第六項 思い出す

文字数 3,877文字

 前作の”悪魔ごっこ”で、蓮は天使ラグエルを、“風のプラヴァシー”を封印しました。彼は私を救い、眠りに落ちました。そんな彼の寝顔を愛でて、私は唇を捧げました。もっとも、彼には内緒なのですが……
 翌日、彼が目を覚ましたのは14時過ぎでした。私は結局徹夜して、早朝すぐにアマノに電話しました。家にはアマノが連絡してくれていて、みんなでお泊まり会をしていることになっているとのことです。
 「どうしようかな……」
蓮がいつ起きるかわからないので、朝食を作っても冷めちゃいそうです。
「あれ?炊飯器がない」
そうです。彼の家にはジャーがありません。鍋やフライパン、電子レンジは一応あるみたいなのですが……
「鍵を借りて、お買い物に行こうかな」
蓮が寝ているうちに、私は海水でびしょ濡れになっていた洋服を洗濯しました。彼の部屋にあった洗濯機が乾燥機付きだったので、夜中のうちに乾かすことができたのです。もちろん、洗濯中は彼の寝巻き、ブカブカのズボンと上着を着ていましたよ。下着姿で男性と同室なんて、とてもじゃないけど出来ません!
 彼のアパートのすぐ近く、ちょっと小さなスーパーに入ります。コンビニを意識した、ちょっと割高だけど、営業時間が長いタイプのお店です。そこで卵にお野菜、調味料を買いました。
「炊飯器なかったし……パンでいいよね?蓮って洋食派かな?」
部屋に戻って、私は朝ごはんの支度を始めました。目玉焼きにトースト、サラダにオニオンスープです。
「スープは起きたときに暖めて……卵とパンもそのときに焼けばいいよね」
本当は、蓮と一緒に朝ごはんにしたかったです。でも、誘拐されてから何も食べていなかったので、もうお腹ペコペコでした。”グゥ~”って音がしたら恥ずかしいので、お先に一人でいただくことにします。

 「う……うん……イテテテ」
蓮がようやく目を覚ました。ラグエルに斬り裂かれた右腕、ヒリヒリ痛むみたいです。
「そういや……ホッチキスで縫合しただけだった」
ラグエル戦で重症を負った彼は、傷の手当を後回しにして、私をサルベージしてくれました。あの”金髪の少年”になにかされて、私は壊れそうでした。戦ってる時は気が張っていて、痛みを忘れていたようです。でも、いざお家に帰って落ち着くと、痛みを思い出してしまったようです。
 「ん?この匂いは?」
美味しそうな匂いと暖かい雰囲気に
「俺の部屋……だよな?ここ……」
彼は少し戸惑っていました。痛む右腕に包帯を巻いてから、彼はソファから起き上がってきました。
「ッ痛……脚は筋肉痛かよ……」
そんな彼の声が聞こえたので
「あ!起きたんだね」
私は彼に駆け寄りました。
「蓮!」
ヒラヒラのエプロン姿のまま、思いっきり彼に抱きついちゃいました。

 「それじゃあ、私はこれで」
「ああ、気をつけて帰ってね」
「はい。蓮野さんもお大事に」
 さてみなさん。ここからは、蓮野久希がお送りします。今がどんな状況かわかります?心惹かれた美少女が、自分から抱きついてくれたんだ。もちろんその後は……って期待するだろ?だけどさ、”そうは問屋が卸さない”ってやつなんだよね。純度100%で怒らせちまった。
 何があったかって?それはね。俺の態度が悪かったんだ。確かに俺は嘘つきで、咄嗟に演技するのが得意だ。でもね、今回に限ってそれはできなかった。だって……俺は彼女に夢中だった。”本気”になっちまったんだ。命懸けで助けちゃうほどにね。その娘が最高の笑顔で抱きついてきたとき、はっきり言ってパニックになった。
 嬉しい気持ちと、”俺なんかといたら、この娘は不幸になる”って考えが交錯し、すっげー混乱していた。そして、どう対処するべきか、考えがまとまっていない状態で、中途半端な態度をとっちまった。目をそらして、適当な受け応えをしちまったんだ。
 そもそも”両想い”だってこと、俺は知らなかった。それともう一つ、彼女のキャフィスがほぼ覚醒済みであることに、気づいていなかった。なんとなくだけど、彼女は俺の印象から、大体の心情を読み取れるようになっていたらしい。だからいろいろ重なって、大変お怒りなのだ。
 俺の本心を感じ取っていた彼女は、目も合わせずに心にもないことを口にする俺に、かなり失望したらしい。また、”蓮野さん”に戻っちまった。
「まあ、これでいいんだ……これで……」
 随分久しぶりだな。大切なヒトを失うこの感じ……でも、俺から離れていっただけだ。亡くなった訳じゃない。あの娘が日常に戻って幸せになってくれるなら、助けた甲斐があったってもんだ。
 馬鹿だよね?冷静じゃないよね?だって彼女は、アイツに出会っちまった。あのガキ、全ての始まりにして絶対の正義……つまり、俺の宿敵とだ。俺と離れても、彼女に安全はない。むしろ俺がそばで守らなければならないんだ。なのに俺は、あの娘に夢中になった俺は、そんなことすら考えられず、彼女を手放してしまった。さて、一度回想を中断して、サキちゃんとスメラギさんの会話を聞いてください。

 「蓮ったら酷いんです。意気地なしさんです」
「あらあら。蓮って演技は得意なんだけど、恋愛ベタなのよねぇ~」
「みたいですね……私そのとき知らくて。あれだけ積極的にアピールしたり、他の女性をあしらっていたでしょ?だから彼の態度が……その……」
「赦せなかった?」
「はい」
 彼には何度も助けてもらいました。だから、私にとって蓮は恩人なんです。でも、ひとりの男性として、私のことを好きだって言ってくれた相手として、あの態度は許せなかったんです。ちなみに、回想から一度、現在に戻りました。
「彼、素になると真面目で大人しいでしょ?」
「はい……人見知りだってわかったとき、正直びっくりしました」
「そうなのよねぇ~……任務だと、結婚詐欺師かなってくらい、平気で女性を手玉に取るんだけど」
そうなんです。蓮って実は真面目で大人しいんです。”悪魔ごっこ”を読んだ方なら、絶対に信じられないと思います。だから任務と割り切って行動する彼と、プライベートで2人っきりのときの彼は、全くの別人なのです。
「でも、仕方ないのよ」
「はい……」
「彼、異能者になって日常を失ったでしょ?戦いの中で出来た恋人も……不幸なカタチで亡くしちゃって」
彼の抱える心の傷、クレナさんのことです。たまに彼がうなされて、泣きながら呼ぶ女性の名前。
「だから彼、大切なものは遠ざけようとするの。自分とは関係ない。人質にしたった無駄だよ、ってね」
「そうですね……」
 キャフィスに目覚めてから、少しだけですが、私にも読心術ができるようになりました。だからわかるのです。恋人を失ったときに負った、彼の心の傷の大きさを。そして彼女が、彼女への想いが、今も彼を縛っていることを……
そんな彼女に少しだけ、私は嫉妬していたりします。
 「それで、その後どうなったの?」
「あ……はい。蓮のことが気になりましたけど、私はもとの日常に戻りました。日に日にキャフィスの覚醒が進んでいくことに、不安を感じながら。そんなとき急に、蓮が現れたんです。12月12日でした」

 「せんぱ~い……」
「なぁに?メグちゃん」
何度も同じ質問を繰り返されて、私の笑顔は大変冷たいものになっていました。
「……怖いですよぉ~……そんな殺伐とした感じ、サキ先輩には似合わないですよぉ」
「パステルな感じじゃないかしら?」
「うぐっ……」
自分が言おうとしていたセリフを先に言われて、メグが困惑して口をつぐみます。何より、私の冷たい雰囲気と態度が、友達関係に悪影響を与えています。
 「メグ、もうやめなよ」
「だってぇ~……」
「それからサキ」
「な~に?」
「最近変だよ?メグもしつこいかもだけど、サキもちょっとトゲトゲしてるよ?」
「う……うん……ごめん」
 アマノには素直に謝ってしまいます。怒っている訳でもないし、本心で、善意から私を心配してくれるのが伝わってきたから。なんというか、優しいアマノには、正直敵いません。
「もしよかったら相談に乗るよ?でも、話したくないことなら聞かないから」
「うん……」
「メグも、サキから言わない限り、もう聞いちゃダメだよ?」
「そんなぁ~」
「メ!」
アマノの叱り方は、強制力があるのに、なんか可愛いです。
「しょぼん……」
叱られたメグの反応も、またまた可愛いくて。だから2人のやりとりを見て、思わず吹き出してしまいました。
 「ありがとうアマノ。ごめんねメグ。どうしても、気持ちの整理がつかないの」
「いいよ。無理しないで」
アマノの優しさが、友達のありがたさを実感させてくれます。もう少し時間が経てば、私も彼のことを忘れられるかもしれない。またみんなで楽しく過ごせるかも知れない、そう思えるようになった矢先に
「ハァッ……ハァ……ッ」
彼が走ってきました。必死で走ってきたのでしょう。肩で息をして、本当に苦しそうです。そして勢いよく私の両手を掴み
「サ、サキちゃん!」
「は、はい!?」
「助けてくれ!緊急事態なんだ!」
銀色の悪魔と呼ばれた男。私の目の前で、天使ラグエルをも仕留めた彼が、血相を変えています。真剣で、それでいて泣きそうな顔で、私に助けを乞うているのです。彼に対してわだかまりはありましたが、私に出来ることがあるのなら、恩返しができるのなら、そう考えて彼の頼みを聞くことにするのでした。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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