第八項 再現
文字数 2,372文字
「ふぅ~ん。そんなら、しばらくその子、熊川農園(うち)で預ってやろうか?」
「そうしていただけると助かります」
話をしている最中も、リリィちゃんは蓮に甘えていました。いえ、膝にちょこんと乗って大人しくしているので、甘えている訳ではないかもしれません。それでも、蓮の方がノリノリで、窓の外の景色について、いろいろとリリィちゃんに話しかけていました。一時は絶滅しそうだったタンチョウ(北海道の特別天然記念物の鶴です。)が飛んでいるのを、2人で楽しそうに眺めています。ただ、2人の会話はなんだかおかしなものでしたが……
「あの鶴はね、サロルンカムイって呼ばれているんだ。アイヌの言葉で、”湿原の神様”っていう意味なんだって」
「そうなの?なんだかロマンチックね」
「そうだね。昔のヒトは、大きな鳥が優雅に空を飛ぶ姿に、神様を見たのかもしれないね」
「あらあら。でも、雄大ななにかを神様に例えるのって、可愛らしいわ。本当の神様を見たことないから、そんなことができるのね」
「まあね。でも、神様(アイツ)がどんな奴なのか、みんなは知りえないんだよ」
とても、23歳と10歳の会話には聞こえません。リリィちゃんが大人びているとか以前に、内容も怪しいですよね?神様がどうとかって……
そんな、会話が聞こえなければ、微笑ましい蓮とリリィちゃん。トンネルに差し掛かり、2人の会話が途切れると同時に、彼女が再び語り始めました。まるで思い出したかのように、それでいて、このタイミングを待っていたかのように、セシルさんが再び口を開くのです。
「あるところに、一人の少年がいました」
「あるところに、一人の少年がいました。その少年は事故に会い、瀕死の重傷を負いました」
暗くて長いトンネル、黄色いライトで淡く照らされるその中で
「彼は病院に担ぎ込まれ、他の被検体と同様、モルモットにされてしまうのです。そして唯一の成功体となり、不思議な能力を身に着けて、ある組織に囚われの身となるのです。実験体として、それでいて人殺しの道具として、利用されてしまうのです」
彼女は語るのです。私たちの知りえない、蓮とセシルさんだけの思い出を……
「病院で目覚めた彼は、美しい女性に看病されていました。ある組織の幹部の娘。世間知らずの少年は、簡単に彼女を信用してしまいます。騙されて、鬼と化した両親を、その手にかけてしまうのです」
蓮が、ご両親を殺していたなんて……鬼と化していたということは、ご両親はプレリュードの感染者だったのでしょうか?プレリュードというのは、グラマトンが濃い場所で、物理的に強化される異能者です。私のようなキャフィスと異なり、強い感情に呼応して化け物としか形容できない、第2の躰を具現化することもできるんです。”悪魔ごっこ”では、蓮の敵として多くのプレリュードが挑んできました。彼らはグラマトンを濃縮して液体にした。FIGという薬で、一時的に体内に異常に高濃度なグラマトンを蓄積し、変身して暴れたのです。
「両親を殺したことで、少年は心に疵を負いました。罪の意識と家族の消失で苦しむ彼は、心を凍らせてしまいます。そして、何も感じず、何も考えず、戦えるようになるのです。優秀な兵士、最強の殺し屋へと成長していくのです。ある日、そんな彼を手に入れようと、別の組織が襲撃してきました。アルビジョワに向かう飛行機はジャックされ、悲劇は起きたのです」
蓮は何も言わず、瞼を閉じていました。なぜか、セシルさんを止めようとしないのです。そんな彼を置き去りにして、セシルさんは語り続けます。
「少年は、幹部の娘を連れて、必死に逃げました。彼女の手を引いて、飛行機から飛び降りて、見知らぬ土地を彷徨うのです。でも、すぐに追っ手がきて彼は追い詰められるのです。追い詰められて」
セシルさんが銃を撃つような素振りをして微笑むのです。
「更なる戦いに身を投じたのです」
セシルさんがバキュンって、ジェスチャーしたとき、それは起こりました。たった今抜けてきた大きなトンネルが、突如爆発したのです。まるで私たちが通過するのを待っていたかのように、車が走り抜けてすぐに、トンネルを塞ぐように爆発したのです。
「あらあら」
それを見たセシルさんは、わざとらしく驚いて見せるのです。
「これじゃあ、この先の村や集落は孤立しちゃうわね」
まるで、”こうなることがわかっていた”かのような彼女は
「仕方がないわね」
やれやれ、という素振りで
「せっかくみんなにお話してあげようと思ったのに、また今度にしようかしら」
ニッコリと笑って
「私と、あなただけの物語」
轟音とともに崩れ落ちるトンネルをうっとりと眺めるのです。
少し進んだところで、熊川さんは車を止めました。私たちは車を降りて、煙を上げるトンネルを呆然と眺めます。瓦礫が積み上がり、トンネルを通過することは出来なくなってしまいました。私たちは、農園に戻るしかないようです。でも、この先の道に、爆弾が仕掛けられたりしていないのでしょうか?農園に戻ることが安全なのか、危険なのか、どうしていいのかわかりません。そんな私たちを前に
「このシチュエーション、まるであの村の再現ね」
セシルさんは聞こえるように呟きました。それを聞いた蓮は
「セシルさん。ひとつ、いいですか?」
「あら、ひとつでいいの?」
「ええ。俺が知りたいのはひとつだけです。今回貴女は、俺たちと戦うつもりですか?」
「別に、私はあなたたちとは戦わないわ」
「なるほど。じゃあ貴女は、俺を導こうとしている訳なんですね」
「ええ。わかってもらえたかしら?」
「させませんよ」
「もう手遅れ。あなたが北海道に来た時点で、始まってしまったのよ。バルザタールの再現はね」
「そうしていただけると助かります」
話をしている最中も、リリィちゃんは蓮に甘えていました。いえ、膝にちょこんと乗って大人しくしているので、甘えている訳ではないかもしれません。それでも、蓮の方がノリノリで、窓の外の景色について、いろいろとリリィちゃんに話しかけていました。一時は絶滅しそうだったタンチョウ(北海道の特別天然記念物の鶴です。)が飛んでいるのを、2人で楽しそうに眺めています。ただ、2人の会話はなんだかおかしなものでしたが……
「あの鶴はね、サロルンカムイって呼ばれているんだ。アイヌの言葉で、”湿原の神様”っていう意味なんだって」
「そうなの?なんだかロマンチックね」
「そうだね。昔のヒトは、大きな鳥が優雅に空を飛ぶ姿に、神様を見たのかもしれないね」
「あらあら。でも、雄大ななにかを神様に例えるのって、可愛らしいわ。本当の神様を見たことないから、そんなことができるのね」
「まあね。でも、神様(アイツ)がどんな奴なのか、みんなは知りえないんだよ」
とても、23歳と10歳の会話には聞こえません。リリィちゃんが大人びているとか以前に、内容も怪しいですよね?神様がどうとかって……
そんな、会話が聞こえなければ、微笑ましい蓮とリリィちゃん。トンネルに差し掛かり、2人の会話が途切れると同時に、彼女が再び語り始めました。まるで思い出したかのように、それでいて、このタイミングを待っていたかのように、セシルさんが再び口を開くのです。
「あるところに、一人の少年がいました」
「あるところに、一人の少年がいました。その少年は事故に会い、瀕死の重傷を負いました」
暗くて長いトンネル、黄色いライトで淡く照らされるその中で
「彼は病院に担ぎ込まれ、他の被検体と同様、モルモットにされてしまうのです。そして唯一の成功体となり、不思議な能力を身に着けて、ある組織に囚われの身となるのです。実験体として、それでいて人殺しの道具として、利用されてしまうのです」
彼女は語るのです。私たちの知りえない、蓮とセシルさんだけの思い出を……
「病院で目覚めた彼は、美しい女性に看病されていました。ある組織の幹部の娘。世間知らずの少年は、簡単に彼女を信用してしまいます。騙されて、鬼と化した両親を、その手にかけてしまうのです」
蓮が、ご両親を殺していたなんて……鬼と化していたということは、ご両親はプレリュードの感染者だったのでしょうか?プレリュードというのは、グラマトンが濃い場所で、物理的に強化される異能者です。私のようなキャフィスと異なり、強い感情に呼応して化け物としか形容できない、第2の躰を具現化することもできるんです。”悪魔ごっこ”では、蓮の敵として多くのプレリュードが挑んできました。彼らはグラマトンを濃縮して液体にした。FIGという薬で、一時的に体内に異常に高濃度なグラマトンを蓄積し、変身して暴れたのです。
「両親を殺したことで、少年は心に疵を負いました。罪の意識と家族の消失で苦しむ彼は、心を凍らせてしまいます。そして、何も感じず、何も考えず、戦えるようになるのです。優秀な兵士、最強の殺し屋へと成長していくのです。ある日、そんな彼を手に入れようと、別の組織が襲撃してきました。アルビジョワに向かう飛行機はジャックされ、悲劇は起きたのです」
蓮は何も言わず、瞼を閉じていました。なぜか、セシルさんを止めようとしないのです。そんな彼を置き去りにして、セシルさんは語り続けます。
「少年は、幹部の娘を連れて、必死に逃げました。彼女の手を引いて、飛行機から飛び降りて、見知らぬ土地を彷徨うのです。でも、すぐに追っ手がきて彼は追い詰められるのです。追い詰められて」
セシルさんが銃を撃つような素振りをして微笑むのです。
「更なる戦いに身を投じたのです」
セシルさんがバキュンって、ジェスチャーしたとき、それは起こりました。たった今抜けてきた大きなトンネルが、突如爆発したのです。まるで私たちが通過するのを待っていたかのように、車が走り抜けてすぐに、トンネルを塞ぐように爆発したのです。
「あらあら」
それを見たセシルさんは、わざとらしく驚いて見せるのです。
「これじゃあ、この先の村や集落は孤立しちゃうわね」
まるで、”こうなることがわかっていた”かのような彼女は
「仕方がないわね」
やれやれ、という素振りで
「せっかくみんなにお話してあげようと思ったのに、また今度にしようかしら」
ニッコリと笑って
「私と、あなただけの物語」
轟音とともに崩れ落ちるトンネルをうっとりと眺めるのです。
少し進んだところで、熊川さんは車を止めました。私たちは車を降りて、煙を上げるトンネルを呆然と眺めます。瓦礫が積み上がり、トンネルを通過することは出来なくなってしまいました。私たちは、農園に戻るしかないようです。でも、この先の道に、爆弾が仕掛けられたりしていないのでしょうか?農園に戻ることが安全なのか、危険なのか、どうしていいのかわかりません。そんな私たちを前に
「このシチュエーション、まるであの村の再現ね」
セシルさんは聞こえるように呟きました。それを聞いた蓮は
「セシルさん。ひとつ、いいですか?」
「あら、ひとつでいいの?」
「ええ。俺が知りたいのはひとつだけです。今回貴女は、俺たちと戦うつもりですか?」
「別に、私はあなたたちとは戦わないわ」
「なるほど。じゃあ貴女は、俺を導こうとしている訳なんですね」
「ええ。わかってもらえたかしら?」
「させませんよ」
「もう手遅れ。あなたが北海道に来た時点で、始まってしまったのよ。バルザタールの再現はね」