第30話

文字数 1,508文字

「すいません」

“戦え”

「は?」

 声が、また聞こえてきた。

“思い出せ”

「ジーク?」
「す、すいません、ちょっと電話に……」

 俺は携帯で通話しているふりをして、俺の中にいる誰かと話した。

“俺が動かした昨日のことを思い出せと言っている”

「お前は誰だ」

“俺は……”

「……」

 俺は“通話”を済ませた。そして、ユキヅキを見つめていた。

「隊長」
「大丈夫? もう今日はお開きにしましょ。飯くらいはおごるわよ」
「いえ、もう一セット、リベンジをお願いします」
「おっ!」
「いけぇ! ジーク!」
「……へぇ」

 隊長は少しだけ、嬉しそうだった。

“ルールはシンプル。木刀を相手の体に触れさせれば一本。三本取れば勝ちだ”

「わかってる」
「はじめっ!」
「!?」
 俺はすぐに距離を詰めて木刀を振る。一応訓練学校で剣術も学んでいる。それを思い出せ!

“それでいい。彼女は体格差を埋めるために、全身の筋肉をバネの様に使って剣を振る。その”溜め“時間を与えるなっ!”

 悔しいがコイツの言う通りだ。彼女が得意とする戦法は炎のファンタズマを活かした高速一撃離脱。であれば全身の筋肉を使って繰り出せばいい。その立ち回りが、この木刀試合にも出ていた。相手の得意土俵で戦うなということだが、この戦法には問題がある……。

「へぇ……思い切りは良いけど……っ!」

 それは俺が根本的に弱いということだ。

「そこまでっ!」

 連撃をいともたやすくいなされて、足をつつかれてしまった。

“次”

「次!」
「いいじゃない。燃えて来たわ、弱いくせに」
「どうも」
「燃えてきたし、“味付け”を変えるわ」
「?」
「はじめっ!」

 再びの剣戟。隊長も一気に距離を詰めて来た。振りかぶる様子はなく、見た目通りの軽い攻撃が繰り出される。

 これならいなせるか。

 その発想が甘かった。両手で丁寧に、一撃一撃が重くなった。コンパクトに、全ての攻撃を振りかぶっている。

“ほう……インファイトもいけるのか”

「感心してる場合かっ!」

“距離を取れ”

「溜めさせちゃダメなんだろ」

“このままでは時間の問題だ。下がれ”

「っ!」

 俺は声に従って、後ろに下がって距離を作る。

「もらったわ」

 隊長が身体を釣り竿の様にしならせて、そこから渾身の袈裟を放つ。俺はそれを読めてはいた。それを木刀で受け止めるが、受け止めきれずに振り抜かれてしまう。

「そこまでっ!」
「くそっ!」

 本当に、自分の弱さに嫌気が差す。イメージはある。昨日無理矢理動かされた身体。俺の身体はこうやって使うんだと言わんばかりに、お手本のような動きだった。俺にはまだ伸びしろがあったことを喜びたいが、逆に言えば知ってしまったともいえる。この辛く険しい道を行かなければならない、修羅の道だ。

「もう一本」
「次でいい加減ラストにしてあげるわ」

 もうなりふり構っていられない。

「おい、俺の身体を使え」

“ファンタズマが手元に無い以上、それは難しいが……一瞬だけならいけるはずだ”

「チャンスは一瞬か」

“あぁ。だから方法は奇襲。一手で決める”

 そして俺はまた声に従って、接近戦を行う。そして形成が不利に傾いて、距離を置く。

 相手は俺を舐めている。油断はしないと思うが、評価は既に下している。だから、この奇襲は効くはずだ。

「下がるのは、悪手よ」
「知ってます」

 人とは思えない踏切から、一瞬で俺の目の前に袈裟を振りかぶる隊長が迫る。タイミングを読んで突きでカウンター! などできれば苦労しない。俺は木刀を彼女に向って放った。

「!?」

 木刀で戦うルールだが、木刀を離してはいけないルールはない。

 そして俺は……あの男に託すことにした。だが、意識を完全に渡さないように気張る。少しでも学んでやるためだ。
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