第22話

文字数 1,966文字

 そしてジークは、身体の自由を奪われた。奇妙な感覚で、自分の身体を動かしているのは自分の意志であるにも関わらず、自分以外の意志で動いているのだ。まるで誰かの精神が自分に重なっているようだった。

「ジーク様?」

 ユキヅキが振り向く。ジークが握る黒のファンタズマから、漆黒のブレスエネルギーが湧き出していた。

「下がっていろ、ユキヅキ」
「……はい!」

 ジークの全身を黒いブレスエネルギーが覆う。そして、ブレス・ウイングの様に黒い、光の翼が生成された。だがその翼は一本、右肩からだけ生えていた。

「バランスが悪いな」

 ジークはそう言いながら、慣れたマニュアル車を転がすようにゆっくりと浮き上がった。そして、眼前の龍に向けて急加速する。

「!?」

 龍は驚きつつも、ブレスを吐く為に“溜めた”。
「遅いっ!」

 ジークの持つ黒のファンタズマが、黒いブレスエネルギーを纏う。そして放たれた袈裟切りが、龍の首を切断。更にジークはその勢いのまま、上空へと高度を上げていく。

「クソがっ!」

 アグローら三人は、編隊を再編成することができないまま龍に応戦していた。

「アグロー! 三人じゃ無理だよ!!」

 シロナが再び叫ぶ。アグローもニーシャもシロナも、セオリーは理解していた。だが、龍もそれは同じだった。単騎ではサーベルでの賭けに出る以外、自分たちの命を脅かす存在ではない龍伐隊。脅威となるのは戦闘単位十以上の編隊を組まれた場合であると、彼らは理解していた。だから、再度編隊飛行させないよう、残る四頭は工夫して攻撃を仕掛けていたのだ。

 龍伐隊の練度が低いという事実が露呈する。型通り、テンプレ通りの動きをやらせれば問題無くできるが、イレギュラーに見舞われた途端に何もできなくなる。一つの問題に対して一つの答えや考え方しか教えないようなやり方の弊害であり、龍伐隊というよりはこの国の教育水準が問題であるともいえる。

 散発的な攻撃を仕掛ける龍伐隊を、端から削るだけで簡単に殲滅できる。物言わぬ龍達は、その定石どおりに事を進めようとしていた。

「!?」
「あれは……!?」

 一頭の龍と、アグローが異変に気付いた。眼下の街。勝手に降りた一頭が死んでいる。そして、空を飛ぶ龍伐隊の行動を制限する為に攻撃する四頭のうち、一頭が減っていた。

「もらった」

 気付いた龍の真後ろに、既にジークが回り込んでいた。

 黒いブレスエネルギーを纏った一撃が、龍の頭部を破壊した。

「次」

 ジークがすぐに急降下する。元居た場所に龍のブレスが放たれる。

「やるなっ!」

 ジークは反撃の為ブレスを吐く龍に急接近。龍は拒否する為、ブレスを吐き続ける。

「?」

 だが、龍の視界からジークが消えた。その様子を、アグロー達が傍から見ていた。

「ありえねぇ……」

 ニーシャが啞然としていた。

 ジークはブレスの真下、ブレスエネルギーの熱量を肌で感じるギリギリの部分を飛行して一気に距離を詰めていた。目が二つ付いていようと、ブレスを吐けばその真下が死角になる。わかっていても、誰もやる者はいなかった。

 龍はジークの接近を許したと理解した時、既に首を切断されていた。

「ラストっ! ……!?」

 あと一頭、というところで、限界が来た。

「出ていけっ!」

 ジークの中にある、ジークの意識が戻った。ジークの意志が強いのではない。ジークの中にある何者かの意識が、彼の身体を支配する時間に限界が訪れたのだ。

“まだ、この程度か……”
「五月蠅いっ!」

 解放されたジークは、相当なストレスを感じているようだ。自分の意識も残っているにも拘らず、何者かが自分を“操縦”していたのだから、仕様がない。

 ジーク自身、それによる効果は理解していた。謎の黒いファンタズマは無事機動し、命を脅かす龍のほとんどを討伐することができた。だが彼は人間であり、ストレスに対して素直に反応したに過ぎない。

 次にジークは、その代償を理解するに至る。

「なんだ……?」

 それは急激な眠気である。一人分の脳が、二人分の思考を行った。その結果から来る反動だ。

「ジーク様っ!」

 ユキヅキは空を見上げていた。浮力をなんとか維持して、力なくビルの屋上に降りるジークと、それに迫る龍。ユキヅキは決断を迫られる。

「問題無い」

 無線が入った。その声は、誰もが知っている声だった。

「クソ……まだ……」

 ジークは、降りてくる龍と目が合っていた。身体が動かず、睨むことしかできなかった。空を飛ぶ龍伐隊はジークがなんとかするだろうと、何も動かなかった。彼が限界を迎えたと理解しているのは、本人と、ユキヅキと、眼前の龍だけであった。

「終わりか……」
“何か方法は……”

 龍が大口を開けて、ブレスの光をため込む。

 何者かの意志だけは、諦めていなかった。

 そして、ブレスが放たれて、ジークは目の前が真っ暗になった。
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