第64話

文字数 2,308文字

“心を読む相手をどうやって殺すか”

 そこでジークの懸念が関係する。先のヘリを巡ったやり取りで、ダミアンはジークの意識の外にあったディサイシジョンの狙撃には対応できなかった。つまりジークの思考の外にある要素、外的要因であればあるいは、という考えだ。

 だが誤算があった。先程からジークはイオに身体を操られている。だが、何故かストレスが無い。それはジークがイオの動きを予想しているからだ。


 そう、ジークの誤算は自身の成長である。龍殺しのプロが憑依するという、ある意味一番の身体操作訓練。それが幸いし、成長していたジークはクォーツとの八百長もスムーズに行えた。その直前の龍討伐もそう。

 これが、もしジークが未熟なままであれば、酔うほどイオの意識に身体を振り回された挙句に、副産物としてジークにも予想できない動きで攻撃を仕掛けることができただろう。

 だが皮肉にも、ジークの精神と肉体はイオの魂を受け止めるだけに成長しつつあり、多少のぎこちなさはあれど、少なくとも“イオがどう動くか”を予想出来てしまっている。


 そうなれば当然ダミアンにも思考は伝わり、結果として読めないはずのイオの魂、その思考を読むことができる。

 不幸中の幸いといえば、回避が下手なジークはダミアンの攻撃を避ける際にまだ、意外性のある回避行動を取れるという点だ。だがそれも、何回も行ってしまっては慣れて予想できてしまうだろうし、何よりこれらの思考もダミアンには筒抜けだった。


 そこで元の課題に戻る。ダミアンをどう殺すか。

 心を読まれる場合は、読まれない攻撃をする方法がある。だがそれは現状難しい。

 次の選択肢。偶然に賭ける。だがこれは現実的ではない。意識の外からダミアンを殺す方法も、ある程度予測してしまっている。だからダミアンも、スレイの超高速攻撃を警戒して、彼女が待機している沿岸部とジークとを常に挟むように位置取りを保っている。それに、現実は偶然に期待して生き残れる程甘くはないのである。

 そうなると次は、仮に読まれるとしても対処困難な攻撃を仕掛けること。ダミアンとて他に能力はなく、四肢と四翼とブレスしかないと言い切ってしまえばそれまで。幾つもの方向から同時攻撃を仕掛ければ、タイミングを読めたとしてもいずれはどれかに当たるだろう。

 だがそれだけの手数を揃えるには、相当な人数が必要で、更に個々人に一撃で龍を屠れるだけの火力を求めることになる。

 さらに人数が増えれば、ダミアンがジークの正体を暴露する可能性もある。それはもちろん、冗談や攪乱だと言えばその場は収まるだろう。だが長い目で見た時にそれは避けたい。そういう“直ちに影響はない”ことから、ダミアンもその行為を優先していないのだろう。


 つまり結局はジークほぼ単騎でそれを揃える必要がある。再度クォーツの手も借りたいが、ユキヅキの安全な離脱は地上では担保されないし、仲間を殺された因縁の魔龍を優先して狙わないジークの行動を不自然と思う人間は必ず現れるだろう。


 黒いファンタズマ、そしてヨハンで、それらの要素を揃える必要がある。


「なっがい脳内会議だね! オウサマ!」

 十分に高度が下がった時点で、ダミアンはブレスを躊躇わずに撃つ。ジークは自分で躱そうと考える方向とは違う方向に回避する。だがその行動も、次第にメソッドがつかめてくる。

“クソ! あくまで可能性を残す為に、スレイ隊長の動線を確保するように動いているのかっ!”

「そうなんじゃないのっ!?」
「仕掛けなければっ!」

 やられてしまうだろう。

 ジークは再びヨハンを構え、マグナム弾を撃ち出す。威力も、弾速も既に理解していた。だが一つだけ、先の落下中に試せなかった能力がある。


“マグナム弾の威力を半分にする。その度に軌道を曲げることができる”


 龍相手では二回までが、有効打になる威力が残る限界点だろう。そしてジークはまだその能力を使ってはいない。どれほど鋭角に曲げられるのか、分かっていなかった。

 更にジークがヨハンに命じたのは“ダミアンを殺せ!”である。どう曲がるか、ジークにも分からない。だが微かに、ヨハンと戦った経験がリフレインし、理想の弾道を頭に描く。

「いけっ!」

 マグナム弾を放ち、回転して反動を逃がす。放たれたマグナム弾はダミアンが最も避け難い軌道に、鋭角に曲がり、駆け抜け、ダミアンの左腕部に直撃した。

“二度曲がった!”

 ギリギリで致命傷になり得る威力で当たったはずだった。だがダミアンは健在。しかしその左腕は痛々しく折れており、白い骨が半透明の皮を突き破って飛び出していた。解放骨折である。

 しかしその程度で済んだとも言える。致命傷を避けたのは、左腕に展開されたブレス・シールドであった。それはいつかジークが報告書で見た、ディサイシジョンのシールド。その先の姿だ。ブレスエネルギーであれば容易に宇貫通できる龍の防御フィールドを集中展開し、受け止めたのだ。

「やった! 乗り越えたっ! 僕が、勝ぁつ!」
“終わった……”

 素直なジークの感想だった。今ので、どれだけの性能か理解した。次からは完全な理解の上で撃つことになるだろう。もう虚をつくことはできない。

「惜しかったね!」

 ダミアンは少しだけ焦っていた。しかし窮地を、そして不埒な未来を退けた事実と、既に再生を開始している左腕の痛みが、彼の気分を高揚させた。もう油断も驕りも無く、淡々とジークを殺すだけだろう。

「そうだ! 逃げてみせろっ! オウサマ!!」

 ジークに残された手は、偶然を待つことだけだった。誰かが、何かが、実は、本当は、そんな都合のいい展開は無い。あるのは残酷な現実だけだ。
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