親の介護疲れでね。入隊すれば強制的に隊舎暮らし、もう親の面倒を見る必要は無いって……」
ダミアンは、魔龍で、半透明の外殻を持っている。表情というものは、人の目線では読み取れないだろう。だがそれでも、ダミアンは、笑っているように見えた。ほくそ笑むのではない。内から湧く高揚を抑えるように、だ。
「はははははは!!」
ミホは涙を流しながら、笑っていた。完全に、壊れてしまった。
「面白い! 半分悲しんで、半分喜んでる!! よかったねぇ」
「キセキ」
ジークの声に、キセキは少しだけ畏れのようなものを感じた。自然と、上長へ取る命令待機姿勢を取っていた。
「はい」
「ミホを、頼む」
「……わかった」
友を案ずる言葉に、話し相手がジークであることを思い出したキセキは、ウイングのコントロールを失ったミホを抱えると、スイッチを操作して浮力をカットした。そして抱き抱えたまま、空域を離脱した。
「あー、面白かった」
「ダミアン。俺は何か勘違いをしていた」
ジークは悔いていた。嘆いていた。己の弱さに。それは身体能力だけではない。精神の弱さである。誰かに、何かに、偶然に、都合のいい展開に甘えた。
人事を尽くして天命を待つ。
ジークは思った。
人事を尽くさずして、天命なし。
「人の心の領域に土足で踏み込む、クソ蜥蜴モドキは駆除してやるよ」
「セリフが安いんだよ、オウサマはさ」
「決めたよ。こいつの名だ……」
「へぇ……」
「万死不刀」
ジークが名付けた黒のファンタズマ。万回死んでも折れない、王の心の具現。そして魂であって刀にあらず。その想いが込められていた。
「名前が決まったくらいでさぁ……!」
ダミアンは、心で一歩、退いていた。
「お前は……万死に値する」
「それが言いたかっただけかよ!!」
吠えた。
「ジークくん!」
声がした。若い、女の声。それは小隊を引き連れたミホとキセキだった。
「来てくれたのか……いや」
来てはいけない。そう思ったジークの目の前で、彼女らを除く小隊員が無残に殺害されていく。心を読み、全ての攻撃を躱し、回避先へブレスや爪を“置いて”おく。
ジークは恐怖した。自分はこんな化け物と戦っていたのだと、戦慄した。
「さて……」
ダミアンの狙いを、ジークはすぐに理解した。顔見知り以上の関係であるミホとキセキを、ジークの目の前でじっくりと殺すつもりなのだ。
ダミアンは、ジークの心を折ろうとしていた。
「ミホ! キセキ! 気を付けろっ! 奴にはなぜかこちらの攻撃が当たらない! 心を読まれているつもりで戦うんだ!」
「へぇ、上手いじゃない!」
ダミアンがブレスを吐く。三人に躱されながら、一気にミホに接近した。
「止めろっ!」
ジークが叫んだ。だがダミアンの行動は彼の予想の外だった。
「へぇ。君、ジークが好きなんだ。あ~確かに、ヨハンを殺した時の彼はかっこよかったねぇ。にしても、夜にこっそり一人で“して”、恥ずかしくないの?」
「な!?」
「え……なんで……!」
ミホは赤面して、失速した。なぜ誰も知らない事実をこの魔龍が知っているのか。そのことよりも、その場から消えてしまいたいという感情が彼女の精神をかき乱した。
「赤髪の隊長さんや、ユキヅキハナに嫉妬している自分に嫌気がさして、でも止められないんだ~? やばいね」
ダミアンはとても嬉しそうに、彼女の精神を折り曲げていく。
「ダミアンっ!」
ジークが鬼の剣幕で斬りかかる。既に完治した左腕に更にエネルギーを集中させて、ダミアンは容易く受け止めた。
「へぇ。興味がない女性でも、そういうことしてると男は嬉しいって感じるんだ。人間って、面白いね!」
「……ダミアン!」
「戸惑い半分、残りは喜び。よかったね! 変態を受け入れてもらえて!」
だがその想いが届かない事実も、ダミアンは既に口にしていた。ダミアンはミホを徹底的に壊し、ジークを殺させようとすら考えていた。知られたままじゃ恥ずかしいよね、と。だがミホは完全には折れなかった。斬り結ぶ両者の傍へ飛び込み、ダミアンの目にブレス・ライフルを撃つ。当然のようにそれは躱されるが、ダミアンは目に見えて苛立っていた。
「壊れないな……なるほど。君を壊す方法が分かったよ」
「だめ! やめなさい!」
キセキにも嫌な予感がよぎった。
「誰がっ!」
貧弱な制止を振り切って、ダミアンは飛び出す。一直線に加速した先には、介護施設があった。
「待って……やめて……」
ミホはかろうじて飛んでいた。本当に、もう、限界が近かった。
「見つけたぁ!」
避難途中のバス。要介護者が何人も、順番にバスに乗り込んでいる最中だった。ダミアンはその人込みにブレスを放ち、念入りに、二日目のカレーを弱火で温めるように、ブレスで薙いだ。
「…………」
ミホはもう、言葉を失っていた。
「よかったね! お荷物が無くなってサ!」
「荷物?」
キセキが聞いた。しまったと思いつつ、聞いてしまっていた。
「そうだよ。誰にも言ってないんだよ、ミホちゃんはさ。家族から逃げるようにして龍伐隊に入ったのさ。親の介護疲れでね。入隊すれば強制的に隊舎暮らし、もう親の面倒を見る必要は無いって……」
ダミアンは、魔龍で、半透明の外殻を持っている。表情というものは、人の目線では読み取れないだろう。だがそれでも、ダミアンは、笑っているように見えた。ほくそ笑むのではない。内から湧く高揚を抑えるように、だ。
「はははははは!!」
ミホは涙を流しながら、笑っていた。完全に、壊れてしまった。
「面白い! 半分悲しんで、半分喜んでる!! よかったねぇ」
「キセキ」
ジークの声に、キセキは少しだけ畏れのようなものを感じた。自然と、上長へ取る命令待機姿勢を取っていた。
「はい」
「ミホを、頼む」
「……わかった」
友を案ずる言葉に、話し相手がジークであることを思い出したキセキは、ウイングのコントロールを失ったミホを抱えると、スイッチを操作して浮力をカットした。そして抱き抱えたまま、空域を離脱した。
「あー、面白かった」
「ダミアン。俺は何か勘違いをしていた」
ジークは悔いていた。嘆いていた。己の弱さに。それは身体能力だけではない。精神の弱さである。誰かに、何かに、偶然に、都合のいい展開に甘えた。
人事を尽くして天命を待つ。
ジークは思った。
人事を尽くさずして、天命なし。
「人の心の領域に土足で踏み込む、クソ蜥蜴モドキは駆除してやるよ」
「セリフが安いんだよ、オウサマはさ」
「決めたよ。こいつの名だ……」
「へぇ……」
「万死不刀」
ジークが名付けた黒のファンタズマ。万回死んでも折れない、王の心の具現。そして魂であって刀にあらず。その想いが込められていた。
「名前が決まったくらいでさぁ……!」
ダミアンは、心で一歩、退いていた。
「お前は……万死に値する」
「それが言いたかっただけかよ!!」
吠えた。