第七項 クリスマス前段

文字数 2,922文字

 「という訳で、森柴さんが本気なんだ……このままじゃ……」
「このままじゃ?」
「このままになってしまう!」
「……」
 なにを話してるかわかりませんよね?どうやら蓮は、”悪魔ごっこ”に登場した強力お嬢様、サラさんとの関係に困っているようです。今は近くのカフェに入って、みんなでお茶の最中です。
 森柴紗良(もりしばさら)(19)さん。神戸の芦屋に実家がある、超お金持ちのお嬢様。蓮の通う大学の、森柴学部長の姪子さんです。しかも森柴学部長は、蓮の戦う秘密組織、“教導団(オートポル)”の幹部でした。日本に設立された末端組織、”新世界”を率いて、蓮と戦ったのです。”悪魔ごっこ”のラストバトルで、天使ラグエルと化したお方です。
 「研究室のみんなで森柴学部長のお葬式に行ったらさ、彼女泣きながら俺に抱きついてきて」
なんか、その様子が目に浮かびますね。
「なんとか彼女をなだめたんだけど、とんでもないこと言い出したんだ」
「とんでもないこと?」
「ああ。俺のこと、自分の恋人だって宣言したんだよ。すごい数の弔問客の前でさ」
「はぁ……」
「冗談じゃないよ。それを聞いたオバ様方が、勝手に盛り上がっちゃってさ」
「大変そうですね」
「とんでもないんだよ。結納はいつで、どこそこの料亭でやろう、とか言い出して」
「……」
「このままじゃ俺、勢いで森柴一族にされちゃうよ!お願いサキちゃん。恋人になって俺を助けて!」
「恋人になって!?」
 これは告白でしょうか?というより、”恋人のフリをして”っていうべきではないでしょうか?ま、当の私は機嫌が悪くって、そんなことを気にするより、イヤミを言ってしまうのですが。
「悪くないんじゃないですか?サラさんお金持ちだし、結構美人だと思いますよ?」
「勘弁してよ。好みとかは置いといて、そもそも俺は”話を聞かないヒトが苦手”なんだよ」
蓮が子供みたいな表情で縋ります。正直ちょっと可愛いです。ついつい、調子に乗って意地悪したくなっちゃいます。
「思い込みで止まらないヒトとか、他人の意見を頑として聞かないヒトっているでしょ?そういう方と仲良く過ごすなんて無理。それに俺には裏の顔がある。とてもじゃないけど、あの娘とはやっていけないよ!」
なんというか、サラさんも酷い言われようです。そして蓮、ちょっと必死すぎ!本気でイヤなんですね……
 「サラさんの件はわかりました。蓮野さんが追い詰められてることも」
「ありがとう。助かるよ」
「でも、どうして私なんですか?蓮野さんには女性の仲間もいるんでしょ?」
「それは……」
この質問に、彼はキョトンとしました。そして誰から見てもわかるほど、困ったお顔になりました。
「私じゃなくっても、女子大生とかOLの仲間がいらっしゃるでしょう?私みたいな素人が、お役に立てますか?」
 正直私、嫌な女になっています。私がこんな風になっちゃったのも、蓮に本気だからかもしれません。気持ちが暴走して、逆へ逆へと進んでしまうのです。すると
『言われてみれば……どうして俺はこの娘に?いつもならまずセトに相談するのに……秘密を知る娘を、わざわざ深入りさせることもないだろうに……』
彼の心の声が、はっきりと聞こえてきました。このときは、自分の頭がおかしくなっちゃったのかと思いました。
『らしくないな。俺はただ、この娘に会いたかっただけなんだ。会う口実ができて嬉しくて、考えなしに走っちゃったよ』
確かに声が聞こえます。口は動いてないし、アマノたちにも聞こえていないようです。そうですよね?こんな告白みたいなことが聞こえたら、みんな驚いているはずですものね。私には彼の心の声が聞こえてきて、彼が頭の中を整理していく様子が、手に取るようにわかります。
 一通り頭の中をグルグルさせたあと、彼はある結論に至りました。
『なんとか誤魔化して、この場を解散しよう!』
まるで、面倒なお客様と会議中の営業担当です。続けて彼の本音が聞こえてきます。
『決心したんだろ?あの女性(ヒト)……クレナみたいにしたくない。だったら』
それで私は一段とがっかりして、というか、”あの女性”のところに反応して
「大切だから……遠ざけるんですか?」
責めるような口調で、彼に詰め寄りました。

 「えっと……ごめんね。お嬢さん'sのみなさん」
そう言って蓮は帰ろうとしました。
「急な婚約イベントで、正直テンパッててさ」
そして伝票を手にとって
「それじゃ、今日のことは内緒にしてね。あ!でも、結婚式場に飛び入り参加して、”その結婚、待った!”って来てくれるなら、歓迎するよ。俺のこと、お姫様だっこして連れ去ってくれると最高だね」
帰ろうとしました。さっき私が発した言葉を聞いて、一瞬表情を強張らせましたが、すぐにいつもの作り笑顔になって
「それじゃ、今度また食事に行こうね」
嘘をついて帰ろうとしました。
 「いえ。こちらこそご馳走になってしまって、ありがとうございます。上手くいくといいですね。蓮野さん」
そんな彼に、私は容赦なく突っかかります。それでも彼は笑顔を崩さず。お会計を済ませに行きます。アマノとメグは、私の感じ悪い態度に、ずっと戸惑っています。
 あ!また彼の思考が流れてきた。
『怒らせちゃったな……まあ仕方が無い。あの娘に恋人役をお願いするのは危険だ』
支払いを済ませ、笑顔で戻ってきます。
『もし恋人ごっこなんかしちゃったら、気持ちが育っちまう。俺はこの娘に夢中になる』
心の中で、苦悩しながら。
『もう、クレナみたいなヒトを作っちゃだめなんだ』
また”クレナ”さんです。クレナさんって誰ですか!?
イライラしたままお店を出ると
「ふぅっ。ここの紅茶美味しかったね。火曜日限定のチョコレートパフェ・洗面器スペシャルもすごいらしいよ」
彼が適当に、話を終わらせようとします。洗面器サイズの大皿に、1.5kgの甘物が凝縮しているパフェをネタにして、私の質問に答えず、誤魔化して帰るつもりのようです。
「じゃあ僕はこれで。またね」
「あの……ご馳走様でした」「ご、ご馳走様でした」
アマノとメグがぺこりと頭を下げます。彼は優しく微笑んで、手を振りながら歩き出します。
 「待ってください!」
私がそう声をかけたとき、彼は”え?”っていう表情になりました。
「さっきのお話ですけど」
いいです。わかりました。わかりましたよ!
「お手伝いしてもいいですよ」
そっちがその気なら。勝手に納得して、私のことを諦めるっていうのなら。私はそれに対抗します。諦められないようにしてあげるんです。
「で、でも」
「いいんです。だって私、いっぱい助けてもらったのに、なんのお礼もしていないでしょ?」
心のこもっていない、冷たい笑顔を彼に向けます。
「いや……お礼なんて……」
彼は困惑していました。心の中もいろんな感情が混ざってて、複雑怪奇な状態です。
「私、とっても可愛い彼女を演じちゃいますよ」
そう、貴方が夢中になっちゃうくらいの。私のことしか考えられなくなっちゃうくらいの、可愛いすぎる彼女を……
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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