第26話

文字数 3,116文字

 タケナカは明らかにテレビ局のカメラと、時計を気にしていた。思っていた以上に俺の処分について時間がかかったのだろう。見るからにイラついている。

「ではジーク・フリードリヒの死刑は保留とし、最前線部隊で国防に従事してもらう。次の議題だが、またオオトモか」
「ありがとうございます。国防予算費の増額を、進言します」
「却下だ」

 年老いた大臣が水を差す。

「貴重なご意見ありがとうございます。先ほど申し上げた通り、龍伐隊の死亡率が下がりません。戦う度に、この場にいる五人に一人が死んでいるのです。この卓上でも、一度の作戦で二人、死にます。それが今の龍伐隊の現状です」

「……」

 誰も何も言わない。理解しているのか、聞く気が無いのか……。

「その原因のうち、すぐに解決できる問題が二つあると考えています。まず一つは武器の品質です。資料が配られていますが、二十二年の龍王討伐作戦より更に前から、ギシミア国龍伐隊の装備は変更されていません。これは由々しき事態です」
「なぜだね。現に今、国防が成り立っているではないか」

 俺達の不要な犠牲のうえで、と補足してやりたい。

「生存率のお話を覚えてますか? 生還率は八割です。人を増やせないなら、生還率を上げるしかない。生還率を上げるには高い防御性能による自衛と、高い攻撃性能による討伐の効率化が求められます。龍が跋扈する現代、外界の情報はほぼインターネットに頼る時代ですが、そこで得られる情報によれば他国の装備は我々のそれをはるかに上回る性能を誇る。それは諸外国が国防に必要として予算を分配しているからにほかなりません」
「だがね……戦争だよ? 戦争に金をかけるのは、国民からの反発がね……」

 戦争アレルギーというのは確かに存在する。銃は世界では軍事目的以外にも自衛や、射撃競技でも使われる。弾をはじめとした消耗品に携わる雇用も見込めることは事実だろう。

 だが銃という存在を一目見ただけで、全てを否定し忌み嫌う民族は確かに存在するし、その反応はある意味で正しいとも思える。それだけ平和だったということなのだから。

 しかし、今、戦火は広がりつつある。自分の命を守る為にも、正しい認識は必要だ。

「次に龍伐隊のモチベーションです」
「モチベーション? 国防軍ともあろう存在が、モチベーションだと?」

 別の大臣が息を荒げた。

「軍人といえどタダ働きはしませんよ。人は生来、等価交換によって生活をしています。彼らは日々命を賭けて、我々国民を守ります。そんな彼らが、手数料が嫌だからと空いているコンビニよりも、並んでいる銀行のATMに並び、スーパーではテレビやSNSで見たレシピよりも値引き品の購入を優先する。ビールは特別な日に飲む飲物で、普段は発泡酒で我慢。国産高級車を諦めてミニバンをローンで買う。これが、命を賭けて戦う彼らへの仕打ちですか?」

 改めて聞くと泣きたくなってくる。

 スーパーマーケットかなにかの凄い人がテレビ番組で言っていた言葉を思い出した。真に豊かな社会とは、“誰もが値札を気にせず買い物が出来る社会である”と。思想自体、大変に素晴らしいものだと感じる。だが、そんな社会は永遠にとまでは言わないが、悠久の時を経て初めて得られるだろう。なぜなら、その現場で、そのスーパーマーケットで働く人々に順番が回ってくるは最後だからだ。

 彼らは、値札を気にしなければいけないだけの給料しかもらえない。彼らへの還元は最後だと、サービス業従事者は理解している。

 国防も言ってしまえばサービス業と同じだ。見返りがなければなぁなぁの仕事しかこなさないだろうし、やる気も出ない。結果訓練を怠って、練度の低い兵士が死んでいく。

 俺はアグローを見た。睨まれてしまった。だが、給料が高ければ彼のような横領まがいの行為をする輩も減る。もちろん“クレプトマニア”と呼ばれる所謂“窃盗依存症”の人間も存在するが、そもそも世間でニュースになるような横領事件で、犯人は果たして労働に見合った給与をもらっていたのだろうか。一概に悪と言い切れないような気もする。

 オオトモ大臣は当たり前のことを、当たり前の様に言っているだけだ。だが、他の大臣はその“当たり前”を受け入れる気はない。

 経営者と労働者は絶対に相容れない。その関係は今この場でも生じている問題だ。

 前者の仕事は人件費を減らすことだ。少ない費用で、より多くの利益を出すことだ。

 一方で後者の“目的”は高い給料を貰って、それに見合うだけの能力を発揮すること。または順番が前後して、能力を発揮してそれに見合う対価をもらうこと。

 だが高い生産率を出せても、給料を上げなければ“費用対効果”だけが上がっていく。

 皮肉な話だが、一生懸命仕事をしても、高級車を買えるのは経営者だけである。

 それが社会の根底にある仕組みで、世界はそうやって発展したことは事実だ。だが、長く続いてきた常識だからといって、それが今でも正しく、理想的で、守っていかなければならないものかどうかは別である。

「待遇は今のままで十分でしょう」
「国防予算についても、同意見だな」

 まぁこの連中ならそういう結論に至る。そして、

「龍伐隊は頑張っているが、現に被害は出てしまっている。被害をゼロに抑えてから、そういう話をすべきじゃないかな」

 減点方式の社会構造、その癌はここから生まれる。彼らのような経営陣は、寝坊しがちな有能社員よりも、出勤時間前から仕事をしている社員を評価する。この字面だけ見ればそれは正しい判断だが、実際は違っている。寝坊しがちだろうと、時間内に仕事が終わればいい。彼らの目的は時間内に仕事を終わらせることであり、極論遅刻早退しないことではない。

 車はガソリンを入れた分だけ走る。それ以上でもそれ以下でもない。(ブレーキの回数は考慮しない)

 人間も同じだ。給料というガソリンで、一定距離を走る。に拘らず、リッター百キロ走ったらガソリンを増やしてあげる、というのが常套句になってしまっていると気づいていない。

 それをただコピペすれば、寝坊しがちな男は寝坊する、しない、よりも仕事内容についての評価比重が重い企業へ転職する。当たり前の行動だ。そして元居た会社はパワーを失う。

 オオトモ大臣はカードとして伏せているだろうが、死亡率が増える程退役志願者は増えるだろう。当然だ。命を懸けるほどの給料なら、天秤は釣り合う。だが、不釣り合いな天秤を眺めながら“誰か何とかしてくれる”と祈り続けて、我慢し続けるような人間は、現代社会では少なくなっているのではないか。

 龍伐隊の隊員が気づく前に、何とかしなければならない問題なのだ。

 しかし、オオトモ大臣はそれ以上話さなかった。

「では採決の結果、予算は現行のままとする」
「わかりました」

 うつむいたように見せたオオトモ大臣が、俺にベロを見せた。

「?」
「最後、建国記念式典についてだ。先の戦闘で破壊された街について、このままでは景観を損ねてしまうだろう。可能な限り修復するためにも、予算を追加すべきだろう」
「……」

 開いた口が塞がらないというのはまさにこのことだ。彼らは国の建造物を守るために、建設業者に多額の金銭を支払うつもりだ。もちろん、政治献金を多く出している企業の下請けから順に、という仕組みだろう。

 戦争中に式典をやろうという発想にも度肝抜かれる。龍との戦争状態はかれこれ二十年以上続いている。わかったうえでの開催なのだ。

 そしてその審議は驚くほどスムーズに、十二名賛成で可決された。

「ではこれにて閉会とする」

 タケナカは時計を気にしながら、議会を終了させた。これがギシミア国の政治か。
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