第58話

文字数 2,295文字

「気に入った。そのイカれ具合もだ」
「交渉成立、と捉えて問題無いな?」
「あぁ。乗ったぞ、その話」

「では防衛大臣オオトモの名において命ずる。ジーク・フリードリヒ、民間協力者として、国宝たるファンタズマを含む我が国の技術を持ち出し、国外逃亡を図る“元大臣”十二名を誅殺せよ!」

 人生において、これほど待ち望んだ命令は無い。

「了解!」
「じゃあ早速」

 隊服を着た一人の女性が現れた。華奢な身体つきに、鋭い目つき。腰まで伸びた黒い髪。

「?」
「サクヤだ。ビンセント隊の補佐官で、私の元秘書」
「はじめまして」
「鍵も諸々彼女の手配だ。ビンセント隊に置きながら、裏で色々と手を回してもらっている」
「隊服と、装備品と」

 サクヤ補佐官がテキパキと装備品を廊下に並べる。俺は断りを入れて服を脱ぎ、隊服に袖を通す。その間、補佐官は一つの木箱を慎重に取り出す。

「これを」

 箱に入っていたのは一挺のリボルバー式拳銃だった。

「ギシミア国初、銃型のファンタズマだ」

 オオトモが嬉しそうに言う。

「刀、じゃあないんだな」
「君の刀は先約がいるだろう」
「なるほど……確かにな」

 俺はその拳銃型ファンタズマを手に取った。

 大口径リボルバーでおなじみレイジングブル並みの大きさで、ブレス・ライフルのように垂直二連かと思う程、銃口下部の金属部分が大きい。恐らく“眼”に対応した照準補助装置が組み込まれているのだろう。全体は角ばったデザインで、付属のホルスターはカイデックスのサムブレイク方式。ベルトを装着し、サイストラップを巻く。俺は右利きだがホルスターは左用だ。刀との併用を想定しているらしい。

 その証拠に、弾倉はスイングアウト式ではなくトップブレイク式(中折れ式)だ。ロック機構はアンビ仕様(左右どちらの手でも操作できる構造)になっている。

 使用感を確かめる為、一度弾倉を開く。本来はここで装填されている弾薬や空の弾薬は排出されるのだが、今は弾が装填されていない。銃身も確認し、再度本来の形に戻す。

 そして誰も居ない方向へ銃を向け、ゆっくりと引き金を引き絞る。トリガープルやシアの感覚を確かめる為だ。

「ちょっと待って」

 サクヤ補佐官が銃の弾倉を抑える。引き金と連動する弾倉の回転を止められると、撃発できない。

「いや、ちょっとトリガープルを」
「ダメです。ここでは」
「え、なんでですか」
「そういうもの、だからです」

 箱にはそのまま詰められた六発の弾丸。そしてスピードローダーにはめ込まれた六発の弾丸が二セット、収まっていた。

「弾はこれだけ……」
「突貫工事で技術部が頑張ってくれたんだ。弾は普通の龍から取れる素材からでも作成可能らしいが、今はそれが精一杯だって」
「そうか……うぐぅ!!」

 急な頭痛と耳鳴り。そしてすぐに収まる。

「取説は問題無さそうですね」
「だね」
「取説……? あぁ、なるほど」

 ファンタズマは生きている。生きているからブレスエネルギーを能力に変換して放出できる。このファンタズマも生きていて、今俺を適合者として認めたのかもしれない。確かに、コイツの使い方や仕様がすぐに理解できた。サクヤさんがドライファイアを止めた理由も分かりやすい。

 こいつにドライファイアというものが存在しないからだ。

「ヨハン……」

 我が子を武器にする日が来るとは……嫌な時代だ。

「ライフルはどうしますか?」
「持って行きます。念のため」
「ライフルとウイングもアップデートしてあるらしいから、お楽しみに」
「アップデート? ディサイシジョンが使ってるやつか!?」
「いや、基本スペックは変わってないらしい」
「なんだよ……」

 装備完着した俺に、オオトモが端末を見せる。タブレットには“元大臣様ご一行”を乗せる予定の輸送ヘリが映されていた。

「映像はリアタイ。今物品の積み込み中だ」
「私の部下が黒いファンタズマの積み込みも確認しています。選抜パイロットと機種から、上空およそ六キロメートルの高さを飛行し、雲の中を通って大陸の反対にある“ダリヒテ帝国”へ亡命予定とのこと。今日は上空の気流が不安定な為、洋上へ出て大陸の南側から沿岸部に沿って飛行するつもりのようです」
「了解です」
「現実的なプランですが、今からの離陸阻止は現実的ではありません。失敗した場合ファンタズマを持ち出される可能性もあります。その為ヘリの発進後、下後方からのアタッチが現実的です。カタログスペック上、ヘリの航行速度は時速にして二百キロメートル程。ブレス・ウイングの最大速度で、追いつける速度です」
「絶対防衛ラインがあるとすれば国境だ。領海内に諸々落ちたりするのは避けたい。領空侵犯もどこまで話をつけているか知らないが、これも可能な限り避けたいな」
「では廃墟エリアと重なる時点でアタッチするように、誘導を頼む」
「任せとけ」
「以上です。私は前線へ」
「ありがとう、サクヤ」

 説明と片づけを同時並行していたサクヤ補佐官は、足早にその場を去る。

「オオトモ、頼みがある」
「なんだ?」
「ユキヅキを呼び出せるか? 彼女は俺に必ず協力してくれる。それ以上は戦力を割くわけにもいかないし、失敗した時の尻尾切りも少ない方がいいだろう?」
「なるほど。手配しよう」
「!」

 地震のような揺れが起きた。窓の外ではブレス光と思われる光が点滅していた。

「もう突破された!?」
「大臣! 報告です! 魔龍に防衛ラインを突破されました!!」
「何!? 砲撃手は何をしていた!?」

 オオトモは無線に返事をした。

「それが、全く攻撃が当たらず、いとも簡単に……」
「魔龍……そういう能力か?」
「オオトモ、俺は行くぞ」
「頼む。私も指令室から支援する」
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