第七項 こどもたち

文字数 3,001文字

 翌日、私たちは市街地へ向けて出発しました。街に出た私たちは、そこで驚きの光景を目にするのです。札幌にいらしたことがある方は、イメージしやすいかもしれませんが、現在の北海道では、大きめの街はみな、かつての札幌のように地下街が充実しているのです。地上が雪で埋もれても、暖かい地下街で買い物などができるのです。
 そんな便利になった地下街を、私たちは訪れました。車で送ってくれた熊川さんは、農作物の納品立ち会いに向かいました。そのため、私たちだけで市街地散策中なのです。
 え?それのどこが驚きの光景かって?それはですね、外とは違って暖かい地下街に、何人もいたんです。
 ”ストリート・チルドレン”が……
 ストリート・チルドレン。それは物乞いの子供たちです。発展途上国では、生活する術のない家庭の子供たちが、観光客にお金をもらおうとするのです。彼等からすれば、見慣れない観光客は収入源なのです。そんな子供たちが、この日本にもいるなんて……
 蓮は相手にせず、みなにも無視するように指示を出しました。でも、小さい子にしつこくお金をせびられうちに、メグが根負けしてしまいます。
 「あの、蓮さん……お金あげてもいいですか?」
「ダメだよ。ストリート・チルドレンにお金をあげても、この子達の親がそれを取り上げてしまう。今お金をめぐんでもあげても、何もいいことはない」
そう言って、蓮はポケットに手を入れて、子供達に歩み寄りました。
「お金はあげられないんだ。だから」
取り出した板チョコを半分に折って
「これをお食べ」
2人の少年に手渡すのです。すると、物乞いをしていた少年達は、無表情から笑顔になりました。久しぶりの甘い物を夢中で頬張って、手を振って去っていくのです。手を振り返す蓮、でも彼の表情はいつもの作り笑いでした。心の中で、必死に悲しみを堪えていたのです。
 一通り市街地と地下街を見て回った私たちは、お迎えの熊川さんを待ちました。待ち合わせ時間の15時になると、熊川さんのワゴンと軽トラック2台が迎えに来てくれました。
「お待たせ。街はどうやった?」
「参考になりました。特に地下街をバーチャル空間なイメージで再現すれば、いいシステムができそうですよ」
「ほ~、難しいことはわかんねぇが、お昼はどうしたね?」
「お勧めのラーメン屋さん。行っときました。旨かったですよ」
「そうだろう、そうだろう。あそこの味噌ラーメンは絶品だから」
「本場の味は格別でしたよ。なあ、ヒデ?」
「そうっすね。チャーハンも旨かったですよ」
 熊川さんとヒデさんと蓮、お昼のラーメンについて熱く語り合っています。もともとススキノのラーメン横丁にお店を出していたらしく、実際に美味しかったです。どうやら蓮は、ストリート・チルドレンのことで私たちが暗くならないように、気を使って美味しいラーメン屋さんに連れて行ってくれたようです。私たちはと言えば、もちろんあの子たちのことを忘れられません。自分の知らないところで、社会的な弱者がいて、それがあんな子供たちで……
 『なにかがおかしい』
そんな思いが、頭から離れませんでした。車で農園へ向かう道すがら、窓の外を市街地や田園風景が流れていきます。そののどかな風景を眺めながらも、どうしても、暗いことが頭をもたげてしまうのです。
 「ところで……その女の子はどうしたんだ?」
そうです。説明を忘れていました。今、バックミラー越しに熊川さんが見ている少女。蓮と手をつなぐ、黒いゴスロリ姿のリリィちゃんについて、ご説明が必要ですよね?だって、行きは5人で、帰りは6人になっているのですから。

 ストリート・チルドレンと別れた私たち。悲しみを咬み殺す蓮を掻き乱すように
「相変わらず、子供には甘いのね」
セシルさんが
「胸が痛む?不幸な子供を見ると」
蓮を茶化そうとするのです。
「ふん……大人は平気で殺せるくせに」
蓮はこれに応じず、黙って顔を背けています。
「そういえば」
隣を歩くセシルさん。どうしても、蓮を苦しめたいようで
「アルビジョワで出会った」
彼の血を沸騰させようとするのです。
「小汚い兄妹は、どうしてるのかしらね?」
「セシルッ!」
聞こえないフリを決め込んでいた蓮が、遂に感情を表に出しました。普段見せない彼の厳しい雰囲気に、後ろを歩くみんなが緊張します。でも
「なあに?」
セシルさんからすれば、ようやく蓮が釣れたので、楽しくて仕方がないようです。
「それ以上は許さない。あの子たちを悪く言うな!」
突然大きな声を出した蓮、それに動じず笑顔を返すセシルさん。そんな構図で
「わかったわ。でも、他のみんなは気になって仕方がないんじゃないかしら?」
またまた彼女は語るのです。
「こんな話があったわよね」
 そのとき
「お兄ちゃん、みぃ~つけた」
ヒラヒラドレスのゴスロリ少女が、蓮に抱きついて来たのでした。

 「えっと……き、君は?」
予想外の出来事に、私たちは呆気に取られてしまいました。それまでのセシルさんのお話はどこへやら。彼女の悪意はうっちゃられ、見事に中断したのです。
「私よ。わからない?」
「わからないって言われてもなぁ……」
どうしたことでしょう?蓮が動揺しています。動揺してみんなの顔を見回し、助けを求めています。こんな彼の姿は、困ったちゃんな女性に言い寄られていたとき以来です。それはそうでしょう。小奇麗な格好で、ストリート・チルドレンでないことは確かなようですが、寒い北海道で、ゴシック・ロリータを思わせる服装の少女は、なんだか普通じゃない印象を与えます。
「君、迷子かな?どこから来たの?お母さんは?」
蓮はしゃがんで、少女の頭を撫でながら質問します。すると
「ううん。そんなんじゃないわ」
長くてきれいな黒髪の少女。深くて吸い込まれそうな黒い瞳を持つ、10歳ぐらいであろう彼女は
「私はリリィ。ずっと待っていたのよ?お兄ちゃん」
年齢にそぐわない、落ち着いたトーンで蓮に返します。雰囲気だけなら、リリィちゃんの方が蓮より年上に感じます。そんな少女の扱いに困ってしまって
「仕方ないな。とりあえず、交番に行こうか。保護者を呼んでもらおう。親御さんも心配してるだろうし」
私たちは地下街の交番を目指すことになりました。でも、なかなか交番にたどり着けません。決して、迷子になるような構造の地下街ではないのですが、なぜか私たちは道に迷い、1時間近く彷徨いました。結果、たどり着いた交番のお巡りさんは巡回に出てしまい、連絡が取れないのです。
「もういいでしょ?お兄ちゃん」
まるで、”気が済んだ?”と聞いているかのようなリリィちゃん。そんな彼女に対し
「じゃあ、しばらく僕らで預かろうか」
蓮はまさかの判断をするのです。よそ様の迷子ちゃんを、連れ帰ろうとしているのです。交番の掲示板に、熊川農園で預かる旨と電話番号を書き込んで
「じゃあ行こうか」
と、自分の腕にギュッと抱きつく、リリィちゃんに微笑みかけるのです。
 お兄ちゃん、お兄ちゃんと呼んで抱きつくリリィちゃん。そんな彼女に、私はどうしても違和感を覚えて仕方がありません。だって彼女が口にする”お兄ちゃん”のイントネーションが、まるで母親が幼い長男を呼ぶときのように感じられたのだから……
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登場人物紹介

桜苗沙希(さなえさき)(16)

ちょっと天然な、お菓子系の美少女。

パステルカラーがよく似合う。

感受性が強く、不思議な青年、蓮と惹かれあう少女。

後に、”特異点”と呼ばれる。

蓮野久季(はすのひさき)(21?) 通称:蓮(レン)

その経歴や言動から、とにかく謎の多い青年。

「黒い剣士、銀色の悪魔、ワケあり伊達眼鏡、生きる女難の相」など、いろいろ呼ばれている。

物語の核である、「グラマトン、プラヴァシー、継承者、閉じた輪廻」に密接に関わる、左利きの男。

多重人格者であるが、それらは前世以前のもの。

セト

蓮が利用するアルドナイ(AI)

蓮を「兄サン」と呼び、主に情報収集と相談役として活躍する。

本編で詳しくは語られないが、遂に正体が見えてくる。

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