第57話

文字数 1,375文字

「空襲警報……昨日の今日で……いや」

 むしろ好機だろう。防壁は三か所破壊され、修繕は間に合っていない。人間側で使える戦力は連日の戦闘で疲弊気味だ。更に宣戦布告をしたうえで撤退した手前、軍として士気を保つためには手土産等の戦果が欲しいだろう。

「まぁいいや。俺にはもう……」

 関係ないだろう。出来ることと言えば、ここが空爆に遭った時に即死出来ることを祈るくらいだ。苦しんで死ぬのはごめんだ。

「やっと来れた。元気かい? ジーク君」

 聞き覚えのある声だ。そして今一番、聞くとむかっ腹の立つ声。

「何の用だ、オオトモ」
「敬称略かい」
「略してない。付ける気なんて毛頭ない」
「ははは……いや、その通りだ。まず、詫びさせてもらう」
「今更詫びられても、死刑だし。それより避難はしなくていいのか?」
「君とゆっくり話がしたくてね」
「俺はしたくない……!」

 ドアの鍵が開く。そしてオオトモが、恐らく俺の手錠の鍵であろうものを持って、ニヤニヤしながら入ってきた。

「質問だ、ジーク。今この世界にはラーメン屋が一つしかない。他には無いし、選べない。その店のラーメンが美味しくなかったら? もし君の口には合わない味だったら? 君はどうする」

「どうするって……SNSに書くのもしょーもないし、でも選べないなら、我慢するしか……」
「そうか。私はね、私ならね、ラーメン屋を作る」
「……あぁ」

 この男は今、比喩表現をしている。その比喩が、もし俺の想像通りなら、いくつかの想像の一つに当てはまるなら、この男は今、とんでもないことを口にしている。

「詫びと言うのはね、死刑になったことじゃない。君を騙してアレを使わせたことだ」
「何が違う」
「悪いが君をダシに使わせてもらった。私の新しい“ラーメン”の為にね」
「……随分と野心家なんだな」
「野心くらいもつさ。私達と、君達の名前の違い。その理由は知っているね?」
「確か、龍に真っ先に狙われて占領された小さい島国の生き残り……過去災害支援等でやり取りがあったギシミア国に避難して、そこから……あんた、一体何者だ?」
「私はね、スーツを着ないと仕事が出来ない国の生き残りだよ。それに真っ先に狙われた理由。それは滅ぼされる寸前まで、誰が一番悪いかを決める会議を、政治家がやっていたからさ」
「愚かだな……」
「その愚かな歴史を、タケナカ大臣をはじめとした亡命組は繰り返そうとしている。奴らは腐ったミカンだ。ファンタズマの技術を売って、政治に参画した。そこからは、見聞きして体験している通りだよ」

 オオトモはつまらなそうに喋りながら、俺の拘束を解いた。

「さてジーク。君の選択肢はいくつかある、が……。私の“ラーメン屋”に協力するか、ここで私を殴り殺すか。選べ」
「選ぶ前に質問だ」
「どうぞ」
「なぜ黙っていた」
「国崩しだぞ? 関係者は最小限に抑えるものだ」
「いつからだ」
「君が入隊する遥か前から。だが君という都合のいいイレギュラーが見つかって、状況が加速した。戦争も始まったしね」
「あんたの目的は」
「百年後、豊かな国をこの地に残すことだ」
「国崩しが成功して、国を統治するのはあんた一人か?」
「そうだ」
「独裁か」
「そうだ。有能による独裁こそ、理想国家の一つの姿だ」

 オオトモは眉一つ動かさない。用意していたという程度の答えではない。これは彼の“魂”の回答だと、そう直感した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み