第九項 絶賛、クリスマスイブ!

文字数 3,310文字

 「あれ?どうしたの蓮」
さあ、演技開始です。ここからは、早苗沙希がナレーションします。
「そちらの方は?」
「昨日話した森柴さんだよ」
「蓮のことを好きだっていう、物好きな方?結納がどうとか言ってなかったっけ?」
「そう。だから今日はっきりと”俺には彼女がいる。諦めてくれ”って伝えたんだけどね」
 そして蓮は私の肩を抱き、ホッペにキスしました。こんなことで動じてはいられません。私は平静を装って演技を続けます。
「ふぅ~ん。じゃあどうしてここに?あ!ごめんなさい。お茶淹れますね」
「ありがとう。いつものでお願いね」
「またダージリン?飽きないんだから。あ、蓮。洗濯機回してくれる?」
「りょ~かい」
まるで新婚夫婦のような、初々しくて仲のいい雰囲気。”いつもの”で通じあっている感じが微笑ましいです。微笑ましさと反比例して、サラさんのお怒りがすごいことになってましたが……

 「ふ、2人は一緒に住んでるの?」
「まさか。今は休日一緒に過ごせるだけ。さすがに俺が学生の間は、親の許しが出なくてさ。とは言っても、もうご挨拶は済んでるけど」
「そ、そんな……それじゃあ」
「そう。だから俺、大学でも他の女性に興味を示さなかったんだよ。大切なフィアンセがいるからね」
これにはさすがのサラさんも堪えたようです。愕然とした表情で、口元にカップを当てたまま、お茶を飲まずにぼーっとしています。
「体よく諦めて欲しかったんだけど、わかってくれなくてね。だから部屋に来てもらったんだ。百聞は一見にしかず。合鍵を持った彼女を見てもらった方が、わかりやすいからね」
「あ、合鍵を持ってるの?」
「そうだよ。だってフィアンセだし」
どうやっても自分には入り込む余地がない、2人の仲がびっくりするほど進んでいることに、サラさんは打ちのめされていました。だんだん惨めな気持ちになっていくのがわかり、正直申し訳なく思えてきました。

 私がカップを片付けて洗い物を始めると、蓮が仕上げに入ります。2人だけでのお話です。
「コ、コスプレが好きなのね?わ、私だってあれくらい……」
「あれはただの趣味。俺の好みはキミじゃなくって、あの娘みたいな素直な娘。しかもメチャクチャ可愛いだろ?もうあの娘なしには生きていけないよ」
 物語にも出てこないようなセリフを平然と繰り返して、彼はサラさんを拒絶しました。わざと彼女を怒らせようとしているのです。怒りで暴走すれば、自分から”別に蓮(あんた)なんか好きじゃない”って言ってくれるからです。そして思惑通りに、ことが進みます。蓮のこういうところ、本当にさすがです。
 「わ、私だって別に、本気であなたを好きだった訳じゃないんだから!」
サラさんが涙を堪えながら、負け惜しみを口にします。
「そうなんだ?」
「そ、そうよ!そうに決まってるでしょ!?ロリコンでコスプレ好きなんて、あなた変態よ!気持ち悪いのよ!」
 なんというか、蓮を諦めてからのサラさんのセリフは凄いものでした。洗い物をしながら、聞こえないフリをしていましたが、正直怖くて振り返ることができません。そのまま蓮は一通り、甘んじて罵られていました。まあ、仕方なくこんなことをしたとはいえ、蓮は蓮で反省しているのでしょう。彼女が帰るまで、30分以上耐えていました。

 「ちょっと、キツすぎたと思いますよ?」
ぐったりしてソファに撃沈している彼に、紅茶を淹れてあげます。
「仕方ないさ。言ってわかるヒトじゃなかったから」
「なんか、すごい悪事の片棒を担がされた感じ……」
「感謝してるよ。あんまり可愛いもんだから、本気で好きになりそうだったけどね」
無理して話をそらそうと、彼は軽口を叩きました。でも
「それ、本気にしちゃいますよ?」
彼の本心を知っている私は、とっても素敵に微笑んでみます。ヒラヒラドレスのまま、自分でできる一番可愛い笑顔を見せつけてあげるんです。
「う……あ、えっと……」
彼は少し赤くなって、目をそらしちゃいました。
 そんなときに、突然電話が鳴ったのです。
「え?なんだって?急になにを……」
もう少しで彼を落とせそうだったのに……でも、仕方ありません。非常事態発生です。
「今駅!?そんな急に言われても、迎えにも行けないよ?」
私との会話に行き詰った彼は、電話が鳴って、”助かった”って表情になりました。相手も確認せず、電話に出てしまったのです。そしてすぐに、顔色が絶望一色に染まります。
「ちょ、待てって!俺にだって予定があって……いや、その……え!?ちょ!」
なんだかよくわかりませんが、とてつもなく動揺しています。一方的に電話を切られた彼は、急いで誰かにお電話です。
「ハ、ハスノか?俺だ。緊急事態発生!」
ハスノさんというのは蓮の部下で、”悪魔ごっこ”のラストステージで助けてくれた、元傭兵夫婦さんです。蓮の戸籍操作のために、養子にしているご両親でもあります。
「コトネがこっちに来てる!え?イヴに帰省しないから怒ってる!?とにかくすぐ来てくれ!2人でこっちに来て、コトネを連れて帰るんだ!このままじゃ俺……」
情けない声でアタフタする蓮。なんというかこのヒト、戦いよりも人間関係で悲壮な表情を見せてくれます。
「参ったな……想定外だ」
「どうしたんです?」
「義妹が来た……絶体絶命だ」
「妹で……絶体絶命?」
「義理の妹なんだけど、ブラコンなんだ……しかもやたら強気で、俺の話なんか聞きやしない」
 お聞きの通り、義理の妹さんがすぐ近くまで来ているようです。それも抜き打ちで。焦った彼は義理のご両親に電話して、連れ戻すように指示したようですが、どうやら失敗したみたいです。
「なんか、蓮野さんの周りって、わからず屋が多いですね」
「そうなんだよね。冷静に話ができれば、トラブルなんて起きないのに。争いになんかならないのに。人間には心があるから、どうしてもさ」
「話のスケールが大きくなってませんか?」
「ああ。話がそれちゃったね。今はやるべきことをやろう」
「やるべきこと?」
「早く制服に着替えて」
「え?今度は制服ですか?」
「うん。女子高生として、もう一幕お願いしたいんだ」
「そんな話聞いてませんよ?それにどうして、毎回服装に指定があるんですか?」
「それはもちろん、君のいろんな格好を楽しみたいからさ」
「やっぱ帰ろうかな……」
「ごめんごめん。本当にごめん!義妹を、コトネを撃退するために必要なんだ」
「どういうことですか?」
「自分と同い年くらいの別の女性、俺がそういう娘を選んだとしたら?」
「え、選んだとしたらって……」
「もし、女子大生やOLが相手だったら、”今は年の差でしょうがない、でも、20を超える頃には自分だって!”ってなる可能性がある」
「は、はぁ……」
なんていうか、蓮にしては随分自信過剰というか、惚れられてるって認識が強いかも。
「コトネは”自分が高校生だから、子供だから、俺に相手にされない”って思い込んでる。そこを逆手に取る。俺が女子高生とラブラブで、”そもそも自分にチャンスは無い”って気づいてもらうんだ。ちょっと刺激が強いかもだけど」
「な、なにも……そこまでしなくても」
「いや、ここが重要なんだ。変に思いつめて、長い年月を無駄にするのはよくない。身近にいるってだけで、俺のことを好きだって錯覚するのは不幸だよ。もっといろんなヒトと出会って、悩んで、ちゃんとした恋愛をした方がいい」
 こういうところは”まとも”なんですよね。ただ、私には彼の本音が聞こえています。彼はコトネさんの記憶を操作して、長い間ずっと、義理の兄妹であったかのように思い込ませているのです。そのとき植えつけた”仲がいい兄妹の記憶”がコトネさんの中で美化されてしまい、まさかのブラコンルートに入ってしまったようです。それを後悔していて、でも、記憶を戻す訳にいかなくて、こんな事態に陥ってしまったのです。
「だからお願い!早く着替えて!」
自業自得なこの方に、合掌されてお願いされちゃいました。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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