第88話

文字数 1,377文字

「ふむ。議長、仮にその爆弾が爆発したとしましょう。何が、どうなりますか?」
「場合によっては、世界が滅びます」

 稚拙な回答に、皇帝の後ろに立つイーサンがいら立ちを露わにした。

「皇帝陛下」
「はい?」
「我が国の前責任者はご存知でしょうか?」
「あぁ、言いたくはないですが、かなり愚かな政治をされていた、あの方々ですね。よくぞ短期間でギシミアをあそこまで持ち直したと、議長に尊敬の念すら抱くほどです」
「それはそうです。ありがとうございます」

 イーサンは苛立ちを強めたが、皇帝は感心していた。

 謙遜は美徳という文化をもつ島国は既に滅びてしまったが、実際、謙遜は美しい。だがオオトモは、自分に対する評価を正しく下す男なのだと、皇帝はそう感じた。できることを“できる”と言われたら、そんなことありませんと謙遜するより、礼を言う方が正しい。度が過ぎた謙遜は、自らの価値を薄めてしまう。皇帝は、そこに現行のギシミア政権の強さを見た。

「あの連中ですが、先の大戦で敵前逃亡を試みましてですね。その時に乗り込んだヘリの情報を解析した限り、進路はこのダリヒテ帝国だったのです」

「貴様! 何が言いたっ!?」

 オオトモの発言は不敬である。それは本人も、周りも重々承知である。イーサンは直情的に、腰に据えた刀型のファンタズマを抜き、脅し半分でオオトモに向けようとした。

 しかし、それを弾いて切っ先を床に触れさせたのは、警戒していたジークではなく、新鮮な魚介類に目を奪われていたスレイ・グラディアの持つファンタズマ“億紫の紅刀”であった。イーサンが抜くのとほぼ同時に抜刀し、彼の切っ先を制していた。

「!」

 会場が一気に緊張に包まれそうになるのを察した両代表は、諸手を上げて自らの部下たちを制した。無論、このような状況で“はいそうですか”と飯が喰えるわけもないが。

「皇帝陛下っ!」
「剣を収めよ。彼らはこの狭き大陸の仲間である。道を違えるべきではない」
「ですがっ!」
「収めよ。三度は言わん」

 この皇帝は、本物だった。独裁国家でありつつも、国民は皆心から豊かに、心からの笑顔になれる。彼の誠実な政治が、今のこの国を作っているのだ。

「私は後出し。自衛してるだけ。そっちが収めたら、収めるわ」

 スレイはイーサンを睨みつけた。イーサンは、隙だらけに見えただけに面食らっていた。

“抜けているように……演技か……? それとも……”

 挑発しようとしたときも、イーサンはジークだけを警戒していたのだ。

「し、失礼いたしました。処分は如何様にも」
「よい。強すぎる貴君の忠誠が具現したのだ。ギシミアの客人よ、この者の無礼を許してほしい」
「陛下……」

 イーサンは申し訳なさそうに、刀を納めた。

「ふん」

 スレイは、鯉口に納められるまで凝視してから、自分も刀を納めた。

「陛下、ご無礼をお許しください」

 そしてミラー皇帝に頭を垂れる。護衛として、ジークも同じようにした。

「いえ。むしろとても優秀な警備です。議長が堂々とされていらっしゃるのは、貴方達の存在も大きいでしょう」
「えぇ。彼らはとても優秀です」
「私の方が優秀です」

 スレイが豊満な胸を張る。ジークは一歩引いて、頷いた。
 イーサンは一瞬、ジークを過小評価した。女の方が優れているのかと。だが、ジークの堂々とした立ち振る舞いを見て、実際にそうなのだと、改めて感じていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み