第53話

文字数 1,028文字

 刃物を持った人間に対し、素手で挑むのは無謀である、とよく言われる。選択肢が多すぎて、模範解答が存在しない。“まずは逃げること。どうしても逃げられない状況になった時だけ、戦う”という導入ではない護身術教室はお勧めしない。


 ビンセントは丸腰というわけではない。ファンタズマを持っている。だがブレスエネルギーを発生させることはできない。対するコンドウもファンタズマを持っているが、わずかにブレスエネルギーを纏っている。

 その差は天と地ほど違う。

 刀はエンタメ作品の描かれ方から、振った軌跡にものがあれば斬れる、という認識を持たれがちだ。だが実際は違う。料理が分かりやすいだろう。包丁で肉を、魚を切る。包丁を当てただけでは切ることはできない。

“当てて、引く”

 これが刀剣による攻撃の基本である。

 だが僅かでもブレスエネルギーを纏っている刀は、SFに登場する光剣のように、振った軌跡に存在する物質を破壊可能だ。

 それだけで、両者のアドバンテージ差は明確だった。


 ビンセントはファンタズマを左手に持ち替える。そして右手で背中をまさぐった。

「どうした? 背中かゆいのか?」
「あぁ」

 そう言ってビンセントは、拳銃を取り出した。ブローバック式の自動拳銃である。

「おいおいまじかよ。ピンポイントメタじゃねぇか……」

 ファンタズマ“月下美人”の弱点である。自身のブレスエネルギー利用もほぼ封じること。そして龍等のフィジカルで圧倒的に勝る相手にはむしろ不利になること。そして、単純に人対人の喧嘩で負けることである。

 剣の腕を鍛え上げたコンドウが、実質丸腰の相手に泥臭い白兵戦を強要出来るのが強みなのである。

 当然、彼も銃は用意していた。だが右手にブレス・ライフル、左手に月下美人を持っていた。一手遅れたのである。

「銃は捨てるな。月下もだ」

 銃を突き付けて有利になった状況でなかなかこういったセリフを言う機会は少ないだろう。

 コンドウに残された選択肢は、放たれた銃弾をファンタズマのブレスエネルギーで受けて消失させること。それだけのエネルギー熱量はある。

 だがそんなことができるなら初めから拳銃など持ち込まない。

「こいつでやろうや……」

 コンドウが残念そうにファンタズマを見つめた。

「生憎体調不良でね」
「うそこけ」
「どうする」
「……わかったよ。今日のところは退いておく。おいお前ら、攻撃中止。撤退だ撤退。あ? 負けたんだよビンセントに! これ以上恥かかすな! 撤退だ! 撤収!!」
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