第七項 神との訣別(さいしょのうそ)
文字数 2,255文字
炎獣を焼いているとき、俺は再びトリップした。魂に刻まれた太古の記憶が、扉を開いて俺を潜らせる。
「神よ……どうして私を見捨てたのですか?どうして……私の心を壊さんとするのですか?」
『汝、最も罪深き者よ……原罪を、背負いしも者よ……』
頭の中に、不思議な光景が広がる。緑豊かな庭園で、ひとりの男性が泣き叫ぶ。
美しいヒトの亡骸を抱え、声を上げながら泣き叫ぶ……何度も見せ付けられる光景。何度生まれ変わっても、繰り返される悲しみ……
「私は……なんてことを……どうすればいいんだ?」
そこに主が現れ、彼を問いただす。
「……カインよ……アベルはどうした。どこへ行ったのだ?」
「嫌だ。私は生き抜いてやる。大人しく殺されてなるものかッ!」
記憶の中の男性が厳しい表情で叫ぶ。
「殺されてたまるか……私は生き抜いてやる!生きてこの狂った世界から逃げ出してやるッ!」
そして彼は嘘を吐く。
「存じません」
『これが神との訣別(さいしょのうそ)”、汝が犯した許されざる咎だ!』
そうだ……創世の時代、俺は弟のアベルを殺した。自分より神に愛された弟に嫉妬して、勢いで殺してしまったのだ……
本当にそうだろうか?それだけのことなのだろうか?もしそれが本当なら、弟を殺した罰を与えればいい。俺だって、甘んじて罰せられればいい。償えばいい。でもそうじゃない。なぜか俺は転生を繰り返し、魂が摩耗するように苦しめられ続けた……なにか、大事なことが抜けている気がする。なにか大事なことを、忘れているような気がする。
『嘘つき……』
聞いたことのない、それなのに聞き覚えのある、大人の女性の声が響く。
『思い出して……それは本当の記憶じゃない。虐げられるうちに歪められた、偽りの記憶。転生を繰り返すうちに、魂の記憶が磨耗しているのよ』
俺はハッとした。ハッとして、目の前に立つ彼女と向き合った。これは現実なのか、それとも心象なのか、2匹のぬいぐるみを抱きしめて、リリィが微笑みかけている。今の女性の声は、リリィのものなのだろうか?
『そうだね……そうだった』
リリィの声で、記憶の中のカインが目を覚ます。
『今のは嘘だ……あんたのな』
そして真直ぐに、ウリエルの傍に立つ“それ”を見据える。
『俺のじゃない』
『思い出しちゃったんだね?』
金髪の少年。子供なのにどこか大人を思わせる、不思議な雰囲気の少年。その少年に、俺の中のカインが語りかける。
『あのとき、アベルを殺そうとしたのは』
そうだ。俺はアベルを守ろうとした。アベルを逃がそうとしたんだ。
『彼女を陵辱しようとしたのは』
誰から?そうだ。あの時代に、俺は誰からアベルを守ろうとしたのだろう?
『あんただよ』
そうだ。こいつだ。こいつから俺は”妹アベル”を守ろうとしたんだ。そうだろ?
『アダム!』
全てを思い出したとき、眩い光が降り注いだ。神が創りし聖なる雫、エリクシールが憎悪を覆い隠す。俺の放った黒い炎を洗い流し、結界ごと消し去った。
「そこまでにしたまえ、シーブック・エル・ダート」
突然だけど、歴史の授業を始めよう。神話にはこうあるね。羊飼いであったアベルは、最上のものを神に捧げた。これに対し、農夫であったカインは、神への捧げものを惜しんだ。だから神はアベルを寵愛した。
さて、それを妬んだカインは、アベルを殺してしまったらしい。信じられるかい?それぐらいで弟を殺してしまうなんて。というより、殺意を抱くなら、もっとそれらしいイベントがあるだろう?本当は何があったんだろうね?アベルが捧げようとした、神に求められた子羊って、誰のことなんだろうね?
そしてカインはエデンを追われ、遥か東のノドの地へと流離った。その地で結婚し、人類を増やしていった。めでたし、めでたし……あれ?ここでまたクセスチョンだ。カインは誰と結婚したんだろうね?アダムとイヴ、その子供であるアベルとカイン。セトが生まれてその子孫が増えたのは、カインが追われたあとだ。まだ人類が増える前ってこと。さて、カインは誰と、いや、”ナニ”と結婚したんだろうね?そもそも人間の定義って、なんなんだろう?
さあ、ここまで聞いて、知りたいことがいっぱい出来たんじゃないかな?カインがアベルを殺したのは本当だろうか?神様はどうして、カインを殺さずに苦しめ続けているんだろう?本当にカインが嘘を吐いたとしても、その嘘にご立腹だとしても、苦しみながら生き続けるって罰はどうだろう?器が小さいよね?”罪を憎んでヒトを憎まず”って言葉、知らないのかな?誰にもカインを殺せないように呪い、彼が大地を耕しても、なにも実らないように呪い……その後のカインは、どうなったんだろうね?
なんか、お話に筋が通ってないように感じない?どこかに矛盾があるのかな?もしかして、神様の方が嘘を吐いてたりして。
さあ、最後の三千年もまもなく終わる。最初の三千年は天使による一方的な虐殺。失敗作と呼ばれたモノたちが、悪と称されて虐げられる……次の三千年は、カイン率いる貶められしモノたちの反撃。天使と称されし特権階級に立ち向かい、その悪逆非道を正す。彼の知恵が圧倒的多数、権力を振りかざす正義を壊滅させる。
そして最後の三千年。カインの魂が捕らえられたとき、全ては決したかに見えた。だが再び、カインの心と異能、”転生体(レン)”と”争いのプラヴァシー”がひとつとなった。遂に、神話の続きが始まろうとしている。
「神よ……どうして私を見捨てたのですか?どうして……私の心を壊さんとするのですか?」
『汝、最も罪深き者よ……原罪を、背負いしも者よ……』
頭の中に、不思議な光景が広がる。緑豊かな庭園で、ひとりの男性が泣き叫ぶ。
美しいヒトの亡骸を抱え、声を上げながら泣き叫ぶ……何度も見せ付けられる光景。何度生まれ変わっても、繰り返される悲しみ……
「私は……なんてことを……どうすればいいんだ?」
そこに主が現れ、彼を問いただす。
「……カインよ……アベルはどうした。どこへ行ったのだ?」
「嫌だ。私は生き抜いてやる。大人しく殺されてなるものかッ!」
記憶の中の男性が厳しい表情で叫ぶ。
「殺されてたまるか……私は生き抜いてやる!生きてこの狂った世界から逃げ出してやるッ!」
そして彼は嘘を吐く。
「存じません」
『これが神との訣別(さいしょのうそ)”、汝が犯した許されざる咎だ!』
そうだ……創世の時代、俺は弟のアベルを殺した。自分より神に愛された弟に嫉妬して、勢いで殺してしまったのだ……
本当にそうだろうか?それだけのことなのだろうか?もしそれが本当なら、弟を殺した罰を与えればいい。俺だって、甘んじて罰せられればいい。償えばいい。でもそうじゃない。なぜか俺は転生を繰り返し、魂が摩耗するように苦しめられ続けた……なにか、大事なことが抜けている気がする。なにか大事なことを、忘れているような気がする。
『嘘つき……』
聞いたことのない、それなのに聞き覚えのある、大人の女性の声が響く。
『思い出して……それは本当の記憶じゃない。虐げられるうちに歪められた、偽りの記憶。転生を繰り返すうちに、魂の記憶が磨耗しているのよ』
俺はハッとした。ハッとして、目の前に立つ彼女と向き合った。これは現実なのか、それとも心象なのか、2匹のぬいぐるみを抱きしめて、リリィが微笑みかけている。今の女性の声は、リリィのものなのだろうか?
『そうだね……そうだった』
リリィの声で、記憶の中のカインが目を覚ます。
『今のは嘘だ……あんたのな』
そして真直ぐに、ウリエルの傍に立つ“それ”を見据える。
『俺のじゃない』
『思い出しちゃったんだね?』
金髪の少年。子供なのにどこか大人を思わせる、不思議な雰囲気の少年。その少年に、俺の中のカインが語りかける。
『あのとき、アベルを殺そうとしたのは』
そうだ。俺はアベルを守ろうとした。アベルを逃がそうとしたんだ。
『彼女を陵辱しようとしたのは』
誰から?そうだ。あの時代に、俺は誰からアベルを守ろうとしたのだろう?
『あんただよ』
そうだ。こいつだ。こいつから俺は”妹アベル”を守ろうとしたんだ。そうだろ?
『アダム!』
全てを思い出したとき、眩い光が降り注いだ。神が創りし聖なる雫、エリクシールが憎悪を覆い隠す。俺の放った黒い炎を洗い流し、結界ごと消し去った。
「そこまでにしたまえ、シーブック・エル・ダート」
突然だけど、歴史の授業を始めよう。神話にはこうあるね。羊飼いであったアベルは、最上のものを神に捧げた。これに対し、農夫であったカインは、神への捧げものを惜しんだ。だから神はアベルを寵愛した。
さて、それを妬んだカインは、アベルを殺してしまったらしい。信じられるかい?それぐらいで弟を殺してしまうなんて。というより、殺意を抱くなら、もっとそれらしいイベントがあるだろう?本当は何があったんだろうね?アベルが捧げようとした、神に求められた子羊って、誰のことなんだろうね?
そしてカインはエデンを追われ、遥か東のノドの地へと流離った。その地で結婚し、人類を増やしていった。めでたし、めでたし……あれ?ここでまたクセスチョンだ。カインは誰と結婚したんだろうね?アダムとイヴ、その子供であるアベルとカイン。セトが生まれてその子孫が増えたのは、カインが追われたあとだ。まだ人類が増える前ってこと。さて、カインは誰と、いや、”ナニ”と結婚したんだろうね?そもそも人間の定義って、なんなんだろう?
さあ、ここまで聞いて、知りたいことがいっぱい出来たんじゃないかな?カインがアベルを殺したのは本当だろうか?神様はどうして、カインを殺さずに苦しめ続けているんだろう?本当にカインが嘘を吐いたとしても、その嘘にご立腹だとしても、苦しみながら生き続けるって罰はどうだろう?器が小さいよね?”罪を憎んでヒトを憎まず”って言葉、知らないのかな?誰にもカインを殺せないように呪い、彼が大地を耕しても、なにも実らないように呪い……その後のカインは、どうなったんだろうね?
なんか、お話に筋が通ってないように感じない?どこかに矛盾があるのかな?もしかして、神様の方が嘘を吐いてたりして。
さあ、最後の三千年もまもなく終わる。最初の三千年は天使による一方的な虐殺。失敗作と呼ばれたモノたちが、悪と称されて虐げられる……次の三千年は、カイン率いる貶められしモノたちの反撃。天使と称されし特権階級に立ち向かい、その悪逆非道を正す。彼の知恵が圧倒的多数、権力を振りかざす正義を壊滅させる。
そして最後の三千年。カインの魂が捕らえられたとき、全ては決したかに見えた。だが再び、カインの心と異能、”転生体(レン)”と”争いのプラヴァシー”がひとつとなった。遂に、神話の続きが始まろうとしている。