第十二項 クリスマス……

文字数 2,603文字

 「それでね。私のこと好きだって言ってくれて」
好きな男性(ヒト)のことを、話すときの君は
「私も、大好きだよって」
こんなにも、可愛いんだね。愛らしいんだね……何気なく見せる仕草が、いつもと微妙に違う。それが一層、俺の目には魅力的に映る。
「そうなんだ。”両想い“って、いいものだね」
俺は無理に微笑んで見せた。さて、急な場面転換、みなさんもう慣れてくれたかな?
 クリスマス当日の午後、俺は彼女に呼び出された。電話をもらった俺は、昨晩のお礼にディナーをご馳走することにしたんだ。んでもって、レストランの開店まで時間があったので、いつぞやのカフェに入った。そしたらさ、まさか惚気話を聞かされることになるとはね。
 「彼ったら、私に一目惚れだったんですって。でも、ずっとそのこと隠してて」
だってさ。今日の俺の精一杯のお洒落が、一体全体”誰のための努力”なのか、この娘には伝わっていないようだ。
「そうだ!蓮野さんは彼女とかいないんですか?」
「いないよ。彼女いない歴……けっこう長いかも」
「でも、美津井先生のこととかは?演技だったのかもですけど、恋人してたじゃないですか?」
「あ、あれは……」
「つい本気になっちゃったりとか、無いんですか?」
「それはないよ」
なんだろう?この娘に”他の女性のこと指摘される”のって……ちょっと嫌だな……
「ふぅ~~ん……」
目の前の好きになった女性に、他の女性の存在を聞かれるのって
「じゃ~あ~」
キツイな……
「好きなヒトとかは?片想いでもいいから」
聞くなよ。言えるわけないだろ?
「さてね」
”君だ!”なんてさ……
「まあ、知ってのとおり、恋愛どころじゃなくてね」
「あれぇ~?その答えだと、好きなヒトはいるんですか?」
「こらこら、大人をからかうなよ」
「いいじゃないですか。不倫とかじゃないなら大丈夫ですよ。子供な私に、大人の恋愛話を聞かせてくださいよ」
イラっとした……言える訳ないだろ!?君は今幸せかもしれないけど、そんな君に、本心を言えるわけないだろ?
「じゃあ、君が恋愛に悩んだら、人生の先輩として教えてあげるよ」
何とか作り笑い、できてるよな?グラスに映る自分を見て、それはだいじょうぶだと確認した。そんなことを心配しなつつも、俺は彼女に見惚れていた。白とピンクがメインの、愛らしい服装。パステルカラーの彼女が、ストローでオレンジジュースを飲んでいるだけなのに、それだけなのに。
「……屁理屈ばっかり言って……」
急に彼女が、ボソッと呟いた。
「ん?なに?」
「あ、なんでもないです。お構いなく」
彼女は大丈夫そうだ。いろいろあったけど、今は恋人もできて幸せそうだ。
俺は冷静じゃなかった。だって、昨晩のクリスマスイヴ、彼女に協力してもらったんだよ?ってことは、、彼女に彼氏はいなくって、イヴを俺たちと過ごせる状況なんだ。だけど”好きなヒトと、両想いだってわかったんです!”って聞いて、俺はまともで居られなくなった。
「あの……」
「なんだい?」
「その……私、このあと約束があって」
「約束?」
「ええ……彼と……その……」
「あ、ああ!そうか……ごめん!気が利かなくて」
そりゃそうだ。俺なんかとレストランに行ってる場合じゃないよね。さて、俺も帰ろうかな。自分の失恋をつまみに、酒でも飲もうかな。いや、持て余してる2LDKで、ひとりでチビチビやるより、回転寿司でビールを頼んだ方がいいかも。
「じゃあ、今日はありがとう」
思い出はここまでにしよう……俺は俺で、自分の日常に戻るべきだ。
「俺はもう少しここにいるからさ、先に行きなよ。彼氏を待たせちゃ可哀想だ」
最後まで俺は、見栄を張ってみせた。これでよかったんだ……これで……
そうやって湧き上がるものを、嫉妬と怒りと悲しみを、4:3:3で混合した感情を沈めていると
「バカッ!」
彼女は突然、大声を出した。

 突然のことに、店内は騒然とした。さっきまで恋する乙女だった少女が、突然大声で怒鳴ったのだから仕方がない。
「ど、どうしたの?」
戸惑う俺を置き去りにして、彼女は走って店を飛び出した。
「お、おい!?ちょっと……あ、お金ここに」
何がなんだかわからなかったけど、とりあえず俺は彼女を追った。テーブルにお札を置いて、”釣りはいらねぇぜ”状態で走り出した。
 市民ランナーが走る公園、デートコースとしても有名なそこで、彼女は一人で泣いていた。ベンチに座って、子供のように泣いていた。
「すまない……あの……俺……」
突然のことで、俺はどうしていいかわからなかった。自分が彼女に何をしてしまったのか、正直まったくわからない。
「あの……ごめん……俺……」
自分でもみっともないと思う。でも、この娘のことが心配で、俺は完全に取り乱していた。そしたら
「わかってないくせに、”ごめん”とか言うな!」
彼女に叱られた。
「え……あ……え?」
彼女はすごい目つきで俺を睨んだ。とても可愛い顔立ちなのに、本気で俺のこと怒っているのがわかる。年下の女の子なのに、マジで怖い。
「意気地なし……意気地なしったら意気地なし!」
「え?……あの……話が見えないっていうか」
「酷いよ!酷すぎるよ!」
「ごめん……でも……」
何がなんだか……
「だって私、ずっと”蓮のこと好き”って言ってるのに!」
「へ?」
何だって?誰が俺を何だって?
「私知ってるもん!蓮が私のこと好きだって!」
「え?それは……」
「なのに酷いよ!私の方から好きだって言ってるのに」
まさか?
「いや、だって君、さっきから彼氏の話ばかりしてたじゃん。俺のことなんてどこにも!」
君のさっきの惚気話、あの両想いの彼って……もしかして?
「なんでわかんないの!?蓮だったら……蓮だったらすぐにわかるでしょ?」
そういうことか……そういうことだったんだ……
「いつもいろいろ見透かして、すごい鋭いのに……どうしてわかってくれないの!?なんで意地悪するの!?」
「すまない……ちょっと、動揺してて」
あんなに嬉しそうに、俺のことを話してくれたんだね……
「酷い……酷いよ……」
泣きじゃくる彼女とその想いに、俺は湧き上がる衝動を抑えられなかった。抑えられず、力いっぱい抱きしめていた。公園に入ったときに感じた違和感を、すっかり忘れて……
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み