第二項 はじまります

文字数 2,068文字

 「それでは、本年度の新入社員入社式を始めます」
聖都大学大学院、経営工学研究科の一室で、それは始まりました。大学ベンチャーで始まり、起業して5年足らずの小さな会社、株式会社スメラギ研究所の入社式兼研修会です。
 「今年度の新入社員は2名です。渡部秀央(わたべひでお)君。蓮野岬(はすのみさき)君」
「はい!」「はい!」
名前を呼ばれて、私とヒデさんは立ち上がりました。
 さてみなさん、早くもツッコミどころ満載ではないでしょうか?大学の研究室の片隅で開かれる入社式。そして呼ばれた名前に、私の名前、早苗沙希がなかったような……
 状況を整理しますと、今は2076年1月の、お正月明け最初の登校日です。ヒデさんこと、渡部秀央(20)さんと、蓮野久希さんの従兄弟として男子大学生を装っている私、早苗沙希が組織に加入するのです。
 昨年の8月から続いたシンクレティズム。得体の知れない殺人事件が続き、それを蓮たちが解決しました。それでも街は”憤怒”に染まり、風を携えた神霊が解放されました。それが世界を滅ぼそうとする戦いに、私たちは巻き込まれてしまったのです。
 ヒデさんは、妹であり私の後輩でもある渡部恵(わたべめぐみ)(15)(通称、メグ)を助けてもらって、そのまま蓮野一味に加わったのです。
 どんな戦いがあったのかって?っそれはあの物語、”悪魔ごっこ”で語られますので、そちらをご覧いただければ幸いです。
 現状を一言で言うと、大学発ベンチャー企業でありながら、スパイ組織である”株式会社スメラギ研究所”に、私は新人工作員として入社するのです。
 「これにて、入社式を終わります。引き続き、新人研修を始めます」
ホワイトボードの前に立つ、宮代皇子(みやしろこうこ)(25)社長。通称スメラギさんが、社長でありながら講師に早変わりです。皇子の”皇”の字を、スメラギと読むそうです。
 2076年の未来って、みなさんはどんな世界を想像されますか?技術がとっても発展して、車が空を飛んだり、大きなロボットが宇宙戦争をしていたり?コンピューターでなんでも制御できて、魔法みたいなテクノロジーが夢のような生活を可能にしているとか?
 ごめんなさい。本当にごめんなさい。この物語の世界観では、それは裏切られてしまいます。
 「今からちょうど30年前。2045年の8月17日、第3次世界大戦が勃発するところでした。ロシア南西部からウクライナ経由でドイツへ走る、ガス・パイプライン。これに代表される資源管理が、先進国によって独占されていました。その独占を効率的に実行するために、先進国はアルビジョワ共和国という、傀儡国家を樹立しました。場所はコソボを中心に、セルビアとマケドニアの一部の地域を併合した地域です」
ちょうど、スメラギ先生の講義が始まりました。歴史の授業って眠くなっちゃうかもですが、みなさん是非聞いてください。だって、この物語の鍵になる出来事ですから。
 「他国の思惑で、資源を独占したいという理由だけで、強引に建国された国は、長く続きませんでした。建国3年で内戦が勃発して、1年ほど続いた後、最後は首都を焼失して終焉しました。巨大な火柱が街を焼き払い、同時に”グラマトン”と呼ばれる、正体不明の粒子が大気中にばら撒かれたのです」
ひとつの国が滅びると同時に、人類はグラマトンを手に入れました。
 「本来であれば、その原因究明や首都の復興が行われるはずです。ですが、グラントンの発生が事態を一変させました。この特殊な粒子が、無線通信を不可能にしたのです。電磁波を不自然に散乱させ、無線通信を不可能にしました。衛星との通信もできず、各国は事態を把握できなくなりました。さらに粒子濃度の濃い上空では、航空機の精密機器が誤作動し、すべての航空機は、管制塔との通信どころか、正常な飛行そのものが不可能になりました。民間の航空機も事故が相次いで、多くの犠牲者が出てしまいました。これを機に、各国の外交と貿易は、成り立たなくなりました。地続きの隣国以外との対話を望んだ場合、船を利用するしかありません。でも、海外と連絡を取ろうにも、海底ケーブルが破壊されていて、有線の電話も出来なくなってしまいました。それに、海賊が横行し、それに対抗するために艦隊を組織すれば、まるで相手国を侵略するように見えてしまいます。他国の武装艦隊が、事前連絡なしで現れるのですから。当然、誤解からの戦闘もしばしばあったのです。こうして各国は、有線で電話ができる、国内のみを管理できるようになりました。日本を含め、多くの国が鎖国状態となったはずです」
 旧約聖書の創世記、”バベルの塔の崩壊”が、再び人類に降りかかりました。通信ができず、コミュニケーション手段を奪われた人類は、文明の後退にさらされました。”航空”と”遠隔地との意思疎通”を奪割れた人類。そして、ヒトの欲望を体現した、グローバリゼーションが終焉を迎えました。”物理的な距離”が意味を取り戻したのですから……
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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