第二項 死神を想う悪魔

文字数 2,943文字

 『見えますか?あなたのために用意された運命が……』
「ああ、よく見えてるよ」
そう、俺にははっきりと見えている。
『越えられますか?運命という名の悪意を……』
「超えてみせるさ。じゃなきゃ」
高速で刀を振りながら
「リジルもサキも、失うんだろ?」
 俺はリジルと戦っていた。守りたい相手と戦っていた。
「戻れ!戻ってくれリジル!」
「我はサリエル……”神の命令”。生と死を司りし」
「違う!お前はリジルだ!この世で唯一の、フェルトの兄貴だ!」
 もうリジルは、言葉の通じない相手になっていた。自分の名前も分からなくなっていた。
「黙れ!」
 さてみなさん。語り部は蓮野久季に交代です。突然ですが、みなさんは俺のこと、どんな男だと思ってる?え?戦闘中に何言ってるんだって?そうだね。実は俺、追い詰められちゃってるんだ。大切なヒトを天秤にかけられて、どうしようもないくらい、冷静になれないんだ。
 もう一度聞くね。ここまでの物語で、読者のみなさんは俺のこと、どんな男だと思ってるのかな?異能があって、格闘技もできて、なんだかんだで最後には勝利を手にする、ベタな主人公だと思ってな~い?
 でもそれは違う。俺はいつも必死で、一生懸命足掻いて、生き残れただけなんだ。毎回ビクビクしながら、”本当にこれでいいのか?もっといい方法はないか”って、内心怯えながら戦っている。ヘッドホン越しに、セトに相談しながら戦っている。勉強にしてもスポーツにしても、自分でやるより外から見ている方が、”ああすればいいのに!”みたいに思うときがあるでしょ?自分は一生懸命やってるのに、傍から見ると下手っぴだったりすることがある。だから俺は、セトにアドバイスをもらってる。客観的にアドバイスしてくれるセトと相談しながら、がむしゃらに戦っている。そうやって、なんとか生き残っているんだ。
 今だって、目に涙を溜めながら、泣きそうになりながらリジルと向き合ってる。あいつと戦ってるこの状況が苦しくて、悲しくて、おかしくなりそうなんだ。
 サキちゃんと出会えて、俺を支えてくれて、ひとりで過ごす夜がなくなった。それはとっても幸せなことで、不安を抱えて震える時間を消し去ってくれた。でも、ひとりで泣く時間を、俺は失ってしまった。だから悲しみの耐性が弱くなっちまったのかもしれない。
 サキちゃんの目線で語られる俺は、強くて機転が利く、特別な存在に見えるかもしれない。でもね、異能、戦闘技術、年不相応な知識や判断力があったとしても、所詮は人間なんだ。ヒトより多くの道具を持っているだけの、ひとりの若者に過ぎないんだ……
 そんな俺の心(うちがわ)に
『想いが届くとは限らない……受け取り方は、相手次第だからね。大切なのは、キミに覚悟があるのかどうか、なんだよ?』
なんて声が響いてくる。
「わかってるよ」
 現実世界で刀を振りながら、俺は彼らと言葉を交わす。俺の中にいる、20人くらいの声と。陽が暮れて、小雨と共に、夜が全てを覆っていく。暗くなって、自分と外界の境界線が曖昧に感じられる。オカルトやファンタジーの世界には、ちょうどいい演出だよね? え?20人は半端だって?そうだね。旧約聖書のソロモン王が、国際化のもとに奉った悪魔は、”72柱”だもんね。俺に語りかけてくるのは、サタンをはじめとするような、有名な悪魔様じゃないよ。
 話がそれちゃったね。閑話休題。俺には不自然な過去がある。”争いの烙印(プラヴァシー)”を宿して刻(とき)を失い、自然死とは縁が無くなった。だから30年以上前から、ほとんど歳を”取れない”んだ。
 でも、俺の秘密はそれだけじゃない。プラヴァシーではなく、俺自身にも秘密があった。

 俺には、”前世”がある。

 前世とか死後の世界なんて、存在しない。キリスト教でも仏教でも、死後の世界を語るのは、人間に少しでも倫理感を与えるため、戒めるためなんだと俺は思う。死後の世界が存在すると思わせることで、現世で己を律して欲しいんだと思う。悪いことをしたら、地獄に落ちちゃうよってね。
 だけど、”俺には”前世がある。考えたこともなかったけど、プラヴァシーを偶然宿したことで、俺は、”俺の前世”を自覚した。だから、この歳では知りえないようなこと、経験しえないようなことを身に付けることができたんだ。”前世の俺(彼ら)”の、悲しい記憶とともに……
 そして今、その悲しみが再現されつつある。我が子のように想っている、大切なリジルと引き裂かれた。恋人だが、娘のように愛おしいサキの身に、危機が迫っている。リジルが死神になりつつあり、サキの隣にセシルが立っている!
 俺が大切に想えば想うほど、”引き裂かれたら耐えられない、心がもたない”ほど愛すると、神(アイツ)は俺を、俺たちを苦しめる。俺たちから、大切な子供たちを奪おうとする。
 『避けようのない窮状にこそ、新たな道を探るチャンスがある。憶えているかい?』
「ああ、憶えてるよ!」
リジルとサキ、両方を救いたい。守りたい。でも、それはひとりじゃ無理なんだ。そう、”俺ひとり”じゃ、無理なんだ……
 「ここまでだ!」
戦いに集中しなかったから、って訳じゃないけど、俺はズタズタにされて座り込んでしまった。リジルの翼、水の羽ばたきが撒き散らす氷の刃に、全身を貫かれちまった。何本かは刀で弾いたし、回避もした。だけど、刺さったら痛そうなところに、何本ももらっちまった。
 「リジル……フェルトを一人ぼっちにするのか?たった一人の妹を、捨てちまうのか?」
死神の鎌を携えて、リジルが俺を殺しに来る。暴力とは無縁の世界に包ませたい、少しでも幸せになって欲しいと願った子が、俺を殺しに来る。
「フェルトを守るために、生き抜いたんじゃないのか?」
「フェルト……俺のいもう……くっ!」
 自分の名前は忘れても、妹の名前には反応してくれた。そうだ。恐くて聞けなかったけど、大切なことを聞いてみよう。リジルが現れてから、ずっと気になっていたこと。でも、口にすることが出来なかったこと……
 「なあ、リジル……」
『知恵の実を食べたその日から……』
「本物のフェルトは」
『人形は人間になった……』
「どこにいるんだ?」
 この問いに、リジルは左眼を押さえて呻き出した。そして
「死ね!争いの烙印よ!」
俺の腹に鎌の柄を、槍のようなそれを突き刺した。まるで思い出したくないなにかを振り払うかのように、ただただ急いで、俺を刺した。俺の腹を貫いて
「神の命令(ほろびよ)!」
偉大な異能を開放した。刺さった槍の先端を水の第四相、超臨界水へと変化させたんだ。それが体の内側から、俺の内臓を消滅させる。
 ……なのに、俺は痛みを感じない。体の痛みがわからない……だって
『きみは人間になってしまい』
心の方が、ずっとずっと、痛かったから……
『永遠の旅を義務付けられた……』
 大切なヒトを助けたい……どうしても、守りたい……
 それができるなら俺は……
 「悪魔(かれ)に助けてもらおうと思うんだ……カイン」
”前世の俺(かれ)”に全てを委ね、血塗れの心を捧げるしかなかった……
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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