第27話

文字数 2,629文字

 拘束を解かれ、一人。俺は廊下で呆けていた。

「ひとまず命が助かっただけましだが……」

 国の長があの調子では、その内龍によってギシミア国は滅ぼされるだろう。

「やぁジークくん」

 オオトモ大臣が現れた。俺は思わず睨みつけた。

「ユキヅキ補佐官に聞いたよ。申し訳ない、状況を把握していなくて」

 大臣が頭を下げたので、俺は慌ててそれを制した。

「いや、そんな。そりゃ大変でしたけど、一言もらえれば俺は」
「いや、これは私のケジメだ」
「……わかりました」

 その現場に、グラディア隊の隊長と、ビンセント総司令が加わる。

「楽にしてくれ。それと、私からも非礼を詫びさせてもらう。君の書類を改ざんした輩は目下捜索中だ。もう少し時間をくれ」

 そう言って総司令までもが頭を下げる。

「えぇい! もう十分です! ありがとうございます!」

 ほぼ命の恩人であり、誤解も解けて協力的な姿勢を示してくれただけで十分だという、本心である。

「というか、俺は昨日今日と、この場の皆さんに命を救われました。その、本当にありがとうございます」
「あら、聞いてたより使えそうじゃない」

 スレイ・グラディア隊長。正直俺にとって彼女の印象はほとんど悪いままだ。

「じゃあ早速、ついてきてちょうだい」
「あ、はい!」

 足早に去ろうとするスレイ隊長を慌てて追いかける。

「じゃ、頑張ってねー」

 軽く言うオオトモ大臣の言葉を背に受けながら、俺は政庁を出た。

 テレビや新聞の記者が、出入口を取り囲んでいた。

「ちっ……邪魔ね」

 自分の車に向かう大臣の一人に、記者がインタビューを敢行する。

「国防についてはどうお考えですか?」
「何をするにも金が必要だ。隣国三国の国民も招き入れることで経済効果が見込める。そこから国防予算を追加捻出する」
「国民からは二十兆にも及ぶ使途不明金について説明を求める声も多いですが」
「我々の目的は国家の繁栄です。その為には、国防はもちろん、経済活動の活性化も不可欠なのです。どちらも、国防の要となる機密事項も含まれます。どうか、国民のご理解とご協力を賜りたい」
「回答になっていないと思いますが!? 大臣!?」

 言う通り、回答になっていない回答を残して、太った大臣は高級車に乗り込んでその場から去っていった。

「早く死なないかしら」

 スレイ隊長がさらっと酷いことを言う。

「ねぇジーク。なんで私たちは毎回自体が悪化してから駆け付けると思う?」
「それは……前線の維持が大変だからでしょうか」
「それも一つ。でもね、一番の問題はファンタズマの使用に都度、大臣の許可が必要だからよ。昨日だってその前だって、オオトモ大臣だけはすぐにくれるけど、他の大臣からの承認を集めるのに時間がかかった。全員はいらないけど、四件は必須なの」
「あり得ないですね。なんでそんなことに?」
「怖いのよ」
「怖い?」
「彼らは私達の“謀反”を恐れているの」
「えぇ……それって、自分たちが謀反を起こされそうだっていう自覚があるってことじゃないですか……」

 なんとも情けない話だ。だが確かに超常の兵器であるファンタズマを全て管理下に置いて、一般隊員の武装も今以上に強化しないのはそういう狙いがあるのかと、納得した。

「そういうこと。なんとも情けない話ね。ま、もう別にいいんだけど」

 だがスレイ隊長は、諦めたわけでもないが、すぐに行動を起こすわけでもない。そういう雰囲気を発していた。

「さ、着いたわ」

 駐車場の、グラディア隊エンブレムが入った車を見つけた。運転席には既にユキヅキ補佐官が乗っていた……そう、乗っていた。ユキヅキ補佐官が。

「あの女っ!」

 俺は肩を振って歩き、車に向かっていた。怒りと、戸惑い、苛立ちと、不安、色々な感情が混じって、運転席の横に着くと、どうしていいのか分からなかった。

「ちょっと、どうしたの? あんたら知り合い?」
「えへへ~」

 ユキヅキ補佐官は明らかに演技とバレるような作り笑顔で誤魔化した。俺もそれに便乗した。

「いえ、人違いです」
「そんなぁ!」

 この女、バカなのか……。
 だがこの女、確実にあの魔龍“クォーツ”で間違いない。問題は、龍伐隊がどこまで知っているかだ。

「ほら、知り合いなんじゃない」
「えぇ。ですが、訓練学校時代に教官として何回かお会いした程度です。俺が怒ってるように見えたかもしれませんが、その原因とは人違い、ということです」
「ふーん」
「そうそう、彼の言う通り」
「まぁいいや。時間がもったいない。行くわよ」

 俺と隊長が乗り込んで、ユキヅキ補佐官は車を発進させた。

「グラディア隊長は、クォーツについてどうお考えですか?」

 確かに時間がもったいないので、直球勝負だ。これで答えを簡単に確認できる。

「クォーツね……アイツが現れてから、睡眠時間削られっぱなし。今すぐ殺してやりたいわ」
「へぇ……ですよね」
「ジークさ……ん。せっかくだから楽しい話をしましょうよ」

 ユキヅキ補佐官が作り笑いで振り向いた。

「前向いて運転してください」

 これで分かった。この女の言うことは俺達だけの秘密か。もし漏らした場合、彼女は龍になって全てを破壊する可能性もある。俺は彼女と二人きりで話をする必要がある。

 今わかっていることは、俺が先代龍王の生まれ変わりで、王から作られたファンタズマを唯一動かせること。そしてユキヅキ補佐官はこの戦争を終わらせる方法を知っているということだ。

 途中、グラディア隊長は助手席で寝落ちした。ユキヅキ補佐官はわざと遠回りをしていた。恐らく彼女を寝させてあげる為だろう。だが、もし起きていたら大変なことになる。特に会話がないまま、グラディア隊の隊舎に到着した。

「着きましたよ、スレイ」
「んが」

 隊長はよだれを垂らしていた。本当に安眠していないんだろう。

「ん、ありがと」

 グラディア隊の隊舎は沿岸部、防壁の裏側で、ブレス・ウイングがあればすぐに防壁を飛び越せるような立地だ。流石は最前線部隊。

「ふぁ……さて、ジーク」
「はい」

 目を擦るスレイ隊長は指を指す。

「あそこで待ってて。人集めるから。ユキヅキは彼についてあげて」

 刺した先は道場のような施設だ。俺は言われた通りその施設へ入っていく。対人戦闘訓練の施設だろう。対人戦闘は形骸化しつつあるという風潮だが、実際龍との戦闘で咄嗟に身体を想った通り動かす為にはPVEではなくPVPの訓練が適している。実戦のような空気感と緊張を味わっておけば、実践でも身体が固まらずに済むからだ。
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