第十三項 ク……クルシミマス……

文字数 6,610文字

 「油断した……どうして気づかなかった?」
蓮は左肩を押さえ、痛みに顔を歪めました。抱しめ合う私たちを狙うスナイパー。その気配に気づいた彼は、私を庇って肩を撃ち抜かれたのです。
「蓮……血が……」
「大丈夫。肩は筋肉が多いからね。結構平気なんだよ」
無理に微笑んでいるのがわります。痛みだけでなく、利き腕を封じられて追い詰められているのに、彼は私を気遣ってくれるのです。
「さて、どうすっかな」
私を守りながらどう戦うか、彼は必死に考えていました。手持ちの武器が、小ぶりのナイフ数本と、”いたずら小道具”だけのようです。それはそうですよね、私服で刀や銃器は持ち歩けないですもんね。だから、戦い方の幅が狭くなってしまっているのです。ところで、いたずら小道具ってなんでしょう?
「あのね……蓮」
「大丈夫だよ。心配しないで」
そんな彼に、私が力になることはできないのかもしれません。非力な女子高生に、戦う彼の手助けなんて、できないのかもしれません。でも
「そうじゃないの。私、聞こえるの」
私がもし、異能者だったら?継承者である彼と接したために、感染者として覚醒していたら?
「ん?聞こえるって、なんの話だい?」
「私、みんなの心の声が、聞こえるの」
「それって……まさか?」
「あの占い師さんと同じかも知れないの。信じてくれる?」
「ああ」
 私がキャフィスに目覚めつつあることを知った蓮は、複雑な表情をしました。ちょっぴり悲しそうで、辛そうに顔を歪めたのです。でも、すぐに現実として受け入れて
「それで?どうして今その話を?君は俺に、何を伝えたい?」
「え、えっと……じょ、情報……」
彼の切り替えの速さに、私は驚いていました。だって、もうさっきまでのこと、私との恋愛コントは頭に無くて、”どうやって戦うか、私を守り抜くか”しか考えていないのですから。
「周りにいるのは10人。7人が円になって包囲していて。少しずつ円を小さくしながら、私たちを探しているみたい」
「奴らは、俺たちの場所を特定できないのか?」
「うん。暗視スコープっていうのを使ってるみたいだけど……あれ?日本人じゃないのかな?」
「日本人じゃない?どうしてわかる」
「その、心の声が聞こえるというか……感じて理解はできるの。でも、”聞こえて来る音”が、日本語じゃなくて」
「わかった。話の腰を折ってごめんね。他にわかることは?」
「えっと……彼らの狙いは蓮だけみたい。その……仕事で狙ってるみたい」
「仕事?ああ、任務ってことか」
「そ、そう!そんな感じ」
「なるほどね。君のことは認識してる?」
「私のことは……えっと……眼中にないみたい」
「いいね。楽勝な予感」
 もう彼の表情は、さっきまで私に振り回されてあたふたしていた、情けないものではなくなっていました。戦闘中に見せてくれる、理知的でありながら野生的な横顔です。
「きみは相手の居場所もわかる。そうだよね?」
「え!?あ、はい。心の声が聞こえてきて、それで場所がなんとなく」
彼の表情の変化に見入っていた私に
「わかった。君は上手く公園の中を逃げ回ってくれ」
彼は逃げ方を指示するのです。
「公園の中を?外に出て、助けを呼ぶんじゃ」
「こういうとき、公園の外側にも敵がいるって考えるべきだ。だって、敵と俺たちしかこの公園にいないなんて、不自然じゃない?誰かが入園規制してなきゃ、こんなシチュエーションは作れない。そのへんに抜かりはないはずだ」
「な、なるほど……」
「だから、奴らの声から位置をイメージしてさ、上手く遭遇しないように動いてくれ。なんて言うか、超能力者ならではの”かくれんぼ”をしてくれればOK」
「わ、わかった」
「んじゃ俺は、ちょっくら遊んでくるね」
 さあ、ここからは戦いのお時間です。暗闇の中に消えて行った蓮が、どんな戦いをするのか、ご期待ください。

 「くっ!なんだあの化物は!」
いきなり化け物呼ばわりとは、酷いヒトたちだよね?俺はちょっと闇に乗じて、三人ほど始末しただけなのに。街灯も消えた広大な公園。月が雲間に身を隠し、近隣の住宅街が停電で真っ暗になってるもんだからさ、今は完全な暗闇だ。
 奴らはプロだ。完璧な連携と、状況にぴったりの装備。大したもんだ。んでもって、俺はそれを逆手に取ろっかなってね。わざと見つけやすい芝生の広場に飛び出して、少し走って発見せるんだ。さ~て、みんなが俺にご注目。いっちょ、かっこいいところ見せてやろうかな。
 俺は閃光弾をぶちかました。え?なんでそんなものを持ち歩いてるのか気になる?それはもちろん、こういう場合に備えてだよ。そんな危ないもの、持ち歩いてるのがバレたら大変だって?バレないように工夫してるよ。俺、タバコ吸わないんだけど、ライターやタバコの箱は常時持参してる。中身はちょっと言えない物ばかりで、閃光弾もそのひとつ。
 暗視スコープなんか使ってるから、敵は目がくらんでしばらく戦えなくない。両目を押さえて悶えまくってる。ちょうどあれだね。ラピュタのラストシーンで、飛行石で目がくらむあのシーン。
 んでもって、戦闘不能な敵さんを、容赦なく刺しちゃった。3人ほどね。
「貴様……逃げられると思うなよ」
おっと、円の外にいた3名様がおいでなすった。3人が剣を抜いて並んで構える。右の奴は上段に、真ん中の奴はしゃがんで下段に構えた。でもって、左の奴は突いてくるみたいだね。
 「シッ!」
奴らは真直ぐに突っ込んできた。こっちが銃器を持ってないからって、腕によほど覚えがあるからって、真正面からバカ正直に突っ込んで来るなんてさ。
 俺はそれに向かって走り、頭上を飛び越えてみた。まさかそんな真似すると思わなかったんだろう。つーか、俺のジャンプ力をなめんなよ。上段からの振り下ろしと、中断突きは空振り。下段からの斬り上げは、空振りしたまま隣の仲間(突きを放った奴)の腕を切り飛ばしていた。俺は着地と同時に反転して背後から踊りかかる。右の奴を蹴倒して、ついでに剣を頂戴する。んでもって、真ん中の奴を横薙ぎに斬り倒した。
 そんな戦いを見ていた残りの四人が、再び俺を包囲する。
「捨(しゃ)!」
おいおい!ヒトが解説している最中に、こいつら突っ込んできやがった。四方から4人同時に斬りかかって来るようだ。自分がやられるのを覚悟した、一斉攻撃だ。ちなみに”捨”ってのは、相打ち覚悟で、命を捨てて攻撃しろってこと。とんでもないよね。こっちとしても堪ったもんじゃない。
「めんどくせぇ!」
俺は身を低くして走った。まるで四つん這いの獣のように。高速のハイハイって感じかな。んでもって、奴らの横をすり抜けざまに、右手に握った小ぶりのナイフで、足や脇腹を斬り裂いた。
 あっという間の出来事だと思う。俺を狙った賊がみんな、大量に出血しながら倒れこんでしまうまでね。

 「見事ね。シーブック・エル・ダート」
最後の一人が後ろに跳んだ。俺と距離をとったそいつは、スコープとマスクを外し、剣を捨てた。若い男、かなりのイケメンなんだけど、喋り方に違和感が……
「人違いしてないかい?俺は蓮野久季っていうんだけど」
「この期に及んで、まだそんなこと言ってるの?」
そう言いながら、奴は奇妙なお面を取り出し
「私たちは、あなたに会うために来たのよ?アメリカくんだりから」
顔に掛けた。
「そうなんだ?それはそれは、遠いところからようこそ。でも、見てのとおり俺は日本人でね。カタカナの名前じゃないよ?」
「ヒトをからかうのが好きだって情報、本当みたいね」
「そんな怪しいお面のオネエさんほどじゃないよ」
「これ以上話しても無駄みたい……ね!」
 喋りながらそいつは剣を振った。手ぶらを装って、剣の鞘の側面に埋め込んだ、もう一本の剣を振り回した。まるで針のような長いそれは、レイピアをさらに尖らせたような切先だ。
「危ねっ!」
意表を突かれた俺は、後ろに跳んで回避するのが精一杯だった。振られた針が俺の頬を掠める。
「おかしいな……」
驚いた。そいつの動きが、明らかに非常識なレベルだったから。西洋の悪魔のような、ガーゴイルみたいな仮面が、奴を本当に悪魔にしたような印象だった。奴の振る剣は、まるで生き物のように、自分の意志があるかのように、俺を狙って追ってくる。あの武器か?それとも仮面か?どちらにしろ、何かカラクリがあるようだ。そんな考え事の真っ最中だから、俺は防戦一方になっちゃった。今は避けるので忙しい。
「ほらほらどうしたの?避けてるだけじゃ、あたしには勝てないわよ?」
俺が避けたあとを見ると、奴の剣が掠めた樹木やベンチが、綺麗に斬り刻まれている。まるで紙にハサミを入れたみたいに、チョッキンチョッキンされたみたいだった。いずれにせよ、当たったらタダじゃ済まなそうだ。
「おいおい、勘弁してくれよ」
ただでさえ、利き腕が使えないってのにさ。相手の剣技は一流で、装備も特別製ときたもんだ。
「イヴは女性2人に罵倒され」
右のナイフで防御しつつも
「昼間は少女に泣かれて、さっきまで罵倒された。んでもって」
全身を浅めにたくさん斬り刻まれる。
「最後はオネエに襲われるだと?」
自分で言ってて悲しくなるよ。とんでもないよね。今年のクリスマスは。ホント……こんなに盛りだくさんじゃさ
「サンタさんが逃げちまうよ!」
反撃に出るも、俺のナイフは叩き落とされた。蛇のようにしなって動く奴の剣が、鞭のように俺のナイフを打ち飛ばす。
「終わりよ!」
オネエが剣を突き立てる。いや、突き立てようとする。それを俺は、一気に飛び込んで蹴り上げて
「な……?」
たじろいだオネエの顔面に、頭突きを一発叩き込んだ。
 「き、貴様……」
顔面を打たれ、仮面越しに鼻を潰されて、鼻血ブーになった奴は、右手で顔下半分を抑えて悶えている。
「どうした?急に顔を近づけられて、チューしてもらえるとでも思ったのかな?」
喋りながら俺は、奴の剣を拾い上げ
「さっきの続きだけどさ」
切っ先を突きつける。
「こんなに残念が続いたら、サンタさんが来てくれなくなっちゃうじゃん?つーか、俺がサンタなら逃げてるね。だから……」
一気に切り込んで、奴の仮面を真っ二つにしてやった。
「落とし前、付けてもらおうか?」

 「今日のところは、ここまでにしてあげるわ」
「なんだそりゃ?ここからは、俺の反撃ターンなんだけど?」
「やる気になってくれたとこ、申し訳ないんだけど。私の目的は達成したの。あんたが本物かどうか、“シーブック・エル・ダート”なのか、確かめたかっただけなのよね。銀色の悪魔は召喚(だ)してくれなかったけど、あんたの強さは本物だった。”戦闘のプロである以上”だった。だから、もういいのよ」
「お褒めいただき光栄です。謎の精鋭部隊さん」
「精鋭……それはそうね。だって私たち、スカルミリョーネ隊ですもの」
「スカルミリョーネ!悪の爪(マレブランケ)か!?」
「今日はもう帰っていいわよ。あのお嬢さんと一緒にね」
「へぇ……あの娘のことを認識してて、人質に取らないんだ」
「それはそうよ。傷つけたりしたら、黒い炎で焼かれちゃうもの。アルビジョワの首都、バスチアン・ブックスみたいにね。街ごと焼滅させられたら堪らないわ」
「懸命だね」
「そう。あたしは賢いの。だ・か・ら」
ヤツは怪しい視線をサキちゃんの隠れる茂みに向ける。
「せいぜい気をつけることね。彼女、誰かに狙われちゃうかもよ?私たちなのかしら?どこかの軍隊かしら?それとも、その辺のチンピラとか、女に飢えた男どもかしら?死なないまでも、いつか怖い目にあっちゃうかも」
「ほんとに賢いね。実際には人質に取らず、脅迫だけするなんて」
「でしょ?無期限で貴方を不安に陥れる。邪推でボロボロに出来る。有効だと思うのよね」
「ああ。とっても効いたよ」
俺が針を投げつけると、ヤツは避けざまにスモーク弾を投げた。そして夜の闇に姿を隠した。
「ったく……プレゼントは、相手の気持ちになって贈りなさいって教わらなかったのかな?考えもんだぜ?こっちの気持ちを揺さぶるレベルの、悪質なプレゼントはさ」

 「また、巻き込んじまったな……すまない」
「また謝って……謝るだけで」
「こんな俺のことを想ってくれて……ありがとう」
公園から脱出して、俺は彼女を送った。
「大好きだよ……だから、キミには幸せになって欲しいんだ」
そう告げて、プラヴァシーを発動しようとした。彼女の記憶を消すためだ。
「キミの記憶は消えちゃうけど、必ず俺が守ってみせる。だから、安心して帰るんだ」
キミの日常に……俺と出会うことのない、キミたちの世界へ……
 これでいいんだ。好きになったヒトと心通じあえた。これ以上は危険だ……これから俺は、この娘を守り抜く。でもこの娘は、俺のことを知らない方がいい。自分が狙われてるなんて知ったら、不安でおかしくなっちゃうだろう。普通の少女に耐えられるものじゃない。
「イヤ!」
彼女は泣いていた。泣いて俺にしがみつく。
「サキ……」
俺だって一緒にいたい。でも、それはキミを不幸にする。必ず……必ず”あいつ”を本気にさせる……
「私は蓮が好きなの!」
「だめだ」
「イヤ!」
「いい子だから」
記憶を消そうとする俺と、必死に抵抗する彼女。
「いい子じゃない!いい子なんかじゃないもん……」
そう言って泣く彼女がいじらしい。泣いている姿すら魅力的で、気持ちがグラついてしまう。俺にとって彼女は、既に”特別”なのかもしれない。本気で迫られたら、心を持っていかれるだろう。一目惚れして、放っとけなくなって……今もどんどん惹かれている。
「タクシーを拾」
無理に話を切り上げようとしたとき、俺の口は塞がれた。彼女が自ら唇を重ねてきたのだ。少女マンガとかじゃなきゃ見られないような、つま先立ちで背伸びして、可愛らしくキスしてきた。
「なら」
潤んだ瞳で
「私のものにしちゃうもん」
とんでもないことを言い出す。
「蓮はウチだけのものなんだもん!」
「ちょ、何言って?」
「ウチのことしか、考えられなくしちゃうんだもん!」
そう言って身体を預ける彼女を、俺は受け止めてしまった。

 「ちょっと恥ずかしいです」
これが、”惚れた弱み”のお話です。私から好きだって言って、無理矢理キスして……
「で、そのあとどうなったの?」
スメラギさんの笑顔が、さっきより一段と楽しそうです。
「そ、それは言えません!絶対に言いません!」
「ふぅ~ん。じゃあ、あんなことやこんなことをしたのかなぁ?」
「ち、ちょっと待ってください!変な想像ストップ!」
「だって、教えてくれないんでしょ?」
「でも、スメラギさんがご想像されているのよりは、ほのぼのしたものですよ?本当に本当です!ただ」
「ただ?」
「”こんなに大好きなんだから、絶対に離れないもん!”って、宣言しちゃったんです」
ええ、しちゃったんです。
「で、いつの間にか同棲して、彼の面倒を見ていると」
「はい……」
「毎日男装までして」
「おかしいですよね?本当は蓮の方が私に夢中なのに……私ばっかり大変なんです」
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
「ちょ!スメラギさん。それ、どういう意味ですか?」
「さて、どういう意味かしらねぇ~」
「もう!蓮みたいにヒトをからかわないでください」
「だって、”悪魔と契約する”には、”血の契”が必要なのよ?……貴女は、”どんな血”を捧げたのかしらねぇ~?」
 そんな風にふざけながら、スメラギさんがお会計を済ませ
「3人の女性に怒鳴られて、最後はマレブランケからの宣戦布告……か……まったく、こんな豪勢なクリスマスプレゼント、初めて聞いたわ」
私たちは美容院をあとにしました。
 「こんな調子じゃ、サンタクロースどころか、幸福の女神も寄り付かなくなっちゃうわよ。蓮と一緒に初詣に行ったら、どうなっていたのかしら」
ちなみに、今年のお正月に、蓮が引いたおみくじは、まさかの”白紙”でした……書籍だったら、乱丁落丁でお取替えをお願いできるのですが……
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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