第五項 業務日報

文字数 6,091文字

 あの後大変でした。
「へぇ~、岬くんっていうんだ」
私のことを気に入った築山さんが、なんというか接近戦を仕掛けてきます。
「ワイシャツにネクタイ姿、とっても初々しいわね。可愛いわよ」
学生とはいえ、お仕事で他所の会社様にお邪魔しているので、私も正装しています。黒のリクルートスーツではなく、ベージュの上下です。スメラギ総合研究所で契約しているスーツ販売会社があって、そこで仕立ててもらいました。
 「なんで、サキって呼んでるの?」
蓮野岬(はすのみさき)(18)、私が蓮のパートナーとして行動するときの偽名です。
「俺が”ヒサキ”でこの子が”ミサキ”でしょ?従兄弟とはいえ、名前が似すぎだからね。俺がレンって呼ばれてるから、彼はサキって呼ぶことにしたんです」
「相変わらず、自由なヒトね」
「まあね。ところで、築山さんは随分とサキのことを気に入ったみたいですね」
「ええ、とっても可愛いんですもの。私好みだわ」
「驚きですね。築山さんのおメガネに適うなんて」
「あら?女性行員の中じゃ、早くもサキくんは有名人よ。美少年が来てくれたって。独身女性たちは特にね」
「俺の時とはえらい違いだなぁ。まあ、ジャニーズや宝塚にハマるのと同じ感じかな?」
「ええ。あなたと違ってスレてないし、なにより美少年じゃない。だから今度、サキくんを貸して欲しいんだけど」
「いいですよ」
 とんでもない話になっています!よくわかりませんが、私は築山さんにレンタルされてしまうようです。
「れ、蓮!勝手に何言ってるの?」
「あら?サキくんは私のこと、嫌い?」
「え?いえ、決してそういう訳では……」
「私じゃ……イヤ?」
「いえ……その、あの……」
「まあまあ。築山さんの艶やかさは、サキにはちょっと刺激が強すぎかもですよ」
「あら?それってイケナイこと?」
「いいえ。でも、サキの保護者としては、デートに同席させて欲しいですね」
「無粋なことするのね。あまりいい趣味じゃないんじゃない?」
「美女と美少年のデートなんて、気になりますからね。こっそりでいいから、覗かせていただきますよ。あ!でも、いきなり大人の階段を昇らせないでくださいね」
「まったく……」

 「もう!どういうつもりなの?蓮!」
私は蓮のパートナーでしょ?恋人でしょ?なのにどうしてあんなこと。
「ごめんごめん」
蓮は苦笑いするだけで、真面目に取り合ってくれません。あれから1時間くらいたって、私たちは株式会社スメラギ総合研究所に戻りました。
 「あら?珍しくご立腹ね。なにかあったの?サキちゃん」
スメラギさんが紅茶を淹れて、会議室にいらっしゃいました。
「聞いてください社長。蓮ったら酷いんですよ!」
 文章ではわかりにくいかもですが、仕事中の私は男性モードです。声のトーンも落ち着けて少し低くしています。でも、女子高生に戻れるこの場所で、私はスメラギさんに、築山さんとのことを話しました。“蓮が守るどころか、私をネタにして、美女との会話を楽しんでいたんです”って。すると
「なかなか良い手ね……」
スメラギさんが顎に手を当てて、不敵に微笑みます。
「だろ?咄嗟の思いつきにしちゃ、我ながら上出来だと思ってる」
始まりました。スメラギさんと蓮の怪しい会話。周りを置いてけぼりにする、策士同士の会話です。
「実はさ。彼女のこと、ずっと気になってたんだ」
「美人だから?」
私がふて腐れると
「違うよ。第一、俺はサキちゃん一筋なんだから。俺のことメロメロにした、自分の魅力に自信を持って!」
「な、何言ってるの!?」
予期せぬ反撃で、私は赤くなって閉口します。
「まあ聞いてよ。彼女、築山さんは怪しいんだよ」
「怪しい?」
「そう。もしかしたら、君と似た異能(スキル)かもしれない」
「それって、キャフィスってこと?」
 キャフィス、それはグラマトンの濃度が濃い空間で、”テレパシーで読心術やマインドコントロールする”の異能です。直接言葉を伝播したり、幻術を扱うのはレベルが高度過ぎで、私には無理ですが。
 「”印象操作”ができるのかもしれない。君と同じにね」
そうです。私は誰からも嫌われないように、それでいて目立たないように、印象操作をしています。自身が常時テレパシーを発生させてしまうので、そんな印象を乗せているんです。どうやっているかって?それは、”こんなヒトだったら、嫌われないし、目立たないだろうなぁ”ってヒトをイメージして、そのヒトを演じてみるのです。お陰さまで、蓮と一緒にいろんなところに行ってますが、特に揉め事に巻き込まれること無く、上手くやっていけてます。ちなみに、能力名は”大人の学芸会(シアトリカル)”って名づけました。
 「厚労省にハッキングして調べてみたんだけど、健康保険と年金の登録はある。給与からの天引きもされてる。だけど、そのデータは、正規のルートで作られたものじゃなさそうなんだ。5年前にさ、厚労省ビル移転の最中に、ボヤ騒ぎがあったろ?あのときのPM(プロジェクトマネジメント)業者に聞いたんだけど、サーバーが壊れてバックアップサーバに入れ替えたらしい。一部のデータは消えちゃって、職員が手入力で対応して、てんやわんやだったらしいよ」
「それって、もしかして」
「そう。戸籍を偽装するために、わざとやったのかもしれない」
「5年前に偽造されたかもしれない戸籍情報……」
「もちろん、推測の域を出ない。でもやっぱり気になるだろ?なにせあの”美貌”だ」
「ほらやっぱり!どうせそんなことだと思った!」
「落ち着いてって。でも、怒った顔も可愛いね。サキちゃんは」
「ま、またそんなこと言って……」
「まあまあ、彼女の魅力は不自然なんだよ」
「不自然?」
「彼女の見た目、年齢よりちょっと若い気がしない?確かに大人の雰囲気は出てるけど、なんていうのかな、まだ子供みたいに感じるんだ。ピチピチしてるっていうか」
「ピチピチはともかく、言われてみれば、年齢より若い気がするけど」
「だろ?それと、あれだけの美人なのに、誰かに言い寄られたりしていないんだ。もちろん、言い寄ってあしらわれた奴もいるけど、逆恨みせず素直に諦めてる」
「どういうこと?」
「普通、アレだけの美人であの雰囲気じゃ、男共が付きまとうはずなんだ」
「彼女、あそこのアイドルでしょ?モテモテだったじゃない」
「そうだけど、大人になるとそれだけじゃ済まない。振られれば逆恨みするし、ストーカーになる奴もいる。人間関係が大変だってこと。AIが管理する社会であってもね。愛人になれって騒ぐであろう、”ばくだんいわ”がおとなしくしてるのもおかしい」
「言われてみれば、誰も築山さんを変な目で見てないかも……」
「何故かエロイ視線で見られることも無く、変な噂もない。男性陣にアイドルとして崇拝されつつ、女性陣に妬まれない。比べてみてよ。俺がキミにちょっかい出してるときの、同級生たちの態度と」
「そういえば、かなり肩身が狭かったかも……あの時は辛かった……」
「彼女は不自然なくらいに上手くやってる。何かあるよ」
「何か……だから蓮は?」
「彼女を口説いたんだ」
「く、口説いた!?」
「ああ。相手にされなかったけどね」
「それで?その後どうしたの?」
「他の男たちの真似をしてみた。素直に諦めて、それでいて彼女の虜ってね。そうして彼女と周りを観察していたら、ある仮説が浮かんできた」
「仮説?」
「そう。彼女は”キャフィス”の使い手じゃないかってね」
「他人の思考や感情を読み取って、上手く回避したり、コントロールしたりね」
「それを確認したくて、私を利用したの?」
「そう怒らないでよ。彼女が男性に興味を持ったの初めて見たんだ。これは、”本当にサキちゃんが好み”なのか、”俺たちの正体に気づいて近づいてきた”か、どっちかだと思うんだ」
「それってつまり」
「後者なら敵だ。彼女には今後も気をつけて。といっても、今日みたいに初心(うぶ)な少年を演じてくれればいい」
「気をつけてって……意識しちゃって、逆に不自然になっちゃうよ」
「大丈夫だよ。今日みたいに迫られたら、ピュアなミサキくんが困るってだけでOK。なんたってミサキくんは草食系キャラだし、萌えるよね」
なんだか納得がいきませんが、考えあっての蓮の行動です。信じて従うしかないようです。

 次の打合せがあって、蓮は席を外しました。一緒に帰る私は、少し時間を潰さないといけません。
 「どうしようかな……」
ところで私は今、スメラギ研究所にいます。それはそうですようね。仕事で自社に戻ったんですもの。株式会社スメラギ研究所は、駅前のビルのワンフロア、2階にあります。9階建ての小ぢんまりとしたビル。3階が美容院とエステ、4階から上がスポーツジムになっています。なんと私たち、スメラギ研究所の社員は、福利厚生で各施設を利用できるんです。というか、このビル全体が、蓮の組織の一拠点なんですけどね。ちなみに、ジムを利用するときは、女性に戻って汗を流しています。
 「ねえサキちゃん」
「あ、はい」
突然スメラギさんからお声がかかります。
「これから時間ある?ちょっと、付き合って欲しいんだけど」
「は、はい。なんでしょう?」
 さてみなさん。みなさんはスメラギさんを、どんな方だと想像されていますか?若干25歳で経営者兼研究者。どんなお姿をイメージされてます?
 まずそのシルエット。普段は白衣姿ではわかりにくいのですが、スタイル抜群です。ロングの黒髪も艶やかさを際立たせています。キレイなお姉様って感じであり、その上とっても上品で。なんというか、スメラギさんは”想像上のお姉様”って感じなんです。だけど、とんでもない逸話もあります。なんと、痴漢を撃退したそうです!
 事の顛末はこうです。夕方、帰宅途中のスメラギさんとすれ違うスクーター。ヘルメットで顔を隠した男性が、すれ違いざまに彼女の胸を揉んだのです。走り去るスクーター、恐怖で怯むスメラギさん……ではなく
「ナンバー覚えたからな!」
の怒鳴り声……スクーターは減速して止まり。痴漢さんが引き返してきて
「すみませんでした!」
だそうです。結局示談金をいただいて、AIにも言って聞かせて、通報だけは許してあげたとか……
 「こっちよ。サキちゃん」
おっと。お姉様の説明に夢中で、話がそれてしまいました。そうこうしている間に、3階の美容院に到着です。
「ウッチーとトミちゃん、お願いね」
そう言うと、2人の女性美容師さんが出迎えてくれました。ウッチーさんはスメラギさん担当。トミさんは蓮の担当だそうです。
 考えてみれば、蓮のように危険に身を置くヒトたちにとって、散髪ってリスクがありますよね?ハサミやカミソリを持つ相手に、背中と首筋を向けるのですから。だから自分で切るか、信頼できる仲間に任せるしかないんですよね。
「よ、宜しくお願いします」
正直ちょっと緊張します。だって周りはお金持ちの奥様ばっかりの高級美容室で、VIP客用の個室に案内されたんですもの。でも、小柄で可愛い(目上の方に失礼かもですが!)冨野さん(29)が気さくに話してかけてくれて、気づいたら私、ずっと笑ってました。トミちゃんこと冨野さんは、蓮の足つぼマッサージも担当しているとか。蓮は慢性的な睡眠不足でお疲れモードだそうです。
 「蓮くんはね、足の親指と肉球のとことにシコリがるの。それと土踏まず。親指が頭、寝不足ね。肉球のところが目で、パソコンのやりすぎ。土踏まずが自律神経で、寝不足やらストレスやらで……まだ若いのに、完全におじさんなのよね」
最初は蓮の専属担当と聞いて、ちょっと嫉妬しそうになりました。でも、気さくなトミさんに癒されつつ、トリートメントまでしていただいて、気分はすっかり夢見心地です。

 「もう慣れた?」
ひととおりのサービスが終わる頃、隣に座るスメラギさんが声をかけてきました。美容院でのちょっとした待ち時間、雑誌を眺めながら紅茶をいただくお時間です。
 「はい……でも、なかなか仕事を覚えられなくって」
「大丈夫よ。みんな始めは同じだから。半年もすれば、コツがわかってくるわ。力の抜きどころとかもね」
「はぁ……正直自信ありません。だってスパイどころか、社会人をやるだけでヘトヘトで」
「今は蓮の横で、ゆっくり教わればいいわ」
「でも私、蓮みたいに働く自身が……」
「蓮は特殊だからね。周りに人だかりができるでしょ?」
「はい。質問に来たり、世間話に来たり」
「彼は”空間を支配する”からね」
「空間を支配?」
「そう。結界(カリプソ)もそうだけど、日常生活もね」
「えっと、それは?」
「彼が現れると、空気が変わるでしょ?喋りだすともう、蓮野劇場が開幕して。喋りながら、口からグラマトンでも出してるんじゃないかってくらい」
「な、なんとなくわかります。確かに蓮のペースになるんですよね。決して偉そうとかじゃないんですけど、蓮の思惑通りに進んでるっていうか」
「面白いでしょ?蓮が怒られてるのに、最後は蓮の提案どおりになるのよねぇ~」
なんというか、やっぱり蓮は只者じゃないようです。

 「そ・ん・な・こ・と・よ・り」
さて、見覚えのある表情です。
「な、なんでしょうか?」
スメラギさんの笑顔が、蓮と同じく邪悪に染まっていきます。せっかくの美人が台無しです。
 「どうなの?蓮との同棲生活?」
私は口にしかけていた紅茶を、吹き出してしまいました。
「ごめんごめん。びっくりさせちゃったわね」
「い、いえ……」
手に取っていたお洒落雑誌がびっしょりです。弁償しないとダメですかね?
 「で、実際どうなの?あなたたちの関係。ちょっとは進んだ?」
他のお客様が近くにいないのをいいことに、このお姉様はなにを仰っているのでしょう?
 「す、進んだなんて……ただ2人で暮らしてるだけです。特に変わったことは……」
「え~!?まだ何もないの?クリスマスぐらいからでしょ?同棲始めたの」
「は、はい」
「ひと月以上、何もないなんて信じられないなぁ~」
似ています。このヒト、蓮に似ています。すごい美人なのにおじさんみたいだったりします。そういえば、作戦を考えるときとかも、2人の意見は近いんですよね。だからひょっとして見抜いているんでしょうか?彼と私の関係を。
 「そうそう。聞かせてよ」
「何をですか?」
「”サンタも逃げだす清しこの夜”の出来事よ」
「あ、ああ……あのお話ですか……」
「そ!あの蓮が恋に堕ちるお話なんて、気になるじゃない?」
 楽しそうです。とぉ~っても楽しそうです。ここは観念するしかなさそうです……
「お、お話しましょうか?」
「ええ!上司への報連相は、お仕事の基本だもんね」
さあ、覚悟を決めて、思い出話に花を咲かせましょう。
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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