第84話

文字数 1,330文字

 そこは、島と呼ぶには広大で、大陸と呼ぶには物足りない。そんな面積の小さな大陸。山脈に沿ってほぼ×の字に区切られた四つの国が存在している。

 地図でいうところの西側に位置するのはミラー皇帝が治める帝国、ダリヒテ。

 非常に強力な兵器を持つ“龍伐隊”に守られているダリヒテ帝国の民たちは、龍の襲撃に必要最低限の“恐れ”こそあるものの、自由に、豊かに暮らしていた。

 街は初夏の涼味商戦で盛り上がっている。海産物の市場にはたくさんの人がごった返しており、初夏だというのに暑いもんだから、外で売り子をしている従業員らは方や渋々、方や嬉々として、道行く人々に声をかける。

「いらっしゃいませ! ダリヒテの魚!! 買わなきゃ損だよ!!」
「好きな具を盛り付けて!! 丼に!」
「今夜はスシでしょ!? スシをご存じない!?」

 誰も聞いてない、なんて無粋なことを言う輩もいるが、眼を劈く夕日や、そういったものを含めて風情というものだ。それに、政治家が少ないこの国では、所謂貧乏というものはほぼ存在しない。皆が皆、適切に働き、能力に応じた賃金を得ている。結果としてこうして季節商戦や特産品商戦は盛り上がり、お金という名の“国の血液”は滞りなく循環している。

「!!!!!!!!!!!!!」

 ベルが鳴る。時間を知らせるにはキリが悪く、デパートの迷子放送にしては耳に嫌な感触を残す。遠慮なしに街中に響き渡るそれは、サイレンだった。

「龍だ」
「龍? 空襲か?」
「早くシェルターに」

 国民は一斉に、しかし慌てず、誰も押しのけず、冷静に、急いで避難を始めた。誰もが日ごろから危機意識を持っているのか、穿ったモノの見方をすれば慣れているとか、まるで空襲があることを知っていたかのような丁寧さ。

 それはこの国の軍隊が非常に優秀であることの裏付けでもあった。

「見ろ! 龍伐隊だ!」

 ギャン、と風切り音を立てながら、数名規模の編隊が夕日に向けて飛ぶ。

 先頭を飛ぶ一人の隊員が、減速して身体を起こす。抱えた身の丈程ある小銃“ブレス・ライフル”を構え、照準を合わせて引き金を引く。

「ぎゃあああああああああああああ!!!」

 まるで断末魔のような、それはライフルの銃声だった。光線が真っすぐ伸び、洋上を舞う龍の頭部を撃ち貫く。

「よし、一頭片付けた」

 隊員は淡々と、次々と、照準を合わせて射撃、という動作を繰り返した。放たれるブレス光線は、不快な銃声以外の欠点が無いように見えた。龍の強靭な外殻を一撃で貫く程の威力と、躱させない程の初速。

「おっと!」

 更に、龍が放ったブレスは構えたエネルギーの盾、ブレス・シールドを集中展開して正面から受け止めきった。これは、龍が纏う防御フィールドをはるかに上回る出力である。

 龍の数は多かった。だがそのほとんどが、海岸線を超えるに至らず。次々と龍伐隊が放つ光線の前に命を落としていく。

 だが、その防衛線を突破した龍がいた。正確には、飛び越えた。防衛線を、プロのストライカーが、キーパーを嘲笑うかのようなループシュートを放つ。その龍の軌道は正にそれであった。

 数頭の龍が、内地に侵攻した。
 この国に、海岸線を守る防壁の様なものは存在しない。だから、こういう事態は“間々起こり得る”のだ。
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