第86話
文字数 1,798文字
ジークとスレイが睨み合おうとした刹那、二人の視界、その端に見えたのは二つの青白い影。
「な!?」
「ちょっと、誰よ!」
二人に噛みついた、もとい刀のような武器で斬りかかったのは、青年と、うら若き少女。ジークとスレイはその攻撃を各々の刀、ファンタズマで受け止める。
「貴様ら、一体何者だっ!」
青白い髪の青年は、そう叫んだ。所々に金の装飾が散りばめられた隊服を身にまとう、顔立ちの整った男。赤く澄んだ瞳は、真っすぐジークを見つめていた。
「私達は、街を守っただけじゃない!」
「ここはダリヒテです。ルールは守ってください」
「はぁ?」
そう言うスレイに組み付いたのは、同じく青白い、腰まで伸びた髪の少女。まだ十代だろうその少女は、スレイ顔負けの美人だった。加えて、銀の装飾がある隊服の上からも見て取れるスタイルの良さ。
「我がダリヒテ帝国では、領内で他国の部外者が戦闘を行うことを禁じています」
その少女は、淡々と、事務的に回答した。
「あぁそう。随分と融通が利かないのね」
「俺達はギシミアから来た特使だ。我が国の代表、オオトモ議長が今日、ミラー皇帝にお会いする件はご存知か!?」
埒が明かないと、ジークが叫んだ。だが、期待していた反応は返ってこない。
「……無論、存じている」
青年は偉そうに答えた。青筋が立ちそうなスレイを尻目に、ジークは続ける。
「オオトモ議長は俺達に“出るな”と命じた。それはこの国の交戦規定を俺達が把握しているからだ」
「賢明な議長だ。我々の皇帝陛下に謁見を申し立てるだけのことはある」
「だが、律儀にそれを守っていれば、先ほどの龍は街や民を焼いていただろう。確実に犠牲者が出ていたはずだ。その覆らない事実! どう考えるかっ!?」
スレイが強く頷いた。二人はダリヒテの戦士を弾き飛ばし、距離を取った。
「ふん。感謝はしよう。だが貴様らが我が国で暴力を行使した事実もまた、覆らない」
「朴念仁か?」
「ジーク、私別に頭良くないけど、コイツの方が頭悪そう」
「……お前たちには、俺達が侵略者に見えるのか? もしそうだとしたら、この国の眼科に、医師免許は不要なようだな」
「ジーク……そうか、ジーク・フリードリヒ」
青年が口を開く。
ジークはファンタズマを構えることでそれに応える。
「隣はスレイ・グラディアだな?」
「隊長?」
「アオイ、気を付けろ。彼らは、今からおよそ一年前、龍王ラインハルトを退けた黒と赤の英雄。“ギシミアのドラゴン(龍騎士)”だ」
「イーサン隊長、あれが……噂の……?」
「一筋縄ではいかない。気を引き締めろ」
「了解です」
イーサンとアオイ。帝国の騎士と思われる二人が、戦闘体勢に移る。
「スレイ、お前は女をやれ」
「そのつもりよ。そっちこそ、私に馬鹿の相手させないでよね」
両者の緊張が高まっていく。その緊張は正に、コップに注がれた水。表面張力の限界を迎え、水があふれる、まさにその直前であった。
「ジーク、休戦。てか終戦。刀を引け。これは議長命令だ」
「イーサン、アオイ、牙を収めよ。これは勅令である」
「!?」
先ほど猛々しいサイレンを鳴らした各所のスピーカーから、両国の代表がそれぞれ、自国の部隊長を諫めていた。
「ジーク、これって」
「……オオトモか」
ジークの無線に連絡が入る。
「お前がしたことは間違っていると思っていない。だが、手続きを踏まなかったこちらにも落ち度はある。今すぐ戻れ」
「イーサン」
イーサンの耳にも、同じように無線で連絡が入る。
「皇帝陛下っ!」
「交戦規定は遵守である。だが、規定を破った事実と、我が国の窮地を救ってくれた事実。天秤に乗せれば、答えは自ずと出る。今は剣を収めるのだ。我が矛であり、盾であるという誇りがあるのなら」
「……はっ!」
イーサンは背筋を伸ばし、アオイを見た。アオイもまた、かしこまっていた。そしてジークとスレイを少し睨んでから、政庁へと飛んでいく。ジークとスレイもそれを追うようにして、政庁の一階入口付近へと移動した。
街を襲った龍は全て討伐されていた。街からは多少の黒煙が上がっているとはいえ、防壁無しであれだけ襲撃を、この程度によく抑えられたとジークは感心していた。
「お腹すいたわね、ジーク」
「……あぁ」
ジークとスレイは、ダリヒテ帝国龍伐隊員の嬉々とした表情と、それを照らしながら沈みゆく夕日を眺めながら、特に意味のない言葉をいくつか交わしたのだった。
「な!?」
「ちょっと、誰よ!」
二人に噛みついた、もとい刀のような武器で斬りかかったのは、青年と、うら若き少女。ジークとスレイはその攻撃を各々の刀、ファンタズマで受け止める。
「貴様ら、一体何者だっ!」
青白い髪の青年は、そう叫んだ。所々に金の装飾が散りばめられた隊服を身にまとう、顔立ちの整った男。赤く澄んだ瞳は、真っすぐジークを見つめていた。
「私達は、街を守っただけじゃない!」
「ここはダリヒテです。ルールは守ってください」
「はぁ?」
そう言うスレイに組み付いたのは、同じく青白い、腰まで伸びた髪の少女。まだ十代だろうその少女は、スレイ顔負けの美人だった。加えて、銀の装飾がある隊服の上からも見て取れるスタイルの良さ。
「我がダリヒテ帝国では、領内で他国の部外者が戦闘を行うことを禁じています」
その少女は、淡々と、事務的に回答した。
「あぁそう。随分と融通が利かないのね」
「俺達はギシミアから来た特使だ。我が国の代表、オオトモ議長が今日、ミラー皇帝にお会いする件はご存知か!?」
埒が明かないと、ジークが叫んだ。だが、期待していた反応は返ってこない。
「……無論、存じている」
青年は偉そうに答えた。青筋が立ちそうなスレイを尻目に、ジークは続ける。
「オオトモ議長は俺達に“出るな”と命じた。それはこの国の交戦規定を俺達が把握しているからだ」
「賢明な議長だ。我々の皇帝陛下に謁見を申し立てるだけのことはある」
「だが、律儀にそれを守っていれば、先ほどの龍は街や民を焼いていただろう。確実に犠牲者が出ていたはずだ。その覆らない事実! どう考えるかっ!?」
スレイが強く頷いた。二人はダリヒテの戦士を弾き飛ばし、距離を取った。
「ふん。感謝はしよう。だが貴様らが我が国で暴力を行使した事実もまた、覆らない」
「朴念仁か?」
「ジーク、私別に頭良くないけど、コイツの方が頭悪そう」
「……お前たちには、俺達が侵略者に見えるのか? もしそうだとしたら、この国の眼科に、医師免許は不要なようだな」
「ジーク……そうか、ジーク・フリードリヒ」
青年が口を開く。
ジークはファンタズマを構えることでそれに応える。
「隣はスレイ・グラディアだな?」
「隊長?」
「アオイ、気を付けろ。彼らは、今からおよそ一年前、龍王ラインハルトを退けた黒と赤の英雄。“ギシミアのドラゴン(龍騎士)”だ」
「イーサン隊長、あれが……噂の……?」
「一筋縄ではいかない。気を引き締めろ」
「了解です」
イーサンとアオイ。帝国の騎士と思われる二人が、戦闘体勢に移る。
「スレイ、お前は女をやれ」
「そのつもりよ。そっちこそ、私に馬鹿の相手させないでよね」
両者の緊張が高まっていく。その緊張は正に、コップに注がれた水。表面張力の限界を迎え、水があふれる、まさにその直前であった。
「ジーク、休戦。てか終戦。刀を引け。これは議長命令だ」
「イーサン、アオイ、牙を収めよ。これは勅令である」
「!?」
先ほど猛々しいサイレンを鳴らした各所のスピーカーから、両国の代表がそれぞれ、自国の部隊長を諫めていた。
「ジーク、これって」
「……オオトモか」
ジークの無線に連絡が入る。
「お前がしたことは間違っていると思っていない。だが、手続きを踏まなかったこちらにも落ち度はある。今すぐ戻れ」
「イーサン」
イーサンの耳にも、同じように無線で連絡が入る。
「皇帝陛下っ!」
「交戦規定は遵守である。だが、規定を破った事実と、我が国の窮地を救ってくれた事実。天秤に乗せれば、答えは自ずと出る。今は剣を収めるのだ。我が矛であり、盾であるという誇りがあるのなら」
「……はっ!」
イーサンは背筋を伸ばし、アオイを見た。アオイもまた、かしこまっていた。そしてジークとスレイを少し睨んでから、政庁へと飛んでいく。ジークとスレイもそれを追うようにして、政庁の一階入口付近へと移動した。
街を襲った龍は全て討伐されていた。街からは多少の黒煙が上がっているとはいえ、防壁無しであれだけ襲撃を、この程度によく抑えられたとジークは感心していた。
「お腹すいたわね、ジーク」
「……あぁ」
ジークとスレイは、ダリヒテ帝国龍伐隊員の嬉々とした表情と、それを照らしながら沈みゆく夕日を眺めながら、特に意味のない言葉をいくつか交わしたのだった。